死を描く
うよに
死を描く
(1) 友達追加
ドクドク。
煩い。心の中で毒吐いた。さっきから心臓の鼓動がメトロノームを物凄く速くしたみたいに激しく脈打ち、もう肋骨が折れて肉を突き抜けて皮膚も破り飛び出るんじゃないかと思うほど跳ね上がっていた。
くそ、これじゃ死んじゃう。さらに悪いことに呼吸も乱れてきて過呼吸気味になっていたから、わりとマジで死ぬかも……。
だが、もちろん、こんなので死ぬわけない。
目の前では教師がご丁寧に古文の品詞分解をしていた。
「はー」
少しずつ呼吸が収まってきて、深呼吸がてらため息を吐いた。
早く放課後にならないかな。切実にそう願う。
廊下側の一番後ろで佇んでいるぼくの席から、ちらりと窓際の最前列に座っている彼女を見やった。すると急に治まりかけていた心拍数が上昇した。ほぼ反射的に目を逸らし教師の当たり障りのない声に耳を傾けようとした。
でも、だめだった。全く授業に集中できない。いつもは真面目に授業を聞いてノートに取っているけれど、今日は一文字も書けない。手が震えている。それに呼吸も乱れたままだ。
――それもこれも全部彼女のせいだ。
昨日、いつものように学校が終わった後、速攻で家に直帰し着替え自室の布団に寝転がって一昨日発売した新作の小説を読んでいた。
その時だった。急に、
〈ピロン〉
と普段鳴らないはずのスマホが音を立てて振動した。いつもと違うことが起きて少し慌てる。すぐに迷惑メールだと思い直し視界を文字に戻す。だが、またピロンと音を立てる。少し苛立ちながらスマホの電源を付けると――絶句し息を呑んでしまった。
『
とロック画面に表示されていた。もう目が飛び出るかと思った。さらにびっくりし過ぎて倒れてしまうんじゃないか、そう思った。
何かの間違いじゃ……。そう思わざるを得なかった。
だって陽舞梨さんは高二になってクラス替えをして同じクラスになった女子だった。それだけなら、いや、それだけでもこうなっていたが、この人に限っては間違いだと断言できてしまう。というのも彼女は所謂人生勝ち組なのだ。容姿は端麗で千年に一度の美女などともてはやされているほどで、スラっとして少し茶色がかった髪を肩まで伸ばしている。彼女曰く地毛なのだそう。髪からはほのかな甘いシャンプーの香りが漂い彼女が歩けば楽園などと噂されている。さらに性格は優しい方の陽キャで気さくな笑顔と柔らかい口調、とろけるような声色も合わさって、まさに鬼に金棒、みんなが一目惚れする人気ナンバーワンの美少女。それが
まあ、全部嫌でも聞こえてくる会話、噂の受け売りだけど。もう何回も聞いているからスラスラと言えてしまう。ま、これら全部はこの学年ないしはクラス内で盛り上がっているだけらしいけど。
そんな彼女からなんでぼくのところにこんなものがきたのだろう。
だってぼくのラインの友達は四人しかいないのに。父、母、祖母、
そんな彼がなぜぼくを「親しくなりたい人」に選んだのかというと、優しく周りにはない自分だけの世界に入って生き生きしていて誰も攻撃しないから。だと言う。ぼくにはいまいちピンとこなかったが人生初の友達――ぼくが物心ついて、覚えている限りの――を大事にしようと決めていた。
そんなことを思い出しながら、緑色のアイコンをタップする。不慣れな操作で通知を確認してみる。やはり通知にはロック画面同様の文面が書かれていた。一旦閉じて「トーク」ボタンをタップすると、数少ないトーク画面に青空のアイコンが浮かんでいた。そして、「陽舞梨」の下に、
『いきなりごめんね。混乱していると思うけど、できればこの続きを読ん…』
という文字が見えた。
これはぼくに対してか? 名前が書いていないから確信とはいえない。
もしかして、彼女は何か闇サイト的なやつでバイトしていて、友達とかにこの文面を送って、開いたらウイルスに感染したり多額の請求をされたりするんじゃ……? そう思ったが、ラインはなんとなくこういう感染系はなさそうだと思い、だったらメールでいいじゃんと結論に至り、その線は消した。それに彼女はお金に困っていそうには見えなかった。
じゃあ……なぜ?
分からない。分からないからこそ今は開いてみるべきだと決心し、汗で湿った指でタップした。
『いきなりごめんね。混乱していると思うけど、できればこの続きを読んでほしい。
――っ!
まって、色々こんがらがっていて上手く整理できないんだけど……。
「香織君」確かにそう書いてあるよな。見間違いかと思って何度も目を擦り終いには洗面所で目を洗ったほどだ。それでも文面は変わらなかった。それに「香織」なんて珍しいもの、そう簡単に間違えるはずがない。女子には多いと思うが――そもそも女子が九割方なんじゃないのか――ぼくは男子である。本当になんで両親はこの名前の漢字ををあてたんだか。
だから、これは「君」がついていることから、ぼく宛てなのだ。
それよりも驚くべきは『明日の放課後、図書室に来て』だ。紙媒体なら紙に穴が空くほど、でもスマホだから充電がなくなるほど、見返して、目を閉じても浮かび上がるほど目に焼き付いた。
それでも分からなかった。なぜ? ぼくが? 彼女に? 呼び出されているのか?
頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。
何時間かの逡巡のあと、ある邪な考えが浮かんできた。
――もしかして、これは「告白」なんじゃないか。
すぐに自嘲とともに打ち消したものの、またすぐに浮かんできた。
よく言う「もう一人の自分」が「だってこんなシチュエーションなんて告白しかないだろ」と囁く。それに対して自分の理性は「そんなのあり得ない。きっと図書室に呼び出して彼女か彼女の取り巻きにリンチにされるかまたはカツアゲされるかが関の山だろう」
そんなことを脳内で繰り返しているとわけが分からなくなり、結局迷った末、行くという結論に至った。
震える手で友達追加をし定型文の「友達追加ありがとうございます。分かりました。明日行きます」とだけ返信して仮眠をとった。一時間ぐらいして起きて見ると「うん。ありがとう。じゃあ待ってるから」とだけきていた。
本当なんだな、と思いつつ嬉しいのか恐いのか分からない感情のまま夕食を食べ風呂に入り就寝した。しかし、興奮しているのか不安なのか分からないが寝つきが悪かった。そして朝からずっとドキドキしっぱなしだった。
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