(3) 「君は“し”についてどう思う?」
「それで、改めて本題ね。かおっち」
「……あ、は、はい」
彼女はおちゃらけた表情からすっと真面目な顔になる。ぼくは佇まいを正す。
今までの反応からワンチャン告白も――
「君は“し”についてどう思う?」
――え? し? 告白じゃないの? よくよく考えれば当たり前なのに絶望し茫然とした。でも、すぐに頭を回転させる。“し”とは? し? し……し。脳内変換されていき……詩か! そう思い当たる。
でも、なんで詩? もしかしてぼくが学校でも暇があれば小説を呼んでいたから、それを知って……。でも、なぜ? わけが分からないけれど口に出した。
「……詩は余り書かないです。小説を読むだけで――」
「え?」
つい目線を合わせられなくて下を向いていた視線を上に上げると――首をこてんと傾げ純粋無垢のような瞳で見つめる彼女と目が合った。ドクン、と治まりかけていた鼓動が動きを開始しようとする。
「私が言いたいのは「生き死に」の“死”だよ」
「えっ」
今度はぼくが首を傾げる番だった。彼女はいきなり振り返り後ろに掛けていたリュックから今日配られたプリントとシャーペンを取り出し、紙の裏に丁寧な字で『死』とシャーペンを躍らせていった。紙に踊り出した文字は美しすぎて死の意味とは程遠い意味が感じられた。彼女は、どう? と満足げに訊いてきた。
意味は分かったものの……死についてどう思うかっていきなり訊かれてもな。どう答えていいのか分からない。
「す、すいません、わ、分かりません」
「まあ、そうだよね。突然訊かれてもね。うん、いいよ、謝らなくて」
やはり軽快そうに言い、コミュニケーション力の高さが伺える。
「じゃあ、私から言うね」
「えっ?」
すぐに「死について」だと思い、訊き返した自分を恥じた。
「“死”についてどう思うか、をね」
そんな分かりきったことを訊くぼくに不満そうな態度を見せることもなく微笑みかけた。
「まずね、それを話す前に、私が何部に入っているか知ってる?」
また、いきなり別な質問をされ、頭が困惑してしまう。どこか調子が狂うペースだな、そう思いながらぼくは答える。
「文芸部、ですよね」
「えっ! すご! なんで分かったの⁉」
どこかテンションが高くなっているのか身を乗り出す彼女。まだ距離があるにしてもドキドキしてしまう自分に腹が立つ。
「そ、その、う、噂で、聞いて」
「あ、そうなんだ」
とどこか残念そうに座り直す彼女。彼女の言動一つ取ってもよく分からない。これは単にぼくが人と接していなかった弊害なのだろうか。
「……ま、まあ、私は文芸部なんだけれど。それでね、なぜこの質問をするに至ったか話すから、それを聞きながら、死についてどう思うか考えててね」
さらっと言われたけど、聞きながら考えるって普通無理だろう。ましてや人の話を聞く経験すら浅いのに。さらに“死”という重いテーマなら尚更だ。けど、思いとは裏腹に頷いていた。彼女はよかったとでも言いたげに笑った。
「私は今の文芸部の小説コンクールに不満を持っているんだ。いや、コンクールだけじゃない、そういう人達、かな。というのもこれは去年顧問の先生がアドバイスとして私達部員に言ったことだけど、『今の若者の書く作品は命について軽く考えているものが多すぎる。作品を読めばすぐに登場人物を死なせたがる。命はそんなに軽くないのに。だから命を軽く扱ってはいけない。それに今はジェンダーものも流行っている。だからそういうありふれたものはやめなさい』そう言ったんだよ! ねえ、おかしくない? しかも、それはコンクールの審査員の言葉だって。それを受け入りで使ったんだって! ふざけてるよね! 「生」は尊くて「死」は遠ざけるなんて、それこそおかしいよ。なんでそういった「命は大切に」っていう頭なんだろう。命なんて呆気なく終わるものなのに。それに、私はその作品の中で「死」を扱いたいのに、だめってひどくない⁉ しかも、私が書いた作品を見せたら顧問にだめって言われて『人が死なないような作品にしなさい。これじゃ受賞できないよ』だって! 自分の価値観を人に押し付けるっておかしいよね!」
え、え、ええー。今までの印象とは全く異なっていた。穏やかだと思っていたけど、結構感情的になったり少し皮肉ったり怒ったり。ひいてはいないけど、余りにも意外な一面すぎて驚き目を見張った。
いや、そもそもぼくが受けていた印象は噂と会話だ。あくまでも表面的で尾ひれがつきやすく取り繕いやすい。ぼくが聞いてきたものは氷山の一角にすぎなかったのだ。それにぼくは何一つとして彼女を知らない。
そんなぼくの表情を見てか、ハッとしたように口を塞いだ。
「ご、ごめん。なんか感情的になっちゃった」
少し目線を下げて言う彼女になぜか罪悪感みたいなものを抱いていた。
「い、いや、そ、そんなこと、ないです」
必死に弁解すると、「そっか」と安心したように頷き、わざとらしく少し咳払いして続けた。
「それでね、仕方がなく、私が書きたいものをそれ以外になんとか見つけ出して書いていたんだけど、それって本当に私が書きたいものなのかなって思うようになって……。だから「死」についての作品を書きたくて、君に聞いてみようかなって」
いやいや、そうはいっても彼女、才能ありすぎだろ。だって彼女は部活で毎回何かしら表彰されているのだ。全校集会の時に表彰される度に彼女の名前が呼ばれているから、もう全校生の耳に残っていることだろう。それだけでも凄いのに、さらにそれが専門外で仕方なく⁉ やばいだろ。そう喉元まで出かかったがなんとか堪えた。
――でも、なんでぼくなんだろう。
「それで、君の“死”についてどう思うか、決まった?」
ぼくが質問する前に先に言われてしまい、ここから質問を言う勇気がなかったから、彼女の質問に答えることにした。
元々、ぼくは死について深く考えることもしなかったしな。
「……はい。ぼくは、別にどうでもいいです」
「えっ? それが答え?」
「あ、はい。元々ぼくは生に執着していないので。何も面白いことも楽しいこともないですから。だから別に死とか気にしていなかったです。だから死も生もぼくにはどうでもいいんです」
そう、それがぼくの答えだった。それを聞き目を丸くする彼女。でもどこか納得しているような表情もしていた。
「じゃあ……」
そう言って身を乗り出し、今までにないほどの真剣な顔になって、
「今、死んで、って言ったら?」
その顔全てが恐ろしくもあったし声も重みを含んでいて、鳥肌が立っていた。なぜか咎められているような気分になった。でも――
「はい、死ねますよ。だって未練も何もないですから」
「――えっ」
彼女は息を呑み固まって動かなくなった。
これは強がりなどではない。本当にそう思ったのだ。まあ、でも未練がないといえば嘘になる。だって続きの小説が読みたいから。でもそのくらいだ。ぼくにとって人生とはそういうものなのだ。
「……本当に今死ねるの?」
「はい」
彼女はよっぽど驚いたのか声が掠れていた。何をそんなに驚いているのかぼくには分からなかった。
「……そ、そう」
少し考えるような仕草をしたあと、「まあ、うそだけどね」と言って笑った。
「私はそんなことしないし、何よりサイコパスでもないし。ただ、私は「死」についての小説を書きたいだけだよ」
その声に嘘はないように思われた。まあ、人の嘘を見破るなんていう技術はぼくにないのだけれど。
そして忘れていた「なんでぼくを選んだのか」について質問をしようとした時だった。
「あ! もう暗くなってる!」
そう言って焦っていた。かと思ったらリュックにノートとシャーペンと本を閉まっていた。
え? もう帰るの?
「ちょっと帰んなきゃいけないから、帰るね」
「え? もう?」
なぜか急に寂しくなっていた。こんな短い会話だったのに。なんなんだ? ぼくは?
「あ、明日もここに来てね、香織君」
――えっ! え、ええええええぇ! い、今、香織君って言ったよね? ぼくの名前言った? よね? え?
「じゃあね」
そう言って上品そうに笑って歩いて行った。
ぼくは呆気に取られて茫然と立ち尽くしていた。真っ暗になってきて急いで帰った。
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