(6) 彼女について――

 一か月後。

 彼女と放課後図書室に集まって彼女の小説を手伝うようになってから早一か月。夏休みに入ったけれど、図書室は年がら年中開いているからなんの支障もなかった。だから毎日集まった。といっても雑談したり本の紹介をしたり彼女の面白話を聞くことも多くて最近になってやっと進んできた、という具合だった。

 彼女のことが少しずつ分かってきた。

 彼女は穏やかで温和な性格と聞いていたけど、違かった。実は感情がころころと変わり分かりやすいタイプだった。何か悲しいことがあれば文字通り肩を落としていたし泣くこともあって、驚いた時は良いリアクションをし、嫌なことがあったりするとわざとらしく軽蔑し罵り、おもしろいことがあった時はあり得ないぐらいお腹を抱えて大爆笑し、恐いことがあると心霊スポットに行ったカップルみたいにひしと腕にしがみついたり……。その中で一番と言っていいほど他の人と違うところがある。それは愛情だった。彼女は愛情に関する感情のコントロールが上手かった。例えば信頼。彼女はぼくのことを信頼しているのか、ぼくだけに全て打ち明けてる。と彼女自身が言っていた。嘘かもしれないけど、その時の目は真剣だった。だから嘘ではないはずだ。あとは、愛だった。本当に男心をくすぶる行動を小出しにするのが上手かった。相当手馴れている感じがした。それにぼくは毎回翻弄されるのだけれど。

こんな風に彼女と会うに釣れて驚くことばかりだった。本当にぼくは氷山の一角しか知らなかったのだ。彼女曰く周りの人達は余り信用できておらず表面上の関係だから体裁のよいことを行っているとのこと。それを話した時、彼女はさらっと言った。「私がこんなことをするのは君だけだよ」と。そしていきなり席を立ちぼくの真横に立って名前を呼ばれた。彼女の方を向くと――彼女の艶やかでふっくらとした赤色の唇が目の前にあって思わず椅子から跳ね上がってしまった。それには気にも留めないで少しずつ近づいてきた。生暖かい吐息がかかってくる。もう心臓が飛び散り全身は火照っておかしくなりそうだった。彼女の唇がぼくの顔と三センチもない寸での時、ふと動きが止まり、ふふと笑って遠ざかった。心臓が過去一バクバク言っていた。それを見て「まだまだね」と言ってからかうような笑みを浮かべた。そんな風にドキドキしっぱなしだった。

 そして肝心な小説のことだけど、彼女が扱う言葉はどれも上手く巧だった。やっぱり天才だなと思っていたけれど違かった。彼女は物凄い努力家だった。小説を読み良い表現をメモし辞書で意味を調べ例文を作り定着させ自分のものにしていた。さらに毎日模写し自分の作品を書き還元しているのだそう。その少しずつの積み重ねが彼女を作っていたのだ。賞も努力が実ったから。すぐ才能だと決めつけていた自分が恥ずかしくなった。そして彼女の小説は物語を書くらしく現代ドラマの部類に入るとのこと。二人で一からプロットを立てていった。

 彼女は色々な所に連れて行ってくれた。コンビニ、ファーストフード店、ボーリング、アスレチック、遊園地……。本当に全てが初体験でどれも驚いてばかりいた。それを見て子ども子どもとわざと冷たく言ったりはしゃいだりしていた。彼女のほうがよっぽど子どもみたいだった。それを言うとふてくされていたけど。

 次に彼女の趣味。彼女はミーハーだった。周りの流行女子の影響もあると言っていたが、とにかく色々なものを知って集めて体験していた。ぼくが知らないようなことや物、言葉がたくさんあった。でも、根っからのミーハーではないらしく、彼女には優先順位があるのだそう。一位は音楽だと言っていた。ぼくは小説ではないんだと驚きつつ落胆してしまった。彼女との唯一の共通点だと思っていたから。でもそんなぼくを見て意地悪気に笑い小説も同じくらい好きだよと子どもをなだめるように言った。それに少し腹が立ったものの口にはしなかった。すると彼女は急に真顔になって私ねと話し始めた。「中三の受験の時にね、若干鬱になっていたことがあって、でもその時に、あるアーティストの曲が心に刺さって救われたことがあったの。その時からかな。音楽に熱中したのは。それと同時にそのアーティストが文学作品を基に曲を作っていて歌詞も素晴らしくて、それがきっかけで小説を読み始めたんだ。それまでは読まなかったのに」と衝撃の告白をした。まず鬱になる彼女が想像できなかった。その次に音楽から小説に入るというぼくには考えもしない方法だった。それに驚いていると「まあ、受験は失敗したけどね」と皮肉っぽく言った。それにどう反応すべきか困っていると「でも、君に会えた」と真面目に言われた。

 そんな彼女にぼくは救われていた。彼女がいる、それだけで学校に行くのが少し辛くなくなった。そんなのは生まれて初めてだった。それにクラスの中でもみんなが気付かないところでぼくに気を遣ってくれて過ごしやすくなっていた。もう全てが良い方向に進んでいた。彼女のお陰で翼とも関係が良くなったし。彼女がぼくの話を聞いた時に「最近、かおっちがライン全然送ってくんなくて何かあったのか? それか何かしたか、俺」と言っていて、それを伝えてくれたのがきっかけでラインをする決意が決まり翼に恐る恐るラインをした。すると通話しようと言われ久々に聞いた翼の声は弾んでいたように思えた。それからは週に何回か勉強会と称して通話を開いている。本当に彼女のお陰で救われていた。

 彼女のことが少しずつ少しずつ分かってきて惹かれている自分がいた。

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