某無人島への置き土産

御角

某無人島への置き土産

 その島を知ったのは、とあるブログがきっかけだった。

『廃墟探訪記〜かつて有人島だった無人島、K島に行ってみた〜……著者:So+A』

 元より廃墟好きだった私は、このブログに掲載されていた写真のかもしだす雰囲気や、何より「生活感の残る廃村集落」という言葉に惹かれ、K島を実際に訪れることを決意した。

「前にもカップルで来た子がいたけンど、女の子一人でこげーな無人島て、あんた、でーれー度胸じゃなァ」

 チャーター便で送ってくれた地元の人は訛りが強く、何を言っているのかわからない部分もところどころあったが、「夕方、日が沈む前までには迎えにくる」ということを確認した後、私は船を降りて早速探索を始めたのだった。


 ブログにあった通り、流れ着いたゴミの山と、その向こうに広がる雄大な自然が、私の視界いっぱいに広がる。立ち上るいそのような、金属のような、何とも言えない匂いが、潮風と共に鼻をついた。

 さらに足を進めていくと、木々に覆われた空間の中に、廃屋や道路、神社などなど、人工的な生活の名残が少しずつ姿を現していく。そのアンバランスさはまさしく芸術。私は無我夢中でカメラのシャッターを切っていた。

 どれほどの時間が経ったのか。ふと気がつけば、退廃的な森を抜け、私は対岸のビーチにまで辿り着いていた。

「すっご……」

 限りなく続く水平線の輝きが、体に溜まった疲労を一瞬で吹き飛ばしてしまう。往復一万円かけて上陸し、広い島内をひたすらに歩き回る。それだけの価値が、いや、それ以上の価値が、このK島にはあった。


 景色を満喫した後、何気なく砂浜に視線をやると、太陽光に反射して何かがキラリと光るのが見えた。

「……これ、クッキー缶?」

 近寄ってよく見れば、それは土にまみれた缶の箱だった。蓋の汚れを手で払ってみると、そこには油性ペンで「タイムカプセル」と記載されている。

「そういえば昔、島に小学校があったってブログにも書いてあったっけ」

 恐る恐る開くと、中には黄ばんだ紙が三枚と、瓶の王冠やキーホルダー、方位磁石など、当時の小学生達の宝物だと思われるものが入っていた。

 廃校となったのはもう二十年以上も前の話。にも関わらず、紙の保存状態はかなり良く、その内容もしっかりと読み取れてしまう。縁もゆかりもない自分のような人間が、この尊いパンドラの箱を開けても良いものなのだろうか。そうやってしばし逡巡していたが、結局は好奇心に負けて、一枚の手紙を読んでしまった。


『みらいのじぶんへ。いま、わたしはたくさんともだちがいてしあわせです。みらいのわたしはしあわせですか? まだ、ひーちゃん、けいちゃん、そーちゃんとなかよくしていますか? なかよしでも、そうじゃなくても、みんなでいっしょにこのてがみをみて、わらえていたらうれしいです。アツ子』


 私は少し違和感を覚えた。なんて事ない、ほのぼのとした未来の自分への手紙。だが、おかしい。合わないのだ、人数が。

 缶の中をどれだけ探しても、手紙はたった三枚のみ。入っている宝物も三つ。それに対して、手紙の登場人物は四人。

「……とりあえず、他の手紙も読んでみるか」

 残りの手紙も内容はさして変わりない。違うとすれば最後。名前の部分だ。

「あっちゃんはアツ子、ひーちゃんはヒロミ、けいちゃんはケイスケ……ということは、そーちゃんって呼ばれてる子の手紙がないのか」

 まさか、そーちゃんは実際には存在しない幽霊なのか。そんな考えが一瞬頭をよぎった。が、よくよく考えれば、そーちゃんと呼ばれる人だけが、大人になってタイムカプセルの存在を思い出し、自分の分だけ取り出した可能性の方が高い。

「そういえば、このタイムカプセルも土がついている割には、地面に埋まってたわけじゃなくて砂浜に無造作に放置されてたし……うん、そうだ。きっとその人が掘り返して自分の分だけ抜き取ったんだ」

 タイムカプセルをしまい直そうとしたその時、宝物の一つであるキーホルダーが砂浜に転がり落ちる。慌てて拾い上げようとして、私はある事に気がついた。

「あれ、何か書いてある」

 キーホルダーの裏面には、辿々しい文字で「ヒロミ」と書いてあった。

「こっちの王冠は……K、ってことは、ケイスケかな。この方位磁石の裏とかは……あった!」

 そこには小さな文字で「Sota」と記されていた。ソータ、ソウタ……そうか、そーちゃんはソウタって名前だったのか。

「てか、これ、もしかしたらあのブログ書いた人じゃない? S、O、T、A……絶対そうじゃん! なんだ、そういうことかぁ」

 タイムカプセルを掘り返して、宝物と手紙を一人分抜き取ったのは、例のブログ主。そう納得しかけて、ぴたりと何かが引っかかる。

「……あれ? でも、ソウタの手紙はないけど宝物はあって。ということは、アツ子の宝物が逆にないってこと、だよね」

 取り出す時に間違えたのだろうか。いや、幼い頃とはいえ自分で隠して、しかも自分の名前まで書いてあるのに、そんなはずはない。

 ブログを読む。

『早速ペットボトルに傘の骨、空き缶、自転車、ポリタンクと、流れ着いた大量の海ゴミがビーチを彩りお出迎えです。完全に風化しきって無臭なのが幸いですね』

 読み漁る。

『反対側のビーチは多少ガラス片が落ちていますが、まあ幾分かマシです。これで恋人ときても素直に景色を楽しめますね(裸足はだしの青春は自己責任で)』

 ここだ。この写真。重なっていてわかりにくいが、確かに影が二人分ある。

「もしかして……『So+A』はソウタじゃなくて、そーちゃんプラスA。つまり著者は、二人いるってこと?」

 私の推測はこうだ。ブログ主の二人はタイムカプセルを開けるためにこの島を訪れ、ついでにブログも更新した。そしてタイムカプセルからソウタは手紙を、A——アツ子は宝物だけを取り出した。

 まあ、それが何故なのかという肝心な部分は、さっぱりわからないのだが。

「……っと。やばっ、日が暮れちゃう!」

 いつの間にやら、空は血を吸ったように真っ赤っか。タイムカプセルを片付けるのも忘れて、私は森に向かって一直線にダッシュした。


「お、お待たせしました。すみません、遅くなってしまって」

「ええよ、ええよ。無事で何より。前のカップルなんか、えろう大変じゃったわ」

「前……ああ、行きの船で言ってた……」

「そうそう! 痴話喧嘩かなんかじゃーゆーて。一人はこの島でェ殺されて、もう一人は所持品から血のついた手紙が見つかってすぐ逮捕されたのよ」

「……え」

「捨てても捨てても付いてくるゆーて。何とか警察と協力して送り届けはしたけど、きょーてかったわぁ。死体も凶器も、流されたのかまだ見つかってねぇし」

「あの、凶器ってもしかして……子供のおもちゃとか、ですか」

「さぁ……なんせ、このじゃけぇ……」


 風化した文明の余韻に混じって、新鮮な腐乱臭が一筋、よぎったような心地がする。海流に流されたとして、が行き着くところは……。

「……帰りましょうか。もう、遅いですから」

 びた潮風の匂いを背に、私はK島を後にした。

 あれからブログは、ずっと更新されていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

某無人島への置き土産 御角 @3kad0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ