第19話 学校の帰り道で愛でられる
「大変だったねー」
さっきからハルちゃんは、何度も私のことを労ってくれる。
今のは三沢さん達との会話のやり取りに関してだった。道の途中で突然、頭をワシワシされて「可愛いねぇ、カワイイねぇ」と呪文の様に唱えながら抱きつかれたりもした。
これは『愛でてる』というものらしい。
ハルちゃんは私で楽しんでるだけだと思う。
どこからが小バカにするで、どこからが愛でるになるのかを教えてほしい。そうじゃないと、全部バカにされていると思っちゃう。
遥乃が「キャー」とはしゃいで、脇を絞めながら体をくねらせる。
ハルちゃんは脇の下が弱い。
こっちも仕返しをしながら、二人きりで帰っている。
アリちゃんはインターハイに向けて、神社の弓道場で開かれる地域の大会に参加するみたいで、弓道部のみんなと居残り練習をしていくみたい。毎朝会うとはいっても、それが大会まで続くらしいから少し寂しい。
もうそろそろ「またね」の交差点が近付いてくる。
「このまま一緒にスズちゃん家の方を、回って行こぉおーかなー」
歩いている途中で遥乃は、腰の後ろで手を組み、顔を横にして鈴香の顔を覗き込む。頭の上で二つに分けた癖のある髪がフワリと揺れ、垂れた毛先がバネの様に弾む。
完璧。
メガネには、ものを見やすくする以外に使い道があるってことを教えてくれた、あの時の角度と一緒。
私は見惚れる。
「いいけど、今日はパパ帰り遅いって言ってたよ」
「何言ってるの?二人で帰るの久しぶりだし、もっとスズちゃんと話をしたかっただけだよ」
ハルちゃんたら、やっぱり面白い。
少女マンガの敵役に最適なブリん、ブリんの笑顔だったのに、パパに会える確率が低いのが分かった途端に何その顔。
あからさまがヒドすぎる。
「嘘、顔がショックを隠しきれてなかったもん。口調も変。私の物知り博士、何でも知ってる「シリちゃん」のモノマネしてるのかと思ったよ」
遥乃から表情が消える。
「だって「シリ」だけだと、お尻のことと勘違いしちゃうかもしれないし、短くしたら上手く伝わらないかもしれないでしょ」
私は慌てて補足をする。
アリちゃんがいたら「ツッコミが長い」って笑われていそう。聞き手を信頼しろって言うけれど、ちゃんと伝わらなかったらイヤだからついつい言葉が長くなってしまう。
遥乃が笑うのを見て、鈴香は頬を膨らませる。
「違うんだってぇー」遥乃は鈴香に抱きつく。「スズちゃんと帰るのは嬉しいんだけれどぉ、ダーリンに会えないかもって思ったらー、体が勝手に反応しちゃったのぉ」
可愛らしいけれど、媚びてない声。だからこそ、全く謝る気が無いのが分かっているのに許しちゃうし、何だか惹きつけられちゃう。
この見た目でこれをやられたら、好きになっちゃう男の子は多いと思う。
でも、道の真ん中でこの人は何をやっているんだろう。片足を絡められたら前に進むことができない。
私は「うー」って力を込めて逃れようとするけれど、ハルちゃんに「ごめんねー」って何度も謝られながら、かっちりとホールドされているから絶対にムリ。
一度でもハルちゃんの必殺技「人固め」を掛けられたら、諦めるしかない。
後ろから抱きつかれた途端に、私の片足は彼女の片足に巻きつかれて自由を失う。私たちはそれぞれの片足で支え合っているけれど、私の方が背が小さいから二人の体重を支えることになる。
二人の体を文字で表すなら、私が両手を広げてバランスをとる時に「木」みたいになることが多いんだけれども、これは絶対に人固めだ。
人という字は、大きい人の気紛れに振り回される、小さい人の苦労の上で成り立っている。
「スズちゃん、許してくれる?」
許さないとこの足は解放されないと思う。
「うん、許す」
「うそ、絶対許してくれない」
遥乃は絡めた手と足に、ギューっと力を込める。
「許すって」
「うそ、絶対嘘よ。うそ、うそ、うそ」
遥乃は力を込めたまま、駄々を捏ねて体を小刻みに振る。
「ちょっとやめてよ、危ないって」二人のバランスが崩れ始める。「本当に嘘じゃないって」
「嘘じゃないなら何で口調が強いの?」
「危ないからでしょ!」
「ほら、やっぱり怒っているじゃない」
遥乃は、のしかかる様にして鈴香を強く抱きしめる。
「もう、ちょっっっとーーー」
とうとう二人はバランスを崩す。遥乃は楽しそうに笑っている。
あーーー、もう。今日はこっちのハルちゃんね。帰るのに時間が掛かる。
ハルちゃんは、見た目通りのぶりっ子だ。
少し語弊があった。
正確に言うと、見た目以上の『超』ぶりっ子だ。小さい時から見てきた私なら自信を持って言える。ブリを必殺技にまで極めている。
学校なんかでたまに「ぶりっ子してー」なんて言われてるけれど、それはちょっと違う。ふとした瞬間にブリが漏れてしまっただけで、狙っているわけじゃない。
それなこともあって、あざと系とか裏表あると思われがちだけれどそんなことはない。表がぶりっ子で裏もぶりっ子なだけだ。
自分を出し過ぎると顰蹙を買うことが分かっているから、ハルちゃんは学校だと自分を抑える。
そのストレスの捌け口として、私は度々体の自由を奪われる。
「別に私はこのまま「バイバイ」でもいいんだよ」
「本当に?」
丁度良かった、と遥乃は笑顔で答える。
裏表ならこっちがハルちゃんの「裏の顔」になる。素直にぶりっ子出来ないストレスから現れてくる時は、いつも以上に闇が深くなる。
瞳の奥は、光が届かないほど深い。背中がゾゾ〜っと寒くなる。
私にとっては、裏の方が色々としてくるから表のままでいて欲しい。そっちの方がカワイイし。
「もう、ハルちゃん嫌い」
「私は好きだよー」
そんなことは分かってると、私は顎を少し上げる。
私たちは笑いながら横に並んで、またねの交差点を通り過ぎる。
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