第27話 SS ゆっくりとした時間 下
私たちは近くの公園のベンチに座っている。ここは、通りからは立ち木の陰になっていて、仲の良さそうな二人がよく座っている場所だ。
私たちがこの場所を覗くと、座っていた大人の二人が「どうぞ」と、席を譲ってくれた。
「ラッキーだったね」
喫茶店とパフェの話を語り尽くしてしまった私たちは、そのことについて話をしている。
「うん。優しい人たちでよかったね」
一ヶ月もお付き合いをしていると、二人の恋は進展する。私は二人きりになっても、恥ずかしがらずにおしゃべりができるようになった。
「僕たちってどう見えているんだろうね」
「席を譲ってくれたし、友達以上には見えているんじゃない?」
彼が言いたいことは、多分これじゃない。
「やっぱり初々しく見えちゃうのかな」
疑問とも自問ともとれるニュアンスで、彼は言う。
「高校生って分かったからじゃないかな」
私は話の筋を、正解から遠ざける。
「そうだよね」
彼は納得する。
彼が手を組む。私はゆっくりとベンチに手を下ろす。
最近付き合った彼の親友とその彼女は、付き合った次の日に手を繋いで下校をしていた。私もそうやって仲良く帰りたい。彼もそう願っているのは分かっている。
でも、手が触れた瞬間に驚いて手を引いてしまった。
私は右手に、拒絶ではないというメッセージを託して彼の方へ少しだけ寄せる。
彼は楽しそうに笑っている。でも、私の右手は温もりを求めたままだ。
彼の気持ちが知りたい。二人の仲だと、まだ早かったと思ってしまったかもしれない。それで彼は勇気をなくしてしまったのかもしれない。もしかしたら、諦めてしまったのかもしれない。
絶えず微かに動いている彼の手を見ると、不自然なほど動かない私の右手は安心する。
いつものように楽しい会話で、時は過ぎていく。
でも、二人の心の距離は縮まっているはずなのに、お互いの手の距離は変わらないままだった。もう少しで家に帰らなければならなくなる。
二人の会話が突然止まる。
もうそんな時間だ。私は諦める。
いつもなら彼が先に立ち上がるのに、今日は何も言わずに座ったままだ。周りを見ても誰もいない。もしかしてと、私の鼓動が少しずつ早くなっていく。
私は前を向いていることができずに顔を伏せる。彼は私のことをチラリと見る。外の音が聞こえなくなり、心のドキドキだけが耳に伝わる。
彼の手が動く。私はビクッと体を震わせる。彼は私の横顔を見た後に、俯いてしまう。
彼は急に太ももを両手で叩く。私は驚いて、手を引いて身構える。なぜだか、さっきから気持ちと行動がちぐはぐになってしまう。
彼はニコリと笑って立ち上がる。
嫌だ、違うの。私は、彼の目を見ながら袖を掴む。
今日は制服を着ていないから高校に連絡がいく心配はないよ。言葉には出来ないから、心の中で呟いた。彼はそれを感じ取ってくれたのか、少し困った顔をしてポケットからスマホを取り出す。画面を光らせてから、ポケットにしまう。
あっ、……。
彼は袖を掴んでいる私の手に自分の手を添えてから、両手で優しく包んでくれた。
そして今、私たちは繋がっている。でも、おかしなことに私たちは、さっきから一度も目が合っていない。
「カフェにいた時に赤い派手なネクタイを締めてる人が外にいたんだけど、気付いた?」
「えー、いつぐらい?」
「覚えてない」
「それじゃあ絶対ムリ」
わたしは笑う
「そうだよな」
彼も笑う。
「うーん、次はなんの話しよっか?」
「パフェの話は?」
私の提案に彼は笑う。
「パフェって。何回パフェの話をするんだよ」
「味や見た目、入れ物まで話したでしょ?それだと次は…」
「まだやる?原材料からスプーンの形状まで話したよ?」
「諦める?」
「その方が良いかも」
チラリと彼の方を見ると、白い歯が見えた。視線を上にずらすと、それに気がついた彼がこちらを向いたから、私は慌てて前を向く。
彼の顔が笑っているのが、何となくだけど分かる
「でも、パフェの話題を話し尽くしちゃったってすごいね」
段々と会話が止まりそうになる。不思議とそれが嫌じゃなくなってる。
「楽しみにしてたし、それだけ美味しかったってことでしょ」
「そうだよね」
でも、もうそろそろこんな会話すらできなくなるのが切ない。
彼との会話が一瞬止まる。
私は気になっていたことを聞いてみる。
「ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「私、スプーンを一回使ってたのよ」
彼の顔が急に変わる。
その時のことを思い出したみたい。
「そろそろ時間がヤバい」
彼は急に立ち上がって、私を急かすように立ち上がらせる。空を見上げていて、いつものように私のことを見てくれない。
「行こう」
「うん」
私は彼に手を引かれながら歩き出す。
彼が急に立ち上がるほど時間が迫っていたはずなのに、私たちは少し遠回りをして家に向かった。
突然前に現れたおじさんに驚いて手を離した時以外は、家の近くまで手を繋いでいた。
家に近付くにつれて私の心拍数が上がっていき、彼にドキドキしてるのが伝わりそうでさらにドキドキした。あそこで彼から「そろそろ手を離そうか」って言われなければ、倒れていたかもしれない。
もしかしたら、伝わってたから言ってくれたのかもしれない。
いつものように、家の近くの交差点で「またね」をした。何であんなにも切ないんだろう。
私は玄関の前で立ち止まってさっきのことを思い出す。「手を離そうか」と、言われた時は急に立ち止まったから、私の心臓は飛び出しそうになった。でも、恋はカタツムリのようにゆっくりと進むみたい。
もうすくゴールデンウィークがくる。カタツムリの梅雨はまだまだ先だけど、夏までにはもう一歩先には進みたいな。
家に着いてからの、いつもの日常は、フワフワしていて重力を感じなかった。
しばらくドキドキが治らなかった。右手を何度も見ちゃった。私の右手は光り輝いていた。
けれど、左手にすれば良かったと直ぐに思った。お箸は左手だと使えない。
手の感触は、お風呂で体を洗うのと引き換えにどこかにいってしまった。ドライヤーの振動にさらされながらどうにか思い出そうとしたけれど、とうとう戻っては来なかった。
諦めてお母さんとリビングでテレビを見てから、部屋に向かった。
ベッドに座った時に自然と右手に目がいった。
フワッと大きな手に包まれた感触が甦った。
輝きを取り戻した右手を眺めながら、私は眠りについた。
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