第13話 SS 乙女の放課後 下

 さてと、ここからどうやって話を持っていきましょうか。悩みどころではあるけれど、久々に訪れたこのチャンスを活かしていきたい。焦らず慎重に。


「本当に麗子ちゃんは優しいよね」

「優しいなんて、突然どうして?」

「そんなに構えることじゃ無い無い」私は手をパタパタと振って、「麗子ちゃんのことだから、パパのことをこれ以上悪く言わせないためにあえて褒めてくれたんでしょ?」

「あ、そういうことね」


 麗子ちゃんは納得したように頷いてから、違うと首を振る。


「あれ、違うの?麗子ちゃんて気使い屋さんだから、そうなのかと思っちゃった」

「気使い屋さんだなんて、全然。そんな人って可愛らしいなって思ってるだけだよ」


 うん、良い兆候。けれども、絶対に防御線を張られてはいけない。


「麗子ちゃんてそういう人が好きなタイプなの?よかったら、その辺を詳しく聞いてみたいんだけれど…」少し間を空けて「だめ?」と小首を傾げる。


「そういう性格の人なら好きになるって訳じゃないし。タイプとかいうのは、ちょっと恥ずかしいな」


 普段の彼女のキャラクターならば、この類の質問はされないだろうし、この反応は想定内。


「そうだよね、あんまり気にしないで。その話を聞いたらパパのことを見直す切っ掛けになるかも、なんて思っただけだからさ」


 くっと言葉を詰まらせた麗子ちゃんの顔を見て、私の胸はシクシクと痛む。ごめんなさい、あなたを傷付けるつもりなんて全然ないの。どうぞ、肩の力をお抜きください。好きな事の話をする時は、心がウキウキするものなのですよ。


「それじゃあ、前回色々と聞かれたから、今回は私の番て事でどう?」

「亜里沙ちゃんの方が物知りだから参考になるか分からないけれど…。えっと、なるのかな?」

「なるのかどうかは分からないけれど、嫌いな食べ物でも美味しいものを食べたら好きになるなんて話を聞いたことあるから、それに近いものが起きるかな?なんて、ふと思っただけ」


 そんな単純な理由で、パパに関しての感情が変化するとは思えない。ここで大切なのは彼女から好きを溢れされる事。愚かな私は私利私欲のために、あなたのその優しさを利用しようとしているの。


「それなら、ちょっとだけね」


 私は耳に手を当てて麗子ちゃんの方に向ける。


「もぉ」


 怒った顔すら憎めない。

 謝罪の気持ちを態度で示すと、笑顔で返してくれた。


「子供に見えるほど無邪気に遊ぶって私には無いものだから、可愛らしくて気にはなっちゃう。他の人が食事をしているのに、騒ぐのは困りものだけれど」


 本心は後半よね。

 あなたが好意を示してる可愛らしい人は、サッカーできないからって教室で野球なんかをする人ですものね。人の目を気にせずに悪態を吐くくせに、なぜだか人が集まって来る。そんな人が好きなんじゃなくて、好きな人がそんな人なのよね。


「ふむふむ。それでそれで?」

「それでってもうお終いよ」

「これだけで終わりはなしよ。甘いものと他人の恋バナは少女の嗜みだよ」


 キャピキャピ感の中に、興味津々を見え隠れさせる。この辺のバランス感覚はお手のもの。


「あなたの好きが私の肥やしになるの。さあもっとちょうだい」


 この言葉は七海からの受け売り。

 私としては、クラスについての他愛もない話だったのに、気がついたらある特定の男子が思い浮かぶ話ばかりになってしまった、あの時のあなたにもう一度会いたいの。


「残念だけれど参考になる恋バナなんてもうないわよ」

「えっ、無いんだ。残念」


 ごめんねパパ。これからも邪険に扱っちゃうけど、許してね。

 月日が経ち、恋は落ち着いてしまったらしい。可愛らしい顔は何度か堪能したので、今日はこれでヨシにしておこう。


「麗子ちゃんは彼氏とか作らないの?」

「うーん、どうなのかな。できたら嬉しいけれど、私一人の問題でもないし」

「そうだよね、そこが重要。理想の人に出会うのすら大変なのに、そこから好きになってもらうなんて問題が山積みすぎる」

「三年生になると受験でそれどころじゃなくなりそうだしね」

「それもある。友達と過ごすイベント事は去年経験したから、高校生活の思い出としてキュンは経験したいよね」


 ここである事を思い出した。


「そのキーホルダーが誰かからのプレゼントだったら面白かったのに。机の上に置いておくなんてよっぽどの物でしょ?となると…って、思っちゃった」

「態度を含めて変な感じだったなと反省しています」

「私の可愛い姫に、どこぞの馬の骨が貢物でもしたのかとワクワクしたのに損しちゃった」

「何その酷い表現」


 麗子ちゃんはクスクスと笑う。


「わんぱく達の間でも千鳥のノブさんの真似が流行りだしてるじゃん?」

「えっ?えっ…、そう?」

「そうなのよ。それで、もしかして?ってのもあった」


 あらやだ可愛い。二回目の「えっ」が裏返ってる。もう麗子ちゃんたらダダ漏れよ。千鳥のノブさんの真似をしているのは主にサッカー部の連中。と言うことは…?となってしまう。


「クラスの男子といってもごく一部だから気が付かないかもね」

「そう言えば流行っているかも」

「そんな幸せ者が舞い上がってモノマネを広めたのかと妄想が飛躍しちゃった」

「ところがただ単に親とお揃いというオチだったと」


 耳を赤らめた彼女がキーホルダーの向こうに見ていたのは、母親との思い出なのか、最近〜じゃぁ、〜じゃぁと騒がしい同級生なのかを聞くのは野暮というものですね。でも、お揃いのキーホルダーを買うほどにお母さんの推しを、好意を寄せている人が好いてくれているなんて嬉しいよね。


「そう、ラブラブエピソードを楽しもうと思ったのに、残念」

「ご期待に添えなくてごめんなさい。残念ついでにこれからも期待しない方が良いかも。私にそんな人は現れないと思うの」


 麗子ちゃんの眉を『困り眉』にして、唇を少しだけ尖らせた。


「好きな人の前だといつも以上にしっかりしなきゃって身構えちゃうんだよね。そうすると空回りしちゃって、口調とか態度が悪い方に出ちゃうの」


 うんうん、分かりますよ。この前のを見てますから。でも、それを私に悟られていないと思える純粋さが微笑ましい。


「さっきの態度はキツかったかなって、すっごく後悔するの。でもこのままだといけないなってのは分かるんだけれど、どうしても感情がコントロールできないんだよね。それが影響してるのか、クラスの男子から一線引かれている感じがするし。だから…、こんな私に好意を抱いてくれる物好きな人いないと思うの」


 ちょっと、何その顔。

 ここで大変な事が起きた。これまたとんでもないお顔。ロミオを想うジュリエットが横にいたとしても、瞳は麗子ちゃんを捉えて放さないだろう。自問期に突入して、恋が辛くなっているのね。なんて可愛らしい。

 そして、たぶんこの顔は私にしか見せない顔。


「そんなことないよ」

「ありがとう。そう言ってくれるの亜里沙ちゃんだけだよ」

「もぉ、またそんなこと言って。私がそんなことないって言えば、そんな事ないんだよ」


 そう、そんなことないのだ。クラスのみならず校内の男子が彼女に気後れする理由は他にある。麗子ちゃん自身それに気が付いているのではないかと思うのだけれど、自惚れてはいけないと思うのか、その事については蓋をしてしまう。自己愛に満ち溢れている、自称かわい子ちゃんとは大きな違いだ。


「そうだったね。また亜里沙ちゃんに叱られちゃった」

「そうだよ、そんなこと言う子にはビシバシいくからね」


 私は人差し指を立てて麗子ちゃんに見せる。それを見た彼女は笑顔で「了解しました」と可愛らしく敬礼をする。

 それに応えるように腕を組む私を、真似するように麗子ちゃんも腕を組む。そして「分かればよろしい」と二人の声が重なる。


「もう、真似しないでよね」


 私はほっぺを膨らませて、麗子ちゃんの方を見る。


「だって亜里沙ちゃんのコレ好きなんだもん」


 麗子ちゃんは少しだけ口を尖らせて私を見返す。そのままの顔でお互いにジーッと見つめ合っていたけれど、私の口元がピクリと動く。

 次の瞬間、教室に二つの大きな笑い声が響いた。




 それから、二人だけの教室には、とめどない会話と笑い声が溶け込んでいく。


「だからさ…」

「それホント?」


「それから、それから?」

「えっとね…」



「えー」


「もー」




「キャハハ」








「おーい、そろそろ帰れよー」


 見回りの先生の声に、二人で顔を見合わせる。


「あっ、お母さんの…、夕飯の支度に間に合わなくなる」

「あっ、塾…」


 二人の言葉が重なる。


 その後、私達は帷が降り始めて少し暗くなった空を見上げながら、途中まで手を繋いで家路を急ぎました。

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