第6話 どすどす
昼休みも終わりに近づいた頃、移動授業のため三人は連れ立って廊下を歩いていた。
「へー、そんな事があったんだぁー」
「そうなの、それでさっきからおスズはあんな感じ」
前を歩く二人はクスクスと何やら話をしている。ちょくちょく振り向きながら会話をしているので、私の耳に届く分だけでも内容は把握できた。
「でもさー、あれは怒ってるの?落ち込んでるの?」
「どっちなんだろうね?」
「都丸君への怒りの方が勝ってる感じじゃ無い?」
「でも、あまりのショックで意気消沈おスズになってるかも」
私が俯いているからか、二人は私の表情が確認出来ないみたい。顔を見合わせていた二人は、歩くスピードを緩めて、私との距離を狭めてくる。
そんなのは決まっている。
「不倶戴天の敵、悪魔の申し子、蝿の王…」
「多分じゃなくて確実に怒ってるわね」
「うん、私にもはっきりと分かった」
「何をブツブツ言ってるの?っていうのも解決できたね」
「あのドスドスで意気消沈してたらゴリラってあだ名が付きそう」
「名前はリンリンだね」
「やだ、パンダみたいで可愛い」
二人は私の横に並んだと思ったら直ぐ前に出て、あんな事を話している。
「当たり前じゃない」と私は鼻息を荒くする。
この恨みはらさでおくべきかである。
私の声に驚いて顔を見合わせた二人と直ぐに目が合う。
「あそこでアスパラのベーコン巻きを取る?最後の一個だったんだよ。大切に取ってあったのに。信じられない」
思い出したら一段と腹が立ってきた。
お弁当を見たらアスパラベーコンが無くなっていた。絶叫したくもなる。
「おスズの足音」
「うん、さらに凄くなってる。このままだと廊下の床が抜けてみんな下まで落ちちゃいそう」
二人は笑いながら私を挟む様に横に並んできた。二人にぶつからないように気を付けて歩きたいけれども、それが出来ない私はドスドスと歩く。
「スズちゃんがここまで怒るって珍しいね。あれ以来じゃない?」
遥乃は亜里沙に視線を送る。
「そうかも。ピーマンの肉詰め事件以来だね」
「スズちゃん、あの時は私の所まで言いにきたんだよ、このドスドスで。何事かと思ったら「ピーマンの肉詰め食べられた」だって。笑っちゃった。本人としたらわざわざ違うクラスにまで言いに来るぐらいなんだから、よっぽどの事だったんだろうけどね」
「行く前から凄かったよ。わーって、いかにピーマンの肉詰めを大切にしていたかって事と、都丸君への罵詈雑言。吸った空気よりも多く喋り続けてんしゃないの?って心配してたら、やっぱり酸素が足りなくなったみたいで肩で息をし出したの」
亜里沙はクスクスと笑う。「そのうち突然席を立って「遥乃ちゃんとこに行く」ってそのまま教室を出て行っちゃったんだから」
亜里沙はぴょんと体の向きを変えて言葉を終わらす。そして「前回のを引きずってるから、今回は長引きそうね」と、プンスカプンスカ鼻息の荒い私を見て心配そうに笑ってる。
「大丈夫、大丈夫」
おもむろに遥乃はポケットから小さな袋を取り出して鈴香の目の前に差し出す。
私は、ありがとう。と言って小さな袋から飴玉を取り出して口に入れる。
「いちごキャンディー好き」
その言葉に遥乃は笑顔を見せる。
「えっ?何の躊躇もなく?」亜里沙は目を丸くする。「あんな一瞬で食べ物だって脳が理解するの?」
「そう。面白いよねー」
「でも、おスズはそういう風にすれば良いって事ね。流石は小さい頃からの幼馴染。分かってる」
「なんか、スズちゃんプリプリしてたから鞄から持ってきた。亜里沙ちゃんもいる?」
「うん、ありがとう。食後のデザートだね」
三人はコロコロと口の中の飴玉を転がす。
「どう?落ち着いたー?」
「うん」
ハルちゃんの問いかけに私はコクリと頷く。
私の顔を見て、単純ね。と、亜里沙は微笑ましく笑う。
「カラスのカー子ちゃんだもんね」
「遥乃ちゃん何それ?」
「『今泣いた烏がもう笑った』ってダーリンがよく言ってて、それでカー子ちゃん」
「この変わり身の速さだと分かる気がする」
「好きなものに関しては脳の回路が一つ増えるんじゃ無いかって思ってる」
「あの判断力の速さならその説は有力ね。他の事にもその回路使えばいいのに」
「そうなったらスズちゃんじゃなくなっちゃう」
「そう言われればそうね」
私の頭の上を飛び交う言葉があまりにもなので、ちょっと気になるところではある。
「ちょっとお二人さん、私の機嫌が直ったのは食べ物を貰ったからじゃなくて、ハルちゃんの優しさを感じたからだよ」
「またまたー」
「本当よ、本当!」
「えーー?」
遥乃は笑いながら鈴香の顔を覗き込む。
私は笑いながらイーッと返す。
その顔を見た遥乃は、ポケットに手を突っ込んでから手を握ったまま鈴香の前に差し出す。鈴香がそれに気を取られると掌を上に向けて手を開いた。
「…?えっ、何?」
遥乃の手には何も無かった。
ハルちゃんの方を向くとイーッをしてきた。
「飴玉出てくると思ったでしょ?」
「そんな事思うわけないじゃん」
「本当に?」
遥乃はそう言うと、もう片方の手を掌に乗せた。覆っていた手がどかされると、掌の上に小さい袋が乗っていた。
「あっ、パイン味!」
思わず出た言葉に後悔した。
「瞬殺ね」
亜里沙が笑う。
「だねっ」
遥乃も笑う。
「はい、ご褒美」
「あ、ありがとう」
私は何のご褒美か分からないパイン飴をゲットした。
このまま舐めたいけれど教室が目の前なので我慢した。溶けないように、ポケットではなく筆箱の中に大事に仕舞っておこう。
視線を先に向けると教室の入り口近くに麗子ちゃん達の姿があった。
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