探しもの
尾八原ジュージ
探しもの
昔は森だったという。それも神隠しが起きるいわくつきな森で、そこを潰してショッピングモールを建てたのだと。
でもどんな曰くがあったって、こういう中途半端な田舎にうまれた子どもたちは、週末に友だちと遊ぼうと思ったら大抵そういうショッピングモールに行くものだ。そうそう都会に遠征できるわけじゃなし、結局みんなが集まりやすくていろんなものが揃ってるところに群がってしまう。つまり、ショッピングモールで買い物してお昼食べて映画観てお茶して帰るみたいな感じになってしまう。でもいい。楽しいからいいのだ、それで。ご多分に漏れず、あたしもそういう時代を過ごした。
決して大げさでなく、ショッピングモールには青春の思い出が詰まっている。高校生のとき、初めてアルバイトをして自分のお給料ってものを手に入れた。その記念に理想の腕時計を探そうと決めて、友だちの
で、結論から言えば、そんな腕時計はなかった。でも絶対ないよねと言いながらメンズの店にまで入ってみたのは、茉莉花と一緒にいるのが楽しかったからだ。茉莉花だって、自分の腕時計を買うわけでもないのに、一日中あたしの探しものにつき合ってくれた。
あれからもう、十年以上の年月が経ってしまった。
今あたしの手を引っ張る茉莉花は、頑なにこっちを向かない。背格好はあの頃のまま、当時流行っていたマキシ丈のワンピースの裾を翻し、まだ一度も染めたことのない黒髪を揺らして足早に歩く。華奢なサンダルがカタカタと音をたてる。
「ねぇ
ほんとうに嬉しそうな声で笑って、すごい力で手を引っ張るから、あたしは必死でついていくことしかできない。
茉莉花は頑なにこっちを向かない。たぶん顔がないのだ。ショッピングモールで時計を探して彷徨った翌々日、茉莉花は車に轢かれて死んでしまった。アスファルトでひどく顔面を擦って、顔がなくなってしまったのだ。でも今あたしの手を引っ張る茉莉花の声はとても楽しそうで、十代の女の子の輝きに溢れている。だからあたしは「茉莉花、あたしもうその腕時計はいらないんだ。もうそういう可愛いやつは、あたしには似合わなくなっちゃったんだ」ってどうしても言い出すことができない。
いつの間にかショッピングモールには誰もいない。両端に無人のテナントが並ぶだだっ広い通路は、どこまでも向こうに続いて終わりが見えない。巨大なショッピングモールの中で、茉莉花とあたしはいつしか歩くのを止め、風のように走り出している。自分の心臓の音が大きくなる。
「あっちだよ、あっちあっち」
そう言いながらあたしの手を引っ張る茉莉花が本当に彼女自身の幽霊なのか、それとも昔ここにあった森に棲んでいたものなのかわからないまま、あたしは冷たい手を握って先へ先へと進む。
辺りがだんだん暗くなっていく。
探しもの 尾八原ジュージ @zi-yon
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