第7話 ひとりぼっちの男、亮二
色々あった一年。
何とか生活を建て直し、大学も最終学年の4年生になり、俺の大学生活も終わりに近づいて来た。
懸念だった就職活動を必死で頑張り、先週遂に就職の内定を貰うことが出来たのは嬉しかった。
当初希望していた会社と違うが、海外に支店を数多く構えており、新入社員はそれらの支店に配属されるというのが、志望の決め手となったのはみんなに内緒だ。
「亮二、内定良かったわね、それと誕生日おめでとう」
「おめでとう...亮二」
就職の内定と誕生日のお祝いに、紗央莉と史佳が俺の住むアパートで来てくれた。
「ありがとう紗央莉、史佳も」
二人に頭を下げる。
まさか、お祝いをして貰えるなんて思わなかった。
相手が四年前に振られた
「亮二のアパートは久しぶりね」
「紗央莉は来た事あったかな?」
紗央莉が俺のアパートに来たのは確か...
「...あ」
そういや一年前に史佳と最後の話し合いをした時に来たな、結局は今もズルズル交流してるけど。
「ごめんなさい史佳...」
「ううん...お陰でまた来られたから」
なんだか二人はしんみりしてる。
特に何も感じないのは、心の中で元サヤは無いと割り切っているからだろう。
「プレゼントよ」
「ありがとう」
紗央莉が空気を変える為、紙袋から小さな箱を取り出してテーブルに置いた。
「何かな?」
「開けてみて」
「どれどれ」
リボンを解き、包装紙を丁寧に開けると真新しい箱が姿を現す。
蓋を取ると中には、
「これって携帯...?高いのに悪いよ」
中には一台のスマホが入っている、テレビのCMでよく見る最新型だ。
「大丈夫よ、メーカーから安く分けて貰ったの。
ほら、私って色々な会社で仕事の依頼を受けてるでしょ?」
「そうだったな」
高校時代から紗央莉は数多くの会社から、その高いスキルを買われセキュリティシステム構築のアルバイトをしてたけど、どうして紗央莉は顔一杯に汗を掻いてるんだ?
「その...亮二の携帯って、かなり古いでしょ?
バッテリー性能とかも落ちてると思うし」
「まあ...そうだけど」
確かに大学に入った時、新規で契約した際に購入したスマホだから、丸三年使っている。
バッテリーの持ちも随分悪くなっていた。
「亮二、今使ってる携帯を貸して」
「なんで?」
「SIMカードの入れ替えと内臓データーを引き継ぐの、新しいのは容量が充分だから、必要なのは全部入るわ」
「そっか」
ショップで店員に任せるより、紗央莉の方が知識も豊富だから頼むとしよう。
今まで使っていたスマホを紗央莉に渡す、愛着あったんだけど今日でお別れだ。
「どれどれ」
「おい見るなよ!」
紗央莉は鞄からノートパソコンとケーブルを取り出し作業を始めた。
どうして古い携帯から内部のデーターをわざわざノートパソコンのモニターで見るんだ?
変な物は入ってないぞ。
「全部消したんだ...」
「まあな」
モニターを覗き見していた史佳が落ち込んだ表情になる。
付き合っていた頃の写真やライン等、史佳としたやり取りは全部消去したのを知らなかったみたいだ。
仕方ないだろ、俺達は別れたんだから。
「この古い携帯って初期設定から触ってない機能もあるわね」
「使う必要がなかったからな」
本当は使いこなせなかったのだ、恥ずかしいから言わないが。
「機械オンチは相変わらずね」
なんで紗央莉は嬉しそうなんだ?
「高校時代に使ってた携帯は?」
「警察で処分して貰ったよ、
「...そっか」
なんで紗央莉まで落ち込む?
何人もの人間から散々付け回されて、毎日凄まじい着信やラインが来たんだぞ。
どんなに着信拒否しても、新しい端末を使われて...今も鳴りっぱなしだった昔使っていた携帯の着信音を思い出すだけで、気が狂いそうだ。
「四年前にデーターとかメモリーカードは保管しなかったの?」
「...それは必要か?」
イヤな事を聞くな。
紗央莉の態度が段々素っ気なくなって、俺が必死で祈る様な気持ちで一方的に送り続けた記録なんか保存する訳無いだろ?
「ううん...ごめんなさい」
「分かってくれれば良いよ」
なんだ、また変な空気になってしまった。
「これ...私から」
「ありがとう」
次に史佳から渡される保冷剤に包まれた大きな箱、これは一体なんだろ?
「ケーキ?」
「上手く出来たの、口に合えば嬉しいけど」
「大丈夫だ、史佳は料理が得意だったな」
中に入っていたのはホールのバースデーケーキ。
生クリームで綺麗にデコレーションされており、チョコレートで誕生日おめでとうと書かれていた。
「凄いわね...史佳は料理が得意なのは知っていたけど」
「だろ?」
紗央莉も驚いている、本職のパティシエ並みの仕上がりだから当然か。
「旨い」
「良かった」
箱から取り出し、等分にカットして一口食べる。
懐かしい味、俺の好みに合わせた控え目の甘さ、スポンジ部分には沢山のフルーツがサンドされ絶品。
「史佳のケーキは二年ぶりだな」
「あ...え?」
なんだ変な事言ったかな?
別れる前の誕生日は作って来なかったから、間違ってない筈なんだけど。
「食べないのか?」
なんで二人共固まっているんだ?
一人じゃ気まずいじゃないか。
「...ごめんなさい、私行きます」
「は?」
涙を拭きながら史佳は立ち上がる。
何か悪い事を言ったか?
「私も行くわね、携帯は置いとくから」
「紗央莉?」
紗央莉も携帯のケーブルを抜き取り立ち上がった。
「まあ...良いけどさ」
二人が出て行った部屋。
なんだか寒々とした空気に包まれ、寂しさが漂う。
「...旨くない」
さっきまで美味しかった筈のケーキ、一人で食べたら味気ない。
「おめでとう...か」
チョコレートで書かれた文字をフォークでなぞりながら消す。
これが最後に食べる史佳の手作りケーキになるだろう。
「紗央莉からのプレゼントか...」
新しい携帯をタッチしてみる。
真新しいディスプレイ、当然だが傷一つ無い。
「何もなければ...紗央莉と続いていたのかな?」
過去は戻らないんだ。
四年前に紗央莉が離れて行ったのも、自暴自棄から沢山の女性とセックスに耽ってしまった事も。
「史佳...なんでだよ」
どっちの携帯フォルダーにも何も入ってない。
大学一年から三年まで、付き合って来た記録は何一つ.。
あれだけ史佳が好きだったのに、あっさりクズに寝取られちまった、本当は大して俺の事なんか好きじゃ無かったんだ。
「...好きだった」
全部終わった事なんだ。
きっと誕生日も一人の俺に、二人は最後の同情で来てくれただけ。
紗央莉と史佳は間違いなく過去を振り切っている、未練たらしいのは俺の方だ。
「ああもう!!」
食べ終わったケーキが乗っていた皿を手で払うと床に落ちる音が虚しく響く。
「結局は一人ぼっちか」
誰にも祝って貰えない俺。
家族だってあれだけ迷惑を掛けたんだ、受け入れて貰えない、特に妹からはまだ...
「ちくしょう...」
翌日、残ったケーキはゴミに出した。
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