第6話 彷徨う女、紗央莉

 あれから亮二と定期的に自宅で話す様になった。

 掲示板のスレに関して、殆ど進捗が無い。

 本当なら話はそれで終わりなのだが、どうしても亮二を自宅に呼ぶ事が止められないのだ。


「まだ真意は掴めないんだな」


「そうね、女達の意図が分からないから、これ以上の追及は難しいわ」


「...そっか」


 亮二の顔色は冴えない。

 二年も亮二を付け回す恐怖は、彼にしか分からない。

 精神的な負担は計り知れないと思う。


「コーヒー、お代わりいる?」


「あ...うん」


 空になったカップに新しいコーヒーを注ぐから、美味しく飲んでね。

 亮二の好きだったコロンビア、しっかり焙煎した挽きたてなんだから。


「まったく、何人としたの?

 きっと掲示板に参加してる中に、亮二とセックスした女も混じっているわよ」


「あ...そうだな...ゴメン」


 コーヒーを飲む亮二に、つい憎まれ口を叩いてしまう。

 本当はこの時間を素直に楽しみたいのに、嫉妬深い自分は治らない。


「まあ...亮二の氏名は明かされて無いし、写真も消してるから個人の特定は無いわ、今のところ大丈夫と思う」


 斜里や美家は亮二の過去にすがりたいだけなのか?


「...それが怖いんだよ」


 亮二は怯えた表情を見せた。

 掲示板に書かれている内容も最近は亮二の居場所より、いかに彼とのセックスが凄かったかに変わりつつあった。


「それにしても亮二、ちょっとお洒落くらいしたら?」


「良いんだよ、これで」


 空気を変えようとする私に、煩わしそうな亮二が首を振る。

 あんなに身なりを気遣っていた亮二なのに、髪形もボサボサだし、服装だってファストファッションの量販店で買った物しか着ない、四年前と全く別人ではないか。


「せっかく元の素材は良いのに」


「そんなの関係無いよ」


「...え?」


 亮二の言葉から感情が消えた。


「人間の本質はそれだけじゃない。

 いかに自分をよく見せたところで、アクセサリーみたいに扱われたんじゃ意味が無いだろ」


「それは....」


 斜里と美家の事を言ってるの?


「一緒にお洒落の勉強をしてくれた紗央莉に悪いがな」


「...ううん」


 中学の時、私は亮二と付き合い出した。

 最初はお洒落に全く頓着しなかった亮二に、私がアドバイスをしたんだ...

 それは周りに対する自慢も含まれていた。

 こんなに亮二は格好良い、イケメンなんだぞって、優越感で...


「ごめんなさい」


「なんで紗央莉が謝るんだ?」


「だって...私も斜里達と変わらなかったって事だから」


 私は調子に乗っていた。

 亮二は私の物、絶対に離れて行かないと。

 お互いに分かり合っているという自惚うぬぼれが、亮二を放置するという愚行に繋がってしまった。


 愛情は一方通行じゃない。

 互いに気遣い、労いの言葉を掛けないと枯れてしまうんだ。

 愚かな私が、痛い失敗から学んだ遅すぎる後悔...


「それでも史佳はダメだった」


「...ダメって?」


アイツら斜里、美家達から逃げて、ようやく安寧の時を手にしたんだ。

 これで自由だ...新しい生活を誰も知らない町でって、な」


「...そうだったんだ」


「史佳とは合コンじゃない、普通にキャンパスで知りあった。

 アイツも地方から来たって、話が盛り上がって...」


「そうらしいわね」


 亮二の出会いは惚気話として史佳から聞いた、私が亮二の元カノだって知らなかったから仕方ないが、どれだけ悔しかったか。


「直ぐセックスに直結しないで、じっくり仲を暖めて行こうって考えた。

 史佳は俺が初めての彼氏だって言ったからプランを練って...でも紗央莉としたデートを思い出しながらだったから、失礼な話だよ」


「へえ...そっか」


 だから二年も史佳とセックスはおろか、キスすらしなかったのか。


「それで葛野に寝取られてちゃ、世話ないがな」


「それは....」


 あれは史佳の過失。

 しっかり恋人を信じていたら、セックスの相談なんか、以前から悪評の噂があったクソ爪楊枝葛野満夫にしなかった筈だ。


「最初からしなきゃ良かったんだ...」


「何を?」


「セックスをだ、紗央莉だって、そう思うだろ?」


「そんな事....」


 無いと言いたい!

 あれだけ試行錯誤を繰り返しながら、数ヶ月を掛けてようやく結ばれたんだ。

 ネットや本を読み耽りながら、お互い知恵を絞って....まあ後で両親にバレて、私はこっぴどく叱られたけど。


「馬鹿みたいだ。

 言われるまま紗央莉を振って、踊らされ調子に乗って、死ぬ程絞り取られてさ」


「亮二...違うよ...」


 そんな事は無い、馬鹿は私なんだ。

 調子に乗って亮二を蔑ろにした私が...


「ごめん....こんな愚痴聞きたくないよな」


「あ...ちょっと」


 気まずそうに亮二が立ち上がり、リビングを出る。

 後を追いたいが、寂しそうな亮二の背中に身体が動かない。


「また進展があったら頼む、それじゃ」


「わ...分かった」


 声が震えてしまう。

 口を抑え、嗚咽を堪えながら部屋の扉が閉まる音を聞いた。


「全く....未練たらしいんだから」


 亮二の残したコーヒーを一口啜る。


 少し涙の味がした。


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