第2話 やっちまった女、史佳

 亮二が紗央莉を見る。

 私には視線すら送ってくれない、あの優しい瞳は二度と私に向けられる事は無いの?

 私はなんてバカで愚かな事をしたのか。


 3日前、亮二から突然届いた別れのラインに目の前が真っ暗になった。

 慌てて亮二にラインを送るも着信拒否。

 クズ満夫を散々罵ったが、私だって同じ、一緒に亮二を裏切った事にかわりは無い。


「とにかく帰ってくれ」


「イヤだ!」


 反省する気持ちと裏腹に叫んでしまう。

 ここで帰ってしまったら、もう二度と亮二との接点が失われる、そんなのは嫌だ。

 楽しかった亮二と過ごした二年の想い出が...


「...おい紗央莉」


「分かった、史佳行きましょ」


 無理やり腕を掴むなんて最低!

 紗央莉は何を考えてるの、親友だと思っていたのに!


「離して!離してよ!!」


「いい加減にしなさい!」


 思わず怯んでしまう。

 そんな大声出さなくても良いのに...


「...今日のところは帰りましょ。

 じゃないと、益々亮二との縁が遠退くよ」


「...紗央莉」


 紗央莉が耳元で囁いた。

 まだチャンスが有るの?それなら...


「...いや、これで史佳とは終わりで」


「亮二は噂の出所知りたくないの?」


 怯む亮二に紗央莉が微笑む。

 こんな時に余裕を見せられる彼女は凄い。


「...お願いします紗央莉さん」


 亮二が紗央莉に頭を下げた、噂の出所なんかどうでも良いが、この場を乗りきれるなら。


「史佳」


「分かったわ...」


 紗央莉に促されるまま立ち上がる。

 ずっと正座をしていたから、痺れる足が痛い。

 部屋を出る私達に亮二は一瞥もくれない、でもまだ諦める訳に行かないんだ。


「ちょっと良い?」


「...なんですか?」


 亮二の住む下宿を出た私に紗央莉が呼び止めた、早く家に帰って復縁の作戦を練りたいんだけど。


「少し話がしたいの、私のマンションに来ない?」


「そうね、おじゃまするわ」


 ここは紗央莉の提案に乗ろう、私も聞きたい事は山ほどあるんだ。

 手を上げタクシーに乗り込む、紗央莉が目的地を運転手に言うと車は走り出した。


「着いたわよ」


「ここって...」


 タクシーのドアが開く、目の前に聳えるのは豪華なマンション。

 私の住む一般的な賃貸と全く違う、これって分譲よね?


 紗央莉がマンションのオートロックキーを開ける。

 一階のフロアはまるで高級ホテルみたいじゃないか。

 圧倒されながら、私は紗央莉の後に続いた。


 エレベーターで最上階のボタンを押す、その角部屋に着くと、紗央莉は鍵を差し込んだ。


「入って」


「あ...あのここって?」


 ...玄関が広すぎる。

 いや広いだけじゃない、磨き抜かれた大理石、奥に続く廊下、まさに豪邸だ。


「どうかしたの?」


「凄い...私の住む部屋と全然違う


 築10年の1LDK、私の借りている賃貸マンションと比べるのも烏滸がましい。


「別に凄く無いわ、両親が投機目的で何軒が買ったの、ここもその一つ。

 大学が近いから、私が住まわせて貰ってるの」


「...一人暮らしなの?」


「そうよ、両親は以前住んでいた家に」


「贅沢過ぎるよ」


 思わず本音が溢れた。


「広いから掃除が大変なの、だから八室の内、一部屋しか使わない様にしてる」


「...はあ」


 八室もあるのか...


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 リビングに置かれているソファーに腰を下ろす。

 紗央莉が豪華なティーセットから紅茶を淹れ、私の前に置いてくれた。


「本当にバカやっちゃったわね」


「はい...」


 その一言で現実に引き戻される。

 紗央莉の言う通り、私はバカ...バカビッチなんだ。


「後悔先に立たずね」


「うん...」


 取り返しのつかない事。

 なんでクソ猿に私は初めてを...亮二に捧げる筈だったのに。


「大体聞いたけど、要はクズ猿満夫に騙されたんでしょ?」


「ええ...話を聞いてあげるって居酒屋で」


「そして酔わされた」


「...気がつけばホテルのベッドに」


 酔っていたなんて言い訳出来ない。

 逃げようとすれば出来た筈だ、それなのに私は...


「で、ハメ撮りは?」


「最初は隠し撮りで脅されて...その内に段々気持ち良くなって、撮られてるのも快感に変わっていったの」


 私は異性に疎かった。

 中学、高級と女子高で男性と接する機会が少なかったんだ。

 初めて出来た彼氏が亮二で、私は浮かれていた。


 クソ猿は以前から私を口説いていたが、最初は相手にしなかった。

 でも好きだと何回も言われるのは悪い気がしなくって...だから隙が出来たんだ。


「背徳感かな?」


「だと思う...まあ一発で亮二に塗り替えられて、醒めたけど」


『もう大丈夫だ、亮二にヤらしてやれよ』

 3日前、初めて亮二とセックスをした前日にクソ猿が言った。


 その言葉に『何で今さら亮二と?』

 そんなバカな事を考えてしまった。

 心は亮二で満たされ、身体はアイツで...私は一体何様だ?


「洗脳が解けて、更にバレて地獄ね」


「...その通りよ」


 紗央莉の言葉が私の心を抉る。

 亮二とのしたのが本当のセックス、バカと半年盛っていたアレは単なる性欲の解消...比べる間でも無い。


「あ...」


 私の携帯が着信を知らせる。

 画面に映るのは...


「クソ野郎ね」


「...竹串満夫のチ◯コが」


 全くしつこい、別れ話はしたのに。


「どうして着信拒否しないの?」


「それは...」


 したいけど出来ない、あのバカは私を...


「どうせハメ撮りをバラ蒔くとか脅してるんでしょ?」


「ぐ...」


 何で分かるの?

 絶対他人に見せないって約束したのに。


「セフレを手放したくない、体の良い肉便器とか思ってるんでしょ」


「そんな...」


 私が罵り過ぎたから?

 いやアイツとのセックスは本当に価値の無い物だったんだ。


「とにかくバカが暴走する前に映像を何とかしないと」


「は...はい」


「リベンジポルノ...バラ蒔かれたら最後、デジタルタトゥとなって、消す事は不可能になるわ」


「そ...それじゃ私は」


「取るべき選択肢は二つ。

 一つはバカ猿と関係を続ける事」


「イヤだ!」


 冗談じゃない、なんで地獄にわざわざ自分から!


「なら、バカを叩き潰すしかないわね」


「どうやって?」


 そんな方法があるのだろうか?


「とりあえず映像を見せて」


「は?」


「ハメ撮りよ、どうせ自分の携帯にも保存してるんでしょ?」


「イヤよ!」


 なんて事を言うんだ!

 こんな物、人に見せられる訳ない!


「亮二はバカ猿に見せつけられたわよ、放っといたら、貴女の親も見る事になるかもね」


「あぁ...」


 死にたい。

 情けなさと、申し訳なさで...


「どうぞ」


 震える手で携帯を渡す。

 クソ猿からの着信はいつの間にか終わっていた。


「さてと、私の部屋に来て」


 紗央莉の部屋には数台のパソコンとモニターが並んでいて、作業部屋の様、なにより壁や天井一面に...


「よっと」


 言葉を失う私を他所に、紗央莉は携帯とパソコンにケーブルを差し込む。

 目にも止まらぬ速さでキーボードを叩き始める紗央莉。

 その圧倒的なスピードに息を飲んだ。


「...げ」


「ふーん」


 モニターに映し出されたのは忌まわしい映像。

 自分の醜態さに、目を背けた。


「本当に好きな相手にいきなりオモチャや、変態行為を彼女にさせないわ、まして撮影なんか考えられない」


「言わないで!!」


「犬が自分のテリトリーにおしっこを掛ける感覚?

 さしずめ史佳は電柱か...」


 淡々とした紗央莉に叫ぶ。

 私をいたぶって楽しいの?


「...亮二はこんな物使わない。

 アダルト映像の見すぎよ、このバカ、気持ち良いのは自分だけ」


「...そうよ」


 そうだ、亮二としたセックスと違うのはそこにあったんだ!

 じっくり時間を掛けて、気持ちを盛り上げてくれた!

 あんなローションや、乱暴な指使いは必要ないんだ!!


「それにしてもお粗末なモノね、割り箸みたい」


「...紗央莉?」


 なにやら紗央莉の様子が...


「よし出来た、このメールをバカ猿に送りなさい」


「送るって?」


 紗央莉はキーボードのEnterボタンを指差した。


「ウィルスてんこ盛りよ。

開いたが最後、この画像が一斉に拡散されるわ。

 安心して、史佳には全身モザイクか掛けたし、声も消した。

 ついでにバカ猿の画像で面白いのも生成したわ」


「でも私達がやったってバレたら...」


 捕まるのは困る、紗央莉にも迷惑が....


「大丈夫よ、このパソコンから送ればね。

 世界中のサーバーを経由させてるから、足はつかない。

 ましてやバカにそんな知恵は無いし、それどころじゃなくなるわ」


「本当に?」


「もちろんよ」


 自信に満ちた紗央莉。

(この自信はどこから来るの?)

(貴女は一体何者なの?)


 聞きたいのに、どうしても声にならない。

 ゆっくりキーを押す。

 隣で笑う紗央莉、部屋一面に亮二の写真が飾ってあった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 次、閑話。

 マンフ...いや満夫です。

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