第9話 呟く女、紗央莉
突然泣きじゃくり出した史佳。
今までの中で一番激しく、髪を掻き毟り、謝りながら気を失ってしまった史佳。
いつもの彼女ではなく、正気を失った姿はまるで...
「...狂ってる」
完全に気狂いの人間、そのものだった。
「少し休んで、後で買い物に行きましょ」
「...うん」
しばらくすると史佳は正気を取り戻した。
私は史佳をゲストルームのベッドに寝かせ寝室を出た。
「...まいったな」
部屋を出て、扉にもたれ掛かる。
これは不味い、史佳の精神状態が確実に悪化している、病院で医師に見せた方が良いのかもしれない。
史佳の両親に言う事も視野に入れよう。
『亮二の誕生日を祝いたいの』
史佳はずっと前からそう言っていた。
理由は聞かなかった、きっと何か訳があるとは思っていたのだが...
「過去は消せないのよ...」
さっきの取り乱し様、私が言った言葉がトリガーになったのは間違いない。
おそらく去年、亮二の誕生日前日に史佳は浮気セックスをしていたと推測される、その後悔から発狂に繋がったのだろう。
「...私も狂いたいよ」
その方が一時でも楽になれるなら、私だって吐き出してしまいたい。
亮二は私と過ごした思い出の記録を全て棄てていた。
覚悟はしていたつもりだった。
別れた彼女の記録なんか、取っておく方が不誠実、亮二の性格ならそう考えると分かっているつもりだったのに...
「お腹空いた...な」
こんな時なのに、空腹を感じる私はなんて図太い女なのか。
テーブルに残されていた朝食を食べ終え、タブレットを手に自室に戻った。
「ほんと...私はなにしてるの....」
なんだって、私は史佳に振り回されてるの?
浮気した女なんかサッサと切り捨てて、私が亮二と復縁出来たらハッピーエンド。
その為に日本へ帰って来てたんだ。
亮二の大学をやっとの思いで調べ上げて、編入までしたのに。
亮二に会えたその時、既に史佳という彼女が出来ていた。
史佳と友人になったのも、チャンスがあれば、亮二を奪うのが目的だった。
しかし史佳は本当に亮二の事が大好きで、私の付け入る隙は無かった。
亮二は私が元カノであるのを黙っているのを良い事に、二人に付きまとい続けた。
しかし史佳を知れば知る程、彼女が持つ亮二への気持ちに打ちひしがられる結果となった。
時折史佳が大学に持って来た手作り弁当やスイーツ。
私が亮二と付き合っていた頃、考えた事も無かった史佳の行動、女子力の高さに敗北を意識した...
「ああ!もう!!」
なんで?
この胸のモヤモヤはなんなの?
それなのに史佳は亮二を裏切ったんだよ?
半年も浮気をして、騙し続けたクソ女だ、チャンスなのに、どうして私は一年も亮二を取り返せないの?
「史佳...貴女が反省もしない、もっとイヤな女だったら良かったのに」
分かってる...史佳は洗脳状態にされていて、今は死ぬ程苦しんでいる事を。
そして私の方が史佳より、クズな女だって事くらい...
私がフラれたのは、自分から遊び歩いて、亮二を蔑ろにしたからだ。
史佳は
史佳は亮二を諦め始めている。
初めてを奪われ、ハメ撮りの映像まで亮二に見られた自分に再び恋人を名乗る資格は無いのを自覚している。
『もう穢された...ううん、自分から墜ちたんだよね、でも最初は亮二が良かったな』
史佳はそう言っていた。
だけどね、亮二は相手が処女か、非処女かには全く拘っていないんだ。
二年前、亮二に聞いた事がある。
『史佳が経験済みなら亮二どうする?』
自分でも底意地が悪い質問だったと思う。
史佳から、亮二が初めての恋人で処女だと聞いていたのに。
『相手が初めてでも、裏切る奴は裏切る』
『それは...』
あの時、亮二の目を見られなかった。
それが私に対する答えでもあったのだ。
『心の底から俺を愛し続けてくれるなら、初めてなんかに拘らないさ』
亮二は静かな目で呟いた。
それから私は二人と距離を置くようになった。
惨めだった。
海外に居た時、私は誕生日プレゼントを受け取っておきながら、お礼の電話すらしないで、メッセージだけで済ませた。
亮二の誕生日プレゼントを送ろうともしなかった。
この事実だけでも、恋人に対してする行動じゃない。
謝罪もしないで、シレっと亮二と再会し、卑劣な企みをしていた自分の醜さに吐き気がした。
距離を置いた事は、史佳にとって最悪の方向へ行ってしまった。
亮二が大切にするあまり、自信を無くした史佳がクゾ野郎からレイプを、ヤられるままセックス漬けにされたのだ。
私がいれば、きっと史佳はクゾ野郎に相談をしなかった筈だ。
いや、二人の仲を進ませる様にしていたら、史佳は初めてを亮二と...幸せに結ばれていたのに。
「私は....みんなを不幸にした」
フラれて足掻いて、失った物の大きさに苦しんで、都合良く振る舞い、周りを不幸に突き落とした...
「亮二...史佳....ごめんなさい」
ようやく口にした謝罪の言葉、直接言えない私は弱虫で卑怯者。
だけど発狂する訳に行かない、私に出来る事は残っているのだ。
「和解を...」
亮二を家族と和解させる。
特に亮二の妹、
あれだけ仲が良かった亮二と美愛ちゃん。
しかし亮二は女達と爛れた関係に墜ち、兄妹との仲はズタズタに引き裂かれてしまった。
美愛ちゃんが持っていた亮二への気持ちは反転し、今も憎み嫌い、ろくに家族へ連絡すら取れないのだ。
「...亮二」
タブレットに映る亮二の姿に呟く。
何の悩みもなく、微笑む6年前の亮二。
これは美愛ちゃんが喫茶店に行って撮影し、私の携帯に転送してくれた画像。
[お兄ちゃんカッコいいでしょ、惚れ直した?]
そんな言葉と共に...
「待っててね...私がきっと」
部屋一杯に貼られた亮二の写真に私は誓うのだった。
あのね... 三文安 @zi-tyankko
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