アマドはシャルル・ヴンサンの居場所を探す

「こないだ、イルマタルさんが教えてくれたんだ。自分の学友だった、って」

『シャルルはクズ』と彼女は言っていたが、その氷色の瞳には、懐かしさと愛おしさが混ざっていた。

 とても大切な友人だった、と思う。ひょっとしたら、それ以上の存在だったのかもしれないけど……。


「ほう、恋仲、とかかな?」


 俺の心を読んだかのように、アムスは言う。

 下品とはまではいかないが、面白そうに笑うアムスに、俺は反射的に「この色ボケジジイ」と返した。

 俺が彼女の過去に踏み入る資格はない。俺にとって彼女は特別でも、彼女にとっての俺はそうじゃない。デートに誘われて、ずっと昔から一緒にいるように錯覚したけれど、彼女からしたら、つい最近まで見知らぬ他人だったのだ。

 ……ショックじゃないと言えば、嘘になるけど。情けないので、隠しておく。


「イルマタルさんは、『わかっている』と言っていた。ひょっとしたら、親友から狙われていることに、薄々気づいていたのかもしれない」


 わかっている。

 そう言う彼女の声も、俺の口を塞いだ手も、震えていた。伝わる体温は、ずいぶん冷たくなっていた。

 友人に命を狙われているという事実に、どれだけ傷ついたことだろう。もっと慎重に連絡を取るべきだったと、今悔やんでも遅い。

 だから俺は、一刻も早く彼を捕え、真実を明らかにすることを誓った。


「……話はわかった。だが、こちらの情報網には、何一つ引っかからなくてね」

「……そうか」

 

 アムスはこの街を拠点にしている。コミュニケーションが高いアムスは、老若男女、個人・法人問わず繋がりを持っている。そんな彼のツテでも、見つからなかったのか。

 

「トリドには、何か手がかりがなかったのかい」

「トリドは全部調べた。けれど、シャルル・ヴンサン自身の痕跡は見つからなかった」

「おや? ワインに睡眠薬と自白剤を入れた店員がいるだろう。そこから辿れなかったのかい?」

「店員は、精神干渉を使って操られていた。どうやら、遠距離で操作されていたらしい」

 

 調べた通り、シャルル・ヴンサンはかなり強力な異能力を持っているらしい。自分の痕跡すら異能力で跡形もなく消しされるとなると、精神干渉系の能力で逆探知するぐらいしか方法がないが、肝心の精神干渉系がいない。

 ……そう、だからこれしか、方法がない。

 グッと腹に力を込めて、覚悟を決めた。




「アムス。お前なら、『太陽の沈む地アブ・マグレブ』とトリドにいる、すべての人間の居場所がわかるはずだ」




 吸血鬼には、普通の人間には無い視力と聴力を持つ。

 視力や聴力と言うには語弊があるが、彼はすべての生き物の視力や聴力を通して、世界を見渡すことができるのだ。


「吸血鬼の力で、シャルル・ヴンサンを探せ」


 そう命じると、アムスは柔和な笑みのまま、「おおせのままに」と承諾する。


「……すまん」


 俺がそう呟くと、アムスは、「そこで謝るのが、甘いのだよ、お前は」と言った。

 そうだ。俺は甘い。


 吸血鬼の特性は、人間より遥かにすぐれている。だが、人間の脳には耐えきれないものだ。だから酷使すればするほど、脳は破壊され、人格は崩壊していく。

 最終的には、破壊衝動、加虐嗜好、性衝動だけが生き残る。手当り次第破壊し、陵辱し、虐殺する生き物になる。

 伝説や伝承のように、血を吸って生きるのではなく、まるで血を啜るように虐殺を楽しむ生き物を、『吸血鬼』と呼んだ。


 不老のまま生きるだけで、アムスの脳や身体には負担がかかっている。アムスは、いずれ『吸血鬼』となるだろう。

 その前に俺は、こいつを殺さなくてはいけない。吸血鬼になった時、アムスの処分は、竜提督をついだ俺の責任だった。

 にも関わらず、俺はこいつの身体と精神をすり減らす命令をした。

 ――イルのために。


『誰かを犠牲にして救われる世界って、そもそも救いでもなんでもないよ』


 幼い俺の手を繋いで言った彼女の横顔が、脳裏に浮かんだ。

 ……ごめん。

 彼女が悲しむ方法でしか、俺には選択肢がない。







 

 乾いた空気の中で、汗が流れる。

 それは、吸血鬼の能力を使ったアムスのものなのか、自分のものなのかわからなかった。

 アムスの青い目には、理性が宿っている。幸運なことに、今回も吸血鬼にはならずに済んだらしい。


「場所は、アリリの古代遺跡だな」


 前髪をかきあげながら、アムスが言った。

 かつてトリドや『太陽の沈む地アブ・マグレブ』を含む一体を支配していた、ロームルス帝国の遺跡跡だ。石造りの柱や壁が残っているが、ほとんどは壊れて風化しており、ほとんどが緑の丘になっている。


「あんな見晴らしのいいところにいるのか?」

「いや。……多分、地下貯水池だ。ロームルス帝国は水路橋を作っていたから、どこかに地下貯水池がある」


 水の音とぺトリコールの匂いがした、とアムス。

 地下か。俺は少し、苦い気持ちになる。幼い頃、司教に連れ去られたのも地下だった。


「おや、怖気付いているのかい?」

「怖気付いてねーよ」


 命懸けで調べてくれたのに、「やっぱ行きたくないです」とか言うわけないだろう。


「場所がわかったなら、今から向かうつもりだ」

「一人でか」

「……その方がいいだろ」


 相手の目的は彼女なのか、それとも俺なのか。

 俺だった場合、やつらは俺の異能力の暴走を企んでいるだろう。敵の目論見通り暴走したら、この乾燥地帯はあっという間に火の海になる。

 だが、俺が目的である以上、俺との接触を望んでいるはずだ。相手の警戒を削ぐためにも、シャルル・ヴンサンと会うのは俺だけの方がいい。


「酷使させてそうそう悪いが、あんたには消防隊の手配と、氷の国の『災害・異能力特務課』の要請を頼みたい」

「わかった」


 滝のように汗を流し、疲弊の色が濃いアムスは、けれど青い瞳から生気を失うことは無かった。


「お前が今の当主だ。私は、それに従おう」

「……ありがとう」


 俺がそう言うと、アムスは、「やはり、まだまだ甘いな」と笑った。

 

  


 


 

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竜提督は盾の乙女をとかさない 肥前ロンズ @misora2222

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