強さ(男らしさ)
自由
この作品が僕に深く刺さった理由がこの二つです。どちらも僕が強く求めているものです。この作品ではこれら二つが徹底的に蹂躙されます。でも安心してください。激しい暴力の後にはどこか爽快感さえあって、これは、被虐嗜好とはまた別の(根っこは同じなのかもしれませんが)趣があります。
繰り返しますが、強さ、男らしさ、自由、健やかさ、何もかもが地面に叩きつけられ踏まれます。
でも、いきなりめちゃくちゃにされるわけでもないんです。なんて言ったらいいかな……とにかく、こんなに心乱れた読書は久しぶり。
主人公の良太郎は「強さ」を求めます。
もう一人の主人公邦正は(僕が察するに)「自由」を求めています。
二人は切っても切れない強い糸、でも細くて微かな糸で結ばれています。
お互いがお互いを強く憎んでいる。
なのに血に刻まれた共通項がどうあっても二人を離してくれない。
互いが互いにとんでもない感情を抱いている。
互いが互いをどうにか消してやりたいと思っている。
相方潰し合うはずが……いや、潰し合ったのか? でもそれにしては、あまりに綺麗なものが残りすぎている……。
さて、タイトルにもある「梨子」。
これ、「無し」に通じてちょっと縁起が悪い。なので「有りの実」なんて書くこともありますよね。このネガポジひっくり返るイメージを持って読むと、より一層楽しめると思います。
片方がネガで片方がポジ。
そういや良太郎は……派で邦正は……派だな。あっ、そういえばここでもここでも対比がある……なんて楽しみ方もできます。
まぁ一番いい楽しみ方は水割りでもロックでもなくストレートと言いますか、余計なこと考えずにこの高純度高濃度アルコールみたいな作品を読んで心臓ぶん殴られることです。
読後すぐ書いてるからちょっと整理が……(笑)。
とにかく!
男の一生
愛憎
女の影響力
自由
力
暴力
知性
知略
戦争
昭和から平成へ
なんかこの辺の言葉にビビっと来た人は読みましょう。
で、僕と同じく魂ぶん殴られてクラクラした頭で感想とレビュー書いてください。
いい読書でした、本当に。
「いつかお前の人生をめちゃくちゃにしてやる」という強い意思だけが、その人の生を繋ぐ。
そんな巨大な感情を互いに抱き合う2人からしか得られない栄養素があります。
戦前、戦時中、そして戦後と、激しく移り変わる昭和の時代。
社会背景や家父長制の男女観、当時の空気感までもが伝わる精緻な筆致で描き出されるのは、男2人の深い因縁の物語です。
いろんなしがらみに囚われ縛られ続けた彼らの、血よりも濃くて死よりも苦しい魂の軛に、みんなで悶え転げよう!
冒頭から綴られる「おとなの男はつよい——」という一連のフレーズ。
そしてタイトルにもある「梨の実を割る」描写のイメージ。
作中で繰り返されるこれらの表現を、ぜひ意識に留めながら読んでいただきたい。
2人を繋ぐ呪いの正体は何なのか。
憎しみなのか愛なのか。生を蝕む劇薬でありながら、生きる意味にすらなり得る想いを、何と名状すればいいのか。
ラストシーンまで読み終えた後、しばらく放心してしまいました。
男同士のクソデカ感情に情緒を乱されたい方は、必ず読むべき物語です。
梨畑の美しい描写から始まるこの作品。
読者は昭和史をなぞりながら、男二人の行く末を見守ることになるのだが、心かき乱されるシーンがいくつもあり、考えさせられるテーマを多数内包している。
男とは。女とは。昭和という時代は何だったのか。人間の在り方。変わるもの、変わらないもの。
暴力や性といった、見つめ辛い事柄を真摯に描いている作品でもあり、登場人物たちが皆、血の通った生々しい存在として関わってくるので、そこも見どころである。
男二人の関係は、BLやブロマンスといった表現がそぐわない独特なもので、「良太郎と邦正」としか言えない唯一無二のものである。
そんな二人の結末をどう捉えるのか。
私は「彼ららしい」と思った。あの昭和を駆け抜けた二人には、これしかないというエンディングだったと感じる。
この作品を読んだが最後、「梨」に特別な感情を乗せずにはいられなくなる――それほどまでに大好きな物語だ。
時代の変遷というのは、価値観を変える。日本は昭和から平成、戦争や経済成長の中で激動とも呼べる時代を送った。
その中にあって自分を縛り付ける価値観から逃れきれなかった男と、その男にずっと捕らわれ見続けた男の物語、なのかもしれない。
始まりの感情を、何と呼ぼう。それは憎悪と呼ぶことが正しかったのかもしれない。けれど終わりの感情は、果たしてそう呼ぶことが正しいのだろうか。
時代は流れていく。
けれど誰もがそれに従い、変わっていけるわけではない。ただ変われないまま、流されていくしかないこともあるのかもしれない。
ずっとずっと心の中に影のように落ちるものを、何と呼ぼうか。
それは決して同じ質量で、同じ向きでないもので、それでも絡まりあっている。
答えは彼らの中にしかなく、正解はきっとないのでしょう。ただ一つ言えるのは、大きすぎる感情は人生を丸ごと飲み込むのかもしれない、ということだろうか。
ぜひご一読ください。