第四話 アマドは妻のために奮闘する
アマドは『竜提督』と呼ばれている
『竜』とは、何を指すか。
多くの伝承は、辺りを火の海にし、教会から宝物を奪い、姫君をさらっている。『海賊』を抽象化したものなのだろう、というのが、歴史学者の見方だ。
ディアス家も、元々は海賊だった。その武力を国に買われ、功績を上げ公爵の位についた。戦争のない今じゃ、治安維持の方に力を入れているから、海賊とは全く逆の存在になったわけだが。
それでも人々は、ディアス家の当主を『竜提督』と呼ぶ。
そして多くの場合、恐れているのは『夜の大陸』の地域だ。
かつて、この地域が火の国として統合されなかった時代、海賊であるディアス家は『夜の大陸』から人を攫い、奴隷にしていた。
今はもちろん禁止されているが、俺から数えて二代前の話なので、今もその傷跡は生々しい。伝統を背負うというのは、かつて許されていたことが罪であった歴史を背負うことだった。
とはいえ、夜の大陸の最北端で、トリドの対岸側にある『
『
「……で、シャルル・ヴンサンについて、何かわかったか?」
俺が尋ねると、ゼリージュと呼ばれる青いモザイクの壁を背景にして、はあ、とアムスがため息をついた。
「勘弁してくれないかな、アマド。私は吸血鬼だから、日差しの強い時間には動きたくないのだよ」
「この日が滅茶苦茶強い場所で暮らしてる時点で、説得力ねぇんだよ。クソ色ボケジジイ」
アムスは今年で七十七だが、吸血鬼という特殊な性質を持っていて、見た目は三十代前半の男に見える。
昔の貴族が身につけていたような、白いドレーブの貫頭衣。褐色の肌に、前をあげた銀の髪がひと房だけ、眉間の上に落ちていた。涼しげな青い目は、「ゼリージュより青い」と称えられたらしい。
見たものを惹き付けるような色気に、老若男女問わず引き寄せられる。その分、色恋沙汰の流血沙汰も耐えない。クソ親父ともども、引退してもしょっちゅう問題を起こす。結婚式を挙げて二週間後に問題を起こすとなれば、その頻度がわかるだろう。
「御託はいいから、早く報告――」
「お待たせしましたー! コース料理でーす!」
俺の言葉を、ハキハキした女の声が遮る。大皿を肩にかついでやって来た女の店員は、デコルテに繊細で華美な刺繍が施された、青い民族衣装を着ていた。
……ああいう服も、彼女は似合うかもしれない。ふと、ハシバミ色の髪と、氷色の目をした彼女を思い出した。そう言えば、服を作る約束をしていた。けれどさすがに、あそこまでの刺繍は出来ないから、誰かに頼むしかないだろう。
それと同時に、あの日の夜のことを思い出すと、胸が締め付けられた。
「おお、お嬢さん、ありがとう。素敵な衣装だね」
「ありがとうございまーす! このお店の制服に惚れ込んで、店員になったんですー! 素敵ですよね、この服!」
「いやいや、お嬢さんの美しさにはかなわないさ」
机には、大皿いっぱいのクスクス、オリーブオイルで合えたサラダ、レモンの匂いがするチキンが三角形の土鍋に入っていた。
「おお、どれも美味しそうだね。そら、よそいでやろう」
そう言って小皿に俺の分をつごうとしたので、俺は慌てて止める。
「やめろよ、子どもじゃねぇんだから、自分でできるって」
「おや、そうかい? ……そうだったな、もう結婚していたな、お前は」
目を細めて、アムスは言った。
――アムスは、時間の軸がズレている。こういう見た目をしているが、中身は老人なのだ。
ルオンノタルが言っていた。
『アムスはさ、「小山羊」の実験で、吸血鬼にされたんだ。火の異能力者を不老不死にさせることで、永久的に火の異能力者に負債を押し付けようとしたんだけど、せいぜい出来たのは不老不死もどきの吸血鬼だった。
あの子は体は不老でも、精神は老いている。過去がどれぐらい昔のことだったのか、今とどれぐらい離れているのか、それをちゃんと認識できないんだ』
私たちとは、違うんだ。
最後の言葉は、俺に言ったんじゃなくて、自分を納得させるように付け足されていた。
クスクスの上にはニンジンやカボチャなどがあって、大皿の縁に沿うようにひよこ豆が並んでいる。
トリドとは違い、ここじゃ皆で大皿から直接とって手で食べるが、アムスは手を伸ばしづらそうだったので、俺たちは取り皿にわけてフォークとスプーンで食べることにした。
「シャルル・ヴンサンは、イルマタルさんの友人なんだ」
俺が言うと、アムスは目を開いた。
「…………あのことを、イルマタルさんは?」
「知らなかった。というより、彼女は友人たちが死亡したと勘違いしていた。……でも、今は違う」
あの夜俺は、彼女が酔って寝ていると思っていたから、彼女の隣で執事長のヴィルヘルムと連絡をとっていた。けれど、起き上がった彼女の『わかっているから』という言葉で、理解した。
あの時彼女は起きていて、聞いてしまっていたのだ。
トリドの爆発テロ。
火の異能力と風の異能力を込める基盤の形は、確かに『小山羊』が使っていたものと似ていたが、一部改良されていた。
その中にあったのは、精神異能力の痕跡。精神干渉の異能力は、心身のショックが強いほどかかりやすいとされている。爆発で異能力を拡散させ、生き残った人間を洗脳し、破壊行動へ導かせるものだろう。
現在、異能力者は政府に管理されている。しかも精神異能力者はほとんどいない。だから簡単に割り出せた。
組織は『カラス』と呼ばれている。自分たちでは名乗らないそうだ。
だが、そのトップが
トップの名は、シャルル・ヴンサン。
恐らく、ルオンノタルが言っていた、「イルマタルにちょっかいをかける変な組織」は、シャルル・ヴンサンが率いる組織のことだ。
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