イルマタルは、恋の狩人になる

 アマドくんはむくりと身体を起こす。腹筋だけで起き上がるとかすごいな。

 寝ぼけた目で、しばらく私を見る。

「…………!?」

 そして、カッと目を見開いた。

 あ、まずい。私は慌てて、彼の口を手で塞いだ。

 驚いたアマドくんの目と、そのまま真っ直ぐ視線がぶつかる。



 最初会った時、炎のように赤い目だと思った。夜の闇をひっそり照らす、焚き火の炎を連想した。だから、メアリーさんや、トニさんが、口を揃えて「太陽のような人」と言っていて、あまり納得できなかった。

 誰かと比べて寂しいとか、「この人と自分は違う」ということもできないような、圧倒的な孤独を知っている人。強力な異能力者に課せられる孤立を知っている人。

 でも、今こうしてみると、そうじゃない。

 彼の目は、暗い闇を強烈に照らす、日の出の空の色だ。



 って、そんなことを考えている場合じゃない!

 なんで!? なんで私、アマドくんの口塞いだの!?

 自分の行動が信じられない。少しぬるりとした、生暖かい感覚が、手のひらをくすぐる。

 パニックになった私は、自分でもよく分からないまま口にした。


「い、いい朝だねー!」


 誰か私を殺せ。

 何がいい朝だ、アホか。まだ日も昇ってないわ。

 アマドくんはきょとんとした顔をしている。ですよね。

 ええい、どうにでもなあれ!


「ああああれだよね! 私酔いつぶれて、運んでくれたんだよね! ね⁉」


 かろうじて残っている昨日の記憶を繋いで言う。アマドくんはコクコクと頷いた。

 とはいっても、アマドくんと一緒に寝ている現状には繋がらないんだけども! 酔いつぶれたなら、私の部屋に運んで、アマドくんは別の部屋に戻ればいいわけだし! あああ、昨日の私のバカ!

 と、昨日の自分にツッコミをいれると、逆にだんだん冷静になってきた。過ぎたことは仕方ない、とすぐになるところが私の良いところ。ゆっくりと、私は彼の口から手を離す。


「…………ええと」

「言わないで!」


 何かを言おうとしたアマドくんを、思わず止めた。

 ――それ以上のことは聞きたくない。

 

 

「わ、わかってるから……なんで、こうなってるのか……」


 しどろもどろに、出てくる言葉を拾いながら、自分は何を言おうとしているのかしきりに考える。

 そうしているうちに、どうして彼の口をふさいでしまったのかわかった。

 きっと彼は、一生懸命否定する。「やましいことはしていない」「酔いつぶれたところを介抱しただけ」って。早口で事実を述べて、その上で謝罪をするだろう。

 それを、ここで聞きたくなかった。

 謝ってほしくなかった。

 私、この人に、恋愛対象として見られていない事実を、突き付けられたくないんだ。

 こうやって一緒のベッドにいても、何もなかったって、知るのが怖いんだ。


「……わかっている、のか」


 アマドくんのかすれた声が、夜の部屋に響いた。

 思わず私は、目をぎゅっとつぶる。

 そうか、とアマドくんは言った。それっきり、何も言わなかった。


 


 ■

 

「イルマタルさん……あんた、速いって……」


 後ろで、トニさんと、消防隊の隊員たちがぜいぜい、と息を切らしている。

 私はきょとんとした。


「俺らすらハードなアスレチックで、ペースをガンガン上げて息切れしてないとか……」

「俺、イルマタルさんが救世主とか言われる理由、異能力から来てるって思ってたけど……フィジカルめっちゃ強いな!?」

「え、そう?」


 私の同僚とか上司とか、私の二倍も三倍も十倍も体力あったし、身体能力も高かったり、肉体強化や治癒能力の異能力者がいたから、私の体力や身体能力は最低限だと思っていた。どうやら違うらしい。

 閉じこもってばかりで、体力落ちたと思ったんだけど、身体はちゃんと覚えていたんだな。えらいぞ私。


「前の職場は、ここよりハードな演習場だったからねー」

「こ、ここより……」

「君たちは基本、街の中の火災を食い止める演習をしてるでしょ? だから人工物のアスレチックで、街の中を再現している。山と言っても、基本人の手が届く範囲だし。

 でも私たちは、まったく人の入らない山や森林も含まれるから、自然物のフィールドじゃないとダメだったんだよね。知らないところで動き回るのも普通だったから」


 そういう点では、アマドくんたちのような海軍と似ているのかもしれない。 

 あのデートの日の朝から、アマドくんは夜の大陸に向かった。軍事演習らしく、具体的な場所は聞かされていない。恐らく、非公開なんだろう。

 私はというと、仕事がなくて暇だったため、無理を言って消防隊の訓練に混ざっていた。


「イルマタルさん、ここで訓練する必要ないのでは……」

「いやー、私たちは緊急事態に動くだけで、瓦礫とか倒木の撤去とか、地表火の調査とかは素人で」

「……いやまあ、それはほとんどボランティアなんすけどね」


 トニさんが頭をかく。


「結局、火をくいとめるのはほとんど無理なんで、いち早く復興する方法を探すしかないんです」

「……そうだね」


 ある程度理不尽を受け入れなければ、この残酷な世界では生きていけない。そこにたまたま、異能力を持つ人間が、「理不尽から助けて欲しい」という願いを叶えられる。でも、ほんの少ししかいないから、私たちが助けられる命は、ほんの少ししかなくて。

 だけどトニさんたちは、異能力がなくても、何かを持たなくても、炎に立ち向かって、出来ることをするのだ。なんて、力強い人たちなんだろう。

 休憩に入ったので、異能力で冷気だけを漂わせると、皆が一気に気の抜けた顔になった。


「そういや、イルマタルさん、あいつから服もらいました?」

「服? いや、まだだけど……」


 っていうか、そんな暇ない。デート終わったら、すぐ遠出だったし。

 そういうと、「まあそうっすよね」とトニさん。


「んじゃあ、後で通信機で念押ししてくれませんかね」

「…………んんん?」


 服作れって、念押するの? 仕事中に?


「それは……なんか、ダメじゃん? 邪魔してるって言うか、ウザイというか」

「や、まあ、駆け引きっすよ」


 駆け引き……。

 それが出来たら、私は多分、告白と同時に玉砕しなかったと思うんだけど……。そんな高度な技できるかな……。


 戸惑う私に、あのっすね、とトニさんは言った。

 

「あいつは、自分が愛されるわけがないって思ってる。だから、自分のために誰かが待っててくれる、って感覚がない。イルマタルさんが三週間も放置された理由は、本当はそこだと思うんです」

「……トニさんも、そう思う?」


 私も、何となく察していた。

 アマドくんの謝罪はいつだって丁寧だったけど、重みがない。悪いことをしたら嫌われても仕方ない、という諦念がある。 

 だからあの日、私が告白しても、彼は受け入れないと直感した。


「なので、イルマタルさんが、あの時の約束を気にかけてるって思ったら、案外いけると思うんすよ」

「……そう、かな」


 私は、自分の直感を信じている。だから、「何故そうなったのか」を、直感を答えにして考える。

 デートのことを思い出しているうちに、大体の答えは出た。


 多分彼は、「愛されるわけがない」と思う以前に、、と思っている。

 

 本人は無自覚なんだろう。アマドくんとしては、好きな物がハッキリしているつもりだ。好きな本もあるし、服を作ることも多分好きだし、私のことも人間的には好き。

 でも、どれも執着がない。

 本の話だって、私がほとんどしていた。服の話も、全然してなかった。私には、触れることすら恐れていた。

 執着する自分を、よしとしない。なんだか、いつでも自分の存在が消えてもいいように、関係を限っているみたい。



 ここまでたどり着けば、なぜ彼が私と早急な結婚したのかわかる。


 母さんだ。

 それで大体、謎が解ける。


 二人がどこで知り合ったのかわからないけど。最近、変な組織に絡まれていたので、その保護として私に仕事を辞めさせ、ディアス家に預けたのだろう。貴族のところに結婚させる、ということは、多分敵は氷の国か火の国か、あるいは両方の上層部あたりか。自分でやるんじゃなくて、うちの上司に縁談を持ちかけるように頼んだのは、多分私が頷かないのを見通したからだな。

 やだなー、あっはっは。確かに私、母さんの言うこととかほとんど聞いたことないけどー。命の危険とかあっても、聞く気ないけどー。


 ……なら彼は、その組織を壊滅させた後、離婚するつもりでいるのかも。

 私に必要以上触れないのも、私が離婚したあとの貞操とかその辺りの配慮なのかな。氷の国は違うけど、火の国は宗教的な理由で、今も性交のない白い結婚以外は、離婚に対するマイナスイメージが強いらしいし。


 まあ要するに、私は、恋愛対象外なのだ。

 それどころか、この仮説が正しかったら、『身内』判定も大気圏外。

 おまけに私は、永遠に見た目が乙女(笑)なので、その分のマイナスもある。辛い。


 けど、私はアマドくんと両想いになりたい!

 少なくとも、離婚は嫌だ!!



「大丈夫っすよ、イルマタルさん。どう見たってアマドのやつ、アンタに骨抜きだし……」

「トニさん!」


 ガシィ! と肩を掴むと、なぜか笑顔だったトニさんの顔が青ざめる。


「トニさん、本当に、ほんとーに、その作戦で行けますか?」

「う、うん…………あの、イルマタルさん……なんか、掴まれた肩メシメシいってるんすけど、あの…………怖…………」


 よし!

 まずは通信機で連絡だ!!

 イルマタル・タハティ、恋の狩人になります!

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