イルマタルはポロッと言った

 その頃には、母と並ぶと、まるで双子のようだと言われる姿になっていた。ずっとおかしいと思っていたけれど、ほかの親子と比べて似すぎていることに、とうとう我慢ができなくなって調べた。

 そして、やっぱり、と思ったのだ。


『母さん。私、母さんとDNAが99パーセント同じだって、出たんだけど』

 

 そのことを母に尋ねたら、母は、私とは違う緑の目を少しうるませて、話してくれた。

 私たちの一族は、父親の遺伝子が受け継がれない。人生でたった一度だけ出産するから、兄弟も親戚もいない。私たちと遺伝子を共有する存在は、私たちしかいないのだと、母は言った。


 そして、私たちはもうこれ以上老いることはなく、どんな経験を重ねても、大人と子どもの狭間の激しく揺れ動く精神状態のまま、人より長い人生を生きていかなくてはならないのだと、言った。


 母は、どんな想いで父と結婚したんだろう。

 例えるなら、犬や猫と結婚したようなものだ。寄り添うことはできても、決して交わらない生物。愛するものより先に生まれて、愛するものより後に死ぬ。時間の差は埋まることはなく、なのに先に早く、彼らの精神の方が成熟する。

 いつまで、いつになったら私は、友情や恋愛といった、対等な関係を築けるのだろう。







 十六歳の時。三人で旅行に行ったシベスク地方で、山火事があった。

 オレンジ色の大気をただよう、大量のチリ。炎と煙で占められた世界。痛いぐらい熱い熱。せまってくる火の恐怖と、汚染された空気で息もできない。

 本当は、今すぐ逃げ出したいぐらい怖かった。

 人間が自然にかなうわけがない。そんなの、この世界を生きる人間なら、誰だって知ってるでしょう? 抗ったって仕方ない。

 だけど、諦めの悪いロヴンが飛び出したから、私は前に立つしかなかった。

 私の異能力は、こういう時のためにあるもの。ロヴンなら、そう言うだろうとわかっていた。ロヴンに恥じない私でありたかった。

 そうして私は、災害・異能力特務課の『盾の乙女』になった。





 本当は私、世界とか恋とか、どうでもよかった。ただ、二人と同じでいたかった。シャルルと、ロヴンと、このままずっと、変わらずにいたかった。

 だけど、二人はどんどん大人になっていく。身体だけじゃない。過酷な経験を重ねてタフで鈍くなっていく感受性、めまぐるしい時間の使い方、人との関わり方に、言葉にできない違和感を感じていた。

 大人になれる二人。恋人ができる二人。私とは、別の生き物になっていく二人。

 ……本当は、最初から別の生き物なんだって、わかっていた。だけど、認めたくなかった。

 焦燥感にかられては、自暴自棄に近い形で人命救助をしまくって、無謀なやり方が余計に讃えられては逃げ場をなくした。恋に恋して告白して、そして幼い容姿を理由にフラれては、やさぐれた。

 どんなに真似しても、彼らのようにはなれないことが、悲しかった。







【やめちゃえば? ロヴンもそう言ってるし】

 通信越しに、夜の大陸にいるシャルルが、興味無さそうにそう言った。

 医者のロヴンは忙しすぎて、連絡なんてとれないけれど、シャルルは時間を見つけては、こうやってこまめに掛けてくる。

 捻くれ者のくせに、シャルルは真面目なのだ。こうして、遠く離れた友人を心配するぐらいには。


『無理に決まってるでしょ。私ぐらいしか動けないんだから』


 明るく返したけれど、シャルルにはお見通しだろう。

 私は、限界だった。山火事に向かって走るのも、ニュースで無責任に期待を煽られては、政治の広告塔にされるのも、嫌だった。全部投げ捨てて、誰も私のことを知らない場所へ行きたかった。

『盾の乙女』。実に、大衆向けの娯楽になりそうな異名だ。私のことを勝手に語る人たちに、讃えられては踏みにじられていく。

「我々の英雄」だと言った矢先に、「お前たちがもっと早く動けば、被害はもっと少なかった」と言われる。異能力者として子どもを増やして欲しい、と国から無言の圧力をかけられる反面、私の姿は幼いから恋愛や性愛対象にはできないと、パーティーじゃ勝手に聖処女のような立ち位置にされる。

 自分の外見も性別も異能力も、消費されていくみたいで、吐き気がした。

 だけど、誰かがやらなくてはいけないことなんだ。


『私らだって、仕事でやってるし。復興支援にはお金が集まらないといけないし。嫌な広報も、やるっきゃないでしょ』

 それに私、美人だし? と冗談っぽく言うと、【お前のちんちくりんな格好で釣れるやつは、ロリコンだろ】と返ってくる。

 いつもの軽口とはいえ、イラついたので、私もやつを煽ることにした。

『それよりシャルル、職場の人間関係を破壊するようなことはしてない?』

【してねーよ。しつこいな。もう何度目だよ、それ。誰かと寝るどころか、普通の睡眠とる暇すらないんだよ、こっちは】

『そう言って、嘘ついていたことが何度もあるからだよ』

【……】

 まったく、と私はため息をつく。

 私だって、嘘をついたことは何度もある。けれど、シャルルの嘘をつく頻度は、社会不適合者レベルだ。「その嘘、なんの得になるの?」ってぐらい、どうでもいいことから「それを隠すなよ」と言いたくなるようなことまで、嘘をつく。持ち前の顔の良さと猫かぶりで周りを騙してるから、嘘つきだと見抜けるのは私とロヴンぐらいなわけだけど。

『まったく。嘘つきなんだから、シャルルは』

【はいはい。僕の言うことはなんでも嘘なんだから、気にとめなくていいんだよー】

『そうだね。だから、大丈夫だよ』


 私は、大丈夫。

 きっとシャルルは、私の心が壊れないか心配して電話をかけてくれたんだろう。

 そういう大事なことは、シャルルは言わない。

 

『もう。そんなに心配するなんて、シャルルったら私のこと愛してるんだからぁ』

【あー、そうそう。僕、君のこと愛してるんだよねー】

『うわー、棒読みー』

【だからさ。……そんなに、背伸びしなくていいよ】


 僕らは、置いていったりしない。ずっと君と友だちでいるつもりだから。 

 それが、シャルルとの最後の会話だった。





 ■


 自分の頬につたう涙で、目が覚めた。

 シーツの上を、青白い月の光が照らしている。開けられた窓から波の音も聞こえて、まるで海の中みたい。さっきの夢も合わせて、さみしい空間だと思った。

 ……ダメだ、さっきからセンチメンタルなことばかり考えてしまう。思考を切り替えなきゃ。

 こういう時は、目の前にあるものを観察して、それを事細やかに、思い出などに飛躍せず、その事実だけを考えるんだ。まずは、目の前にシーツがある。つまり、ベッドの上に、私はいて……。


 いや。待て?

 ここ、どこのベッド? 私のベッドじゃなくない?



 体は起こさず、コロンと右に寝転がると、……アマドくんの寝顔がそこにあった。

「……~~!?」

 声には出さず、というか声にならない悲鳴をあげる。

 私が姿勢を変えたせいか、ん、とアマドくんが眉をひそめる。慌てて動きを止めて様子を見ると、すぐに穏やかな顔に戻った。ホッとしたと同時に、心臓がバクバク言い始める。

 もしかして、酒の勢いでやっちゃった!?

 という考えがうかんだけど、そりゃないな。普通に服着てるし、アマドくんが酔っ払いに手を出すような人とは思えない。同意ない性行為、夫婦間でもダメ絶対。

 一旦上半身を起こして、はー、とため息をついてみる。けれど、心臓の音はちっともおさまらなかった

 顔を見る。こうして見ると、まだあどけなさもあるんだな、と思った。表情を引きしめるだけで、とても大人の男性に見える。きっと、今日だって皆口にはしなかったけど、アマドくんの方が年上に見えただろうな。

 お酒の錯覚かな、なんて思ったりもしたけど、やっぱりそうじゃなかった。かっこいい。



「好き、だなあ」



 そう言った時、アマドくんの瞼が開いた。

 赤い目と見つめあった瞬間、私の体は金縛りにあったみたいになった。

「……」

 おはよう、と言えばよかったんだけど、まだ暗いし、何より私は口すら開くことも出来なかった。

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