幕間 とあるスパイの盗聴報告
「……以前、竜提督に薬物や洗脳のたぐいは効果は無いと、申し上げたはずですが」
『だから奴には、僕の体液を混ぜたワインを入れたんだけどなあ。異能力も効かなかったかあ』
「うっっわ。きっっっも」
『ひっどいなあ! 僕の異能力は、体液を通した方が効果的なんだよ。
……でも、さすが「神の子山羊」の生贄だ。彼、精神干渉系には、耐性があるんだな。そりゃ、あれだけ自責の声に責め立てられたら、耐性もできるか』
「……」
『なんだ。黙り込んで』
「あなたがなぜ、そこまで『盾の乙女』に執着するのかがわからなかったのですが。先ほどの会話を盗聴して、理解しました。
あの方は、あなたの――」
『うるさいな。あんなやつ、どうでもいいよ』
「今日に限って、嘘が下手ですね。どうでもいい嘘は、得意なのに」
『……』
「それで、『盾の乙女』に、あなたの異能力ではなく、睡眠薬と自白剤を飲ませた理由は、一体なんです?」
『別に。ちゃんと確かめたいだけだよ』
「?」
『お前はさ、「竜提督」が世界の生殺与奪を握っていると思ってるだろ?』
「そうでしょう? あなた、言っていたじゃないですか。『子山羊』は、『竜提督』にこの世の熱を押し付けた。彼が死ぬ事で、世界は急速に冷却化される。だから我々は彼を暴走させるために、トリドの破壊を企んだわけで、」
『そうだ。……だけどな。本来はもう、死んでいたはずなんだよ。「竜提督」は』
「え?」
『「盾の乙女」が助けなきゃ、「竜提督」は十歳の時に死んでいた。お前の母親が持っていた、爆弾によってな』
「……!」
『そもそも特殊なのは、タハティ一族だ。彼女らには二つ特徴がある。一つは、「星の記憶」を操ること』
「星の記憶?」
『異能力としてはバラバラみたいなんだけどな。あいつの母親、ルオンノタルは「空間を収縮・拡張」する異能力。これを使うことで、無制限にモノを異空間にしまいこめるし、移動距離を縮めることが出来る。彼女の異能力と、彼女たちが暮らす船によって、この世の流通が支えられていると言ってもいい。
そしてあいつの異能力は、「時間軸の運営」だ』
「……どういうことです?」
『時間軸は一つじゃない。無数のifがある。例えば、今のお前がディアス家のメイドとして潜入しない時間軸もあるわけだ。
あいつはほんの少し自分のいる時間軸から、ずれた過去を改変する。そして、都合の良く改変されたそこを「正史」として認識するんだ。
だからあいつが、いくら現在の熱を氷河期に捨てても、バタフライ効果で現在が滅ぶことはない。それは別の時間軸の話だからな。だが、例えば死んで欲しくない人の命を救うために過去を改変したのなら、それは現在に影響される』
「……ええと」
『うん。難しいよな、これ』
「つまり、彼女の意思次第で歴史が書き換えられる、ってことですよね」
『プラス、彼女は別の時間軸から物体やエネルギーを持ってくることができる。無制限にな。
そして、タハティ一族のもう一つの特徴は、「不老であること」』
「……え」
『ラグナロク、ってわかるか?』
「いいえ。なんです。それ」
『世界は何度も滅びては再生している、って唱える学者がいるんだよ。まあ、その学者が唱えているのはほとんど空想みたいな話なんだけど、一度滅んだことは、どうやら本当らしい。
タハティ一族は、燃え盛る
「……氷の異能力者が、火の異能力者に熱を押し付けるシステムですか」
『そっ。まあ、他にも色々あるらしいけど、その中の一つがタハティ一族だ。タハティ一族は、世界を守るために「不老」にされた。寿命も長くて、あいつの親はすでに三百歳は生きているらしい。
本来の「盾の乙女」は、あいつのことを指すんじゃなくて、ラグナロクを乗り越えて永遠の乙女にされた、タハティ一族の別名なんだ。それを国が、プロパガンダに利用した』
「だから、『盾の乙女』はあんなに幼いのですか」
『頻繁に世代交代するより、長い時間を生きさせた方が永続すると判断したんだろう。だが、あまり不老の遺伝子が広まると世界のバランスが崩れるという判断なのか、母一人につき娘一人しか生まれない。
そしてもう一つ。あいつらは、伴侶との子どもが産めない』
「は? 母一人につき、娘一人は生まれるのでしょう?」
『遺伝子的には、ほとんど同じなんだよ。母親と娘は。あいつが母親と目の色が違うように、まれに差が生まれることもあるらしいが、ほとんどが母親と寸分変わらない姿で生まれる。父親の遺伝子は一切受け継がれない。
トライアンドエラーを繰り返して多様性を増やすことより、不老の遺伝子を薄めないよう選んだタハティ一族は、完成された……いや、停滞した遺伝子の一族なんだ』
「……」
『話を戻すぞ。そうまでして不老を遺すタハティ一族の役割は、世界が滅んでしまった時、あるいはこれ以上発展が望めず
世界を救う「盾の乙女」は、「竜提督」を助けた。それにより、過去が改変されて、世界は食い止められたはずの熱帯化が進みつつある』
「……彼女、言っていました。『何もかも壊れてしまえばいいのに』と。つまり――」
『この世界は、「盾の乙女」の意思によって滅ぼされるってことだ』
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