イルマタルはアマドがわからない

「シャルルは、私の学友というか、悪友かな。

 私とシャルルと、私の幼なじみ――ロヴンは、十三歳から十六歳までの三年間、同じクラスに通っていた」


 私はロヴン――甘栗色の髪を、二つ結びをした彼女を思い出した。

「ロヴンはね、医者だったの。一応クラスには在籍はしてたけど頭のいい子で、十五歳ですでにメディカルスクールの試験を突破していた。おまけに治癒の異能力者でもあったから、あちこち引っ張りだこで。頭が良くて、すごく強かった」

 私なんかより、ずっと。

 今も彼女の笑顔を思い出せる。大人顔負けの頭脳と体力を持って、いつまでも子どもみたいな純粋さを持っていた。向日葵みたいな女の子。

「……シャルルは?」

 アマドくんにたずねられて、私の中のロヴンがピキリと音を立てて割れた。

 代わりに、サラサラの銀の髪に青い目の、胡散臭そうな笑みをする男が現れた。


「シャルルはねー……クズ」


「は?」

「とにかく周りからお金借りて人を借金の連帯保証人まがいにしたり、その場しのぎで嘘つきまくったり、すごく見た目がいいから男女ともに落としてフるっていう――クソみたいなことをしていた、まごうなきクズ」

 数々の恨みと怒りで、うっかりワイングラスを割るところだった。危ない危ない。

「……え――――と、その男女ともに落としてフるゲームっていうのは」

「言葉通りの意味。誰とでも寝て沼らせて、冷酷にフる。悪魔みたいなやつ」

「寝……」


 絶句するアマドくん。そうだよなあ。

 さすがに子どもの頃は大人しかったんだけど、年齢が上がるにつれて、どんどんタチ悪くなっていったんだよね。どれだけロヴンと私が巻き込まれたことか。

 なんで私らコイツの友達してるんだろーねと、ロヴンと一緒に頭を抱えたことがある。


「シャルルとは反対に、ロヴンは底なしの善人で、十六の時に医者として夜の大陸の中でも危険な地帯に行ったの」


 もしかしたら、とびっきり善人のロヴン、とびっきり悪人のシャルル、そしてどちらでもない私たちは、三人一緒にいることでバランスがとれていたのかもしれない。

 ちっとも意見は合わなかったのに、その違いに傷つくことはなかった。


「シャルルはその案内人と通訳として、悪態つきながらついて行って。私だけ氷の国と実家の船を行ったり来たりして、『盾の乙女』なんか呼ばれながら人助けして――」


 治安が悪い、環境も猛暑で、不衛生。知り合いもいない。なんなら敵国として憎まれているところで、身一つで救いに行った彼女。私は自然災害相手で死ぬほど逃げたかったのに、ロヴンはその上人の悪意とか嘲笑とか、政治的思惑とかも背負って飛び込んだ。

『武器なんて持ってたら、患者に信用されない』と、氷の国の武装組織を片っ端から拒否した。その度に『綺麗事を』『氷の国は彼女に何があっても助けるな、税金の無駄だ』と人々に叩かれても、夜の大陸の自衛団と一緒に治療して、まずは環境だと治水工事をしたり農耕にも手を出して。その功績が火の国で讃えられた年。

 


「殺されたの。現地のテロリストに。二人とも」



 三年前のことだった。

 アマドくんが息をのむ。何を言えばいいのか、言葉を探しているようだ。

 私は笑うしかなかった。


「しんみりさせちゃった。でも、聞いて欲しい。

 あの二人は確かに生きていたのに、まるで存在してなかったのようになっていくから」


 彼女の功績も、二人が殺された時も、あれだけニュースになったのに、氷の国の人間は忘れていった。今じゃ名前も忘れ去られているだろう。


「アマドくん、朝言ってたよね。私は見返りを求めない人だなって。

 違うよ。私は、大人には必ず見返りを求める。君にも求めてる。ロヴンみたいな生き方は出来ないし、したいとも思わない。いいように使われて捨てられて忘れ去られるなんて、絶対いや」


 しかもあろうことか、世の中は悪い事をした人間じゃなくて、ロヴンみたいな人間を責めるんだ。

「武器を持っていないから殺されたのだ」「そんな危険地帯にいるから殺されたのだ」「テロリストの仲間を助けたから殺されたんだ」「すべては彼女の自業自得だ」と。

 ふざけるな。どうして、誰よりも勇敢に戦い、人のために尽くしてきて殺された、善良でしかない彼女が。臆病で、自分のことしか考えていない人間に中傷されなきゃいけないの。

 

 この世界で最も安全な場所にいるのは、少しでも安全を脅かされることを恐れる人間たちばかりだ。

 そこを躊躇わず手放して助けに行くことの出来る人を、醜い自分たちと同じレベルにまで引きずり下ろして安心しようとする。


 彼女は、安全で幸せな場所を増やそうとしたのに。

 誰にでも、脅かされない、癒される場所を与えたいと思っていたのに。 


「それでそんな醜い人間ばかりになるんだったら、もう、、って。あの頃は、本気でそんなことを、考えていた」


 そこまで吐き出して、我に返った私は、アマドくんの顔が見れなくなった。

 ……感情はやっかいだ。さっきまであれだけ楽しかったのに。緊張したり、恥ずかしかったりしても、そこには幸せな気持ちがあったのに。

 どうして、楽しいと思えば思うほど、暗く、悲しい思い出に引き戻されてしまうんだろう。

 

 自己嫌悪とともに、すうっと、眠気が襲ってくる。

 やだな。この程度のワインで眠っちゃうとか。デートしてくれたアマドくんに悪い。

 でも、激情をさらけ出すよりいいかも。

 わかってもらいたいと思って暗い話題を押し付けておいて、アマドくんにむき出しの感情をぶつけて、嫌われたくないなんて、身勝手にもほどがある。

 もうすでに、嫌われているかもしれない。いつもは思わないことが、頭をよぎった。

 船を漕ぎ始めた私に気づいたんだろう。まぶたが落ちて、アマドくんの首元までしか見えない私に、アマドくんは優しい声で言った。

「……寝ていいよ」

 それがあんまりにも優しくて、私は安心した。










 瞼を閉じても、上下に揺れる振動と、太陽を吸い込んだような肌の熱で、アマドくんが私を抱えて運んでくれていたのがわかった。

 今、あそこの石段を登ってるのかな。ここへ来た記憶を辿りながら、場所を想像する。

 アマドくんは慎重に、赤ちゃんを抱くようにそっと運んでいて、どことなく緊張も伝わった。

 そう言えば、彼に抱きしめられるのは二回目だったかと、あの山火事に助けられた時のことを思い出した。アマドくんは、極端に私に触ることを恐れる。最初は異能力の暴走を恐れてだと思ったけど、それだけじゃない。さっき肩を叩いただけで、ずいぶん大袈裟だったし。

 そりゃ同意なく人の体に触っちゃいけないのは、そうなんだけど。夫婦なのにな。

 ……なんで、アマドくんは私と結婚したんだろう。

 避けられているかと思えば、美人と言ったり。肩を触るのすら遠慮するのに、お酒で眠りこけた私を運んでくれたりする。

 アマドくんの気持ちがわからない。

 明日起きたら、それを聞けるだろうか。そう思いながら、今度こそ意識を手放した。



 


「……ヴィルヘルム。俺たちが飲んでいたワインに、睡眠薬が仕込まれていた。多分自白剤も。……俺は平気だ、慣れてる。……ああ。うちに内通者がいる。使用人の中に、俺たちが店に入ることを知っていたやつがいるはずだ。その中に怪しいやつがいないか、調べて欲しい」

 だから、私は知らない。

 私を運んだアマドくんが、通信機に向かってそう言っていたことも。

「それと、夜の大陸で起きたテロのことも調べて欲しい。……ロヴン・ルンドストロムと、シャルル・ヴンサンについて。確か俺の記憶だと彼女たちは、」





「死亡じゃなくて、消息不明、じゃなかったか?」





 

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