イルマタルはアマドとデートがしたい③

  ■


「イルマタルさん」

「ひゃ!?」


 ぼーっとしてると、肩を叩かれ、思わず飛び跳ねる。

 するとアマドくんは、顔を青くした。

「悪い、勝手に肩さわった……」

「いやこっちこそごめんね!? 何度も声掛けてくれてたんだよね!?」

 ものすごい勢いで両手を振って謝ると、アマドくんが普通の顔になった。よかった。

 ト二さんがいた服屋から出て、随分時間が経っているのに、ぜんぜん頭から離れられない。落ち着け私。見た目が子どもっぽいのならせめて中身は落ち着いた大人になろうと決めただろ。アイ・アム・二十六歳!

 

「まだ飯食ってないから、腹減ってないかなって思ったんだけど」

「あ、お腹? 空いてる空いてる」

 やばい。声が裏返っている。

 挙動不審で、アマドくん変に思ってないかな。なんかすごく恥ずかしい自分が恥ずかしい。

 まさか自分が、「美人」という言葉に、ここまで動揺するなんて思ってなかった。






 私たちはトリドの中でも、最も海の近くにあるレストランに入ることにした。

 ……なんか、お洒落。崖の上に立つ、大きな箱のような建物。オレンジ色の光にライトアップされたそのお店は、お城だと言われても納得できそう。

 中に入ると、噴水が湧き出して、細い水路があちこちめぐらされた中庭パティオと回廊があった。赤い花びらが、サラサラとその水路を流れていく。

 繊細な彫刻がされた、スタッコ装飾の柱。レンガで組み立てられた馬蹄形のアーチをくぐり抜けると、賑やかな一階の部屋に突き当たった。そこから燕尾服を着た店員が現れる。アマドくんが店員と話すと、店員は頷き、そのまま最上階まで案内された。

 私たちが案内された部屋は、バルコニーのついた夜の海がよく見える部屋だった。壁や床は大理石で出来てシンプルなのに、テーブルや椅子の彫刻、絨毯やクッションの模様の細さと言ったら! 


 なんかめちゃくちゃ綺麗でめちゃくちゃ高級じゃないここ!?

 部屋の中でも水流れてるし! チョロチョロ~って!

 

 そういえばアマドくん、公爵だった。いや、うちの館も立派なんだけど、こうやって外で確認すると、私本当に貴族と結婚したんだなって思う。

 っていうか私、この格好でいいのか。こういうお店って、ドレスコードとかあるんじゃないの。アマドくんもそこまでかっちり目の服着てないからいいのかな?


 テーブルにはワインと生ハム、サラダ、パン、スープが置かれていて、どれも美味しそうだった。グラスや白いお皿がキラリと照明の光を弾いて、料理がキラキラと輝いているよう。

 というか、これコース料理の前菜じゃない? ヴィケじゃ滅多に見られないやつ。なぜならヴィケの人たちはご飯に対してあまり興味を持たないから。どちらかと言うとお腹の膨れ具合を重要視するのだ。

 ……とりあえず白状しておくか。


「あ、あのねアマドくん。私、こういう形式の料理はほとんど食べたことないから、テーブルマナーとかよくわからないの。なにか間違ってたらごめん……」

 そう言うと、アマドくんは首を傾げる。

「別にテーブルマナーってほどのものはないんだけど……そんなに緊張するか?」

「だってこんな高級レストラン入ったことないし!」

「うち一応貴族の家なんだけど」

 うちの食堂と似たようなものじゃ、というアマドくんに、思わず、

「だってアマドくん家に帰らないのに、食堂で食べてもスカスカじゃん」

 だから部屋で食べてたよと真顔で返した。

 それを聞いた途端、アマドくんは謝った。それはもう、きっかり頭を下げられた。しまった口が滑った。

「もうそんなに謝らなくていいって! はい、ご飯食べようご飯!」

 ね!? と私は説得する。

 緊張はある意味でほぐれた。若干気まずくはあるけど。








 外で久しぶりにワインを飲んだ。さすがトリドのワイン。大航海時代のおともになったというだけある。ふわふわとして楽しい気持ちだ。

 生ハムもそのままでも充分美味しいのだけど、オリーブオイルをかけるとさらに美味しかった。なんかもう、ずっと口の中で余韻を感じる。

 そのあと来たアヒージョもパエリアも美味しい。やっぱり海のレストランだから、海鮮が美味しいんだね。


 そう。とっても美味しかったのだけど……なんか、別の意味ですごく緊張してきた。


 結婚相手の前でご飯食べたの、初めてじゃない?

 いや、朝だって一緒にバルには行った。結婚式でご飯も食べたけど。こうやって向かい合ってしっかりしたご飯食べたのは初めてだ。

 だからなんと言うか……そういう相手の前で食べるのが恥ずかしい。

 元々こういう所に来るってだけでも、大分非日常的なのだ。

 これ、デートなのでは!? いや、私が提案したんだけどさ! 私のデートは友達と一緒に遊びに行く延長みたいな感じで、こんな格式ばったデートだと思わなかったというか、

『美人だし』

 突如言われたことを思い出して――正直、意識する!


「……イルマタルさん、もう少し飲むスピード落とした方がいいんじゃ」

「え!? そんなにガバガバ飲んでた!?」

「いや、普通だけど。顔が赤いから」


 その言葉に、さらに顔が熱くなった。

 水よりアルコールの方をよく飲む氷の国の人間が、この程度のアルコールで顔を赤くするとか! ないよ!?

 それとも、これはあれですか! 恋の暴走熱ってやつですか!


 ――だって私にとって結婚は、大人になるためのライフステージだ。

 どこかで、冷静な自分が、冷静じゃない私に声をかける。

 今まで私が結婚したかったのは、進級や進学がなくなった代わりにある、大人の環境替えにすぎない。そこに、恋愛は介在しないものだと思っていた。

 もちろん、今まで恋をしなかったわけじゃない。でも多くの人にとっての恋は、見た目に左右されがちだから、見た目が十六の頃から変わらない私には、どうしようも無いんだなって思った。


 母もそうだ。私たちは遺伝子的に、

 そう考えた時、私は、本当の意味でこの世の人間と交わって生きることができないんじゃないかと思った。一緒に生まれても、一緒に成長して、一緒に老いることができない。

 生き物として、子を作り老いて死ぬことも、難しいんじゃないかって。


 だから告白したことはあっても、顔を真っ青にして、「ごめん、友人として好きだけど……見た目が……」と言われてしまった。あ、思い出しただけで泣きそう。でも見た目が子どもだからって理由で手を出されたら、私はそいつを殺したくなるし。子どもをそういう目で見るやつ絶対許さん。

 なので、望みを捨てることにしたのだ。

 私は人間的に愛されるようになろう。別に性愛なんてなくていいじゃん。友愛とか敬愛とか、それだけで十分だし。

 結婚と恋愛は別物。今どき友人同士で結婚している人もいるし、恋人同士でも結婚しないカップルはいる。友人同士で結婚して、養子を迎えて育てられたらいいな、と、漠然と描いていた。そうすることで、私はちゃんとした大人になれる気がしたのだ。

 だから、アマドくんが私に結婚を申し込んだ理由候補に、『恋愛』という可能性は初めからなかった。のに。


 たった一言で私の心が揺れた。

『美人だし』。見た目で恋に落ちることのない私が、まさかこんな言葉で落ちてしまった。




「あ、あのさアマドくん」

 私が声をかけると、アマドくんはワインを飲んでいたところだった。

 ……さまになるな君は! ワイングラス持っただけで貴族っぽい!

 え、っていうか髪ツヤツヤだな? それで顔も割と中性的なのに、首とか肩とかガッシリしてるな? 肌もキレイだし目も吸い込まれるようだし何より筋肉が流れるような線を描いていて……。

 あ、ダメだ。無理。

 このデートの目的である、『結婚を申し込んだ理由』を尋ねようと思ったんだけど、顔が良すぎて聞けない。私は見た目で恋に落ちることは無いんだけど、恋に落ちた後見た目から何まで好きになることはあった。というか、大体恋に落ちるとそんな感じ。


「えーと、あの海の向こうって、『夜の大陸』なんだよね!?」


 咄嗟にでてきた言葉に頭を抱えた。何当たり前のこと聞いてんだ私は。

 けれど、アマドくんは特に気にすることも無く、そうだな、と答える。


「『夜の大陸』の玄関口、『太陽の沈む地アル・ マグレブ』。今日は見えねぇけど、あっちの港町の光が見えたりするぞ」

「へえ……じゃあ、やっぱり近いんだ」


 私はワインに口をつけた。喉を通った後、ふと、思い出す。



「そう言えばシャルルも、アル・マグレブが故郷だって言ってたなあ」



「……シャルル?」


 心の中で呟いたのに、声に出してしまった。アマドくんが尋ねる。

 どうしよう。彼らのことを、打ち明けるつもりなんてなかったのに。彼らのことを思い出すと、胸が痛むから。

 私は少しためらったけれど、やっぱりアルコールが回ったのかな。

 彼らのことを話したいと、思った。

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