イルマタルはアマドとデートがしたい②

「ここは、排斥する空気がなくて、いいね」

 私は、さっきのおば様からいただいたオレンジジュースを飲む。

『すまないね、悪い子じゃないんだよ。むしろ優しさがから回って身動きがとれない子でさ』そう言って、タダでもらった。ほどよくすっぱくて、喉を潤してくれる。


「トニさんも優しかったけど。氷の国の人間って、もっと憎まれているかと思ってたから」

「それは、人それぞれだろ。たまたま好意的な人間が、ここにいるだけだ」

 人が多ければ色んな人がいる、とアマドくん。それはそうなんだけどね。


「やっぱり、『嫌っていい』みたいな空気ってあるでしょ? 本当はなんも知らないのに、なんも知らないからこそ悪人扱いできる。そういう、淀んだ空気がここにないな、って」

「……まあ、確かに。ここは『夜の大陸』と『昼の大陸』の玄関口だから、『夜の大陸』からの難民も多い。氷の国の人間は少ないけど、氷の異能力者は要職についているし。何より、港町だし」


『昼の大陸』は、ここトリドや私の住んでいた場所がある大陸のことだ。

 一方『夜の大陸』は、このトリドの向こうにある、灼熱の砂漠が横断する大陸。もちろん、砂漠だけじゃなくて、古代から残るサバンナや熱帯雨林もあるし、ずっと南に行くと冬がある場所もある。けれど、古い言葉で『猛暑』と名付けられたトリドより、ずっと厳しい気候が広がっている土地も多いのだ。治安も酷いところが多くて、そこから逃げてきた難民の人も多い。


「色んな人がいるって、いいな」

「代わりに治安は不安定だけど。ヴィケは治安がいいだろ」

 同じ港町なのにな、とアマドくんが言う。

 ヴィケとは私が暮らしていた場所であり、一か月前私たちが出会った親善大会の開催地だ。

「俺たちからしたら、スリとか強盗とか気にしないで街の中を歩ける方が、いいなって思うけど」

「そうかな」

 

 氷の国にだって、荒れた土地から、海賊やマフィアから、あるいは独裁的な自治政策から、必死に逃げてきた人がいる。氷の国は、その人たちを難民として認めない。存在自体を隠された彼らは、さまざまな犯罪や自然災害に巻き込まれている。

 けれど、それを言うのは空気を悪くするような気がして、私は話題を変えようと辺りを見渡した。すると店の角に、服屋さんがあるのを発見する。

 そのガラスの中にあったドレスを見て、私は衝動的に動いていた。


「アマドくん! 私、あそこに行きたい」


 私は返事を聞く前に、店の中に入る。

 お店は伝統衣装から普段着に使えそうな服まで、さまざまなものが揃っていた。そして、その奥には。

 

「あれ? アマドとイルマタルさんじゃん」


 なんと朝に会った消防隊のトニさんがいた。


「あれ!? トニさん、なんで?」

「ここ実家の店なんですよ。仕事は非番なのに店番任されまして」


 はは、と笑うトニさんは、並ぶとアマドくんより背が低い。と言っても、平均身長より低い私より、ずっと背が高くてガッシリしている。シャツも心無しか、筋肉を主張するようにパツパツだ。……服をいじめてるんだろうか。

 そうだ、とアマドくんが言った。


「言い忘れてたけど、トニの両親も氷の国出身」

「え、そうなの!?」

「異能力は持ってないんすけどねー」


 俺は火の国生まれですよ、とトニさんが言う。


「数は少ねぇっすけど、氷の国のルーツだからって差別されるところじゃないですよ、ここ。いいところです」

「うん。それはすごくわかった」


 消防隊として質問していた時より砕けた口調に、私はニッコリしてしまった。いい人だなこの人も。


「ところで、二人はどうしてここに? 服を買いに?」

「あ、ごめんなさい。このお店の前通ったら、ここの伝統衣装、かわいいなって思って、思わず入っちゃった」


 ガラス越しに見えた華やかな伝統衣装のドレスを見て、やっぱり綺麗だなと思った。昨日着ていたドレスはボロボロにしちゃったし、見るだけに留めるつもりだ。服自体は間に合っているし。


 そう言うと、ふーん、と


「アマドに作ってもらったらいいのに」


 と、とんでもない発言が落とされた。

 ……え、待って。


「アマドくん服作れんの!?」

「いや俺、ドレスは作れねぇけど!?」

「でもお前、カフタンもジュラバも作れるじゃん。トリドの人は慣れてるから半袖でも平気だけど、イルマタルさん、肌白いし、日差し避けの服装は必須じゃね?」

「あー……そっか」


 今は氷の国の夏服で動いているけど、日差しがバンバンさして日焼け……というか火傷しそう。そうか、ヴィケだと暑いと半袖とかハーフパンツで過ごしてたけど、ここだと露出による日差しの方が深刻なのか。

 今は異能力で身体を冷やしているけど、ここの気候に合わせた服は必要だろう。

 

「いや、素人の俺が作っても、イルマタルさん困るだけだろ」

「え、欲しい!!」


 辞退しようとするアマドくんを止めるため、私は勢いよくお願いする。


「アマドくん忙しいのは重々承知だけど! 欲しい!」 

「お、おお……イルマタルさんがいいなら、いいけど……」

「わーい!!」


 うっかり両手を上げて喜んじゃった。いや、でもすっごく嬉しい!

 私の喜びように、アマドくんは戸惑いながらも、けど、と続けた。

 

「俺が作るとしても、ここで服を買った方がいいんじゃないのか?」

「あー……それは無理じゃないかな」


 今までの経験からして、私はここに自分のサイズがないことを確信していた。

 すまなさそうに、トニさんが言う。


「すみません。トリドは皆、ガタイがいいから……」

「気にしないで。ヴィケでもあまり買えなかったし」


 そう言うと、アマドくんはそっか、と短く返事をして、店の中を見渡す。


「それにここのデザイン大人っぽいから、私には似合わないんじゃないかな」

「そんなことないっすよ。なあアマド」

「うん。美人だしな」


 私の方には向かず、淡々とアマドくんはそう言った。

 思考がフリーズする。


 ……美人だしな?

 美人だしな!?(二回目)

 頭の中で、その言葉が暴れる。まるで捕まえた虫が、虫かごの中から逃げ出そうと、激しく内側でぶつかるように。

 それをアマドくんに悟られないように、私は両手で顔を抑えた。

 ただトニさんには気づかれていたみたいで、彼ははあ、とため息をついた。


「大丈夫っすか、イルマタルさん。あいつ急に、他意なく人の急所に一撃を入れるんすよ。俺含めて、どれだけの人間がアレにやられたか」

「だ、大丈夫……うん、ちょっとびっくりした」


 嘘だ。かなり動揺した。「美人」って、成人して一度も言われたことがない。「かわいい」はよく言われたけど、それはだいたい(子どもみたいで)が添えられるから。

 なんだ私。言われ慣れてないからってちょろすぎか?

 熱い頬を冷まそうと両手で抑えても、心臓がバクバク言う。そんな私に、トニさんが「これは俺の独り言として聞いて欲しいんですが」と言った。


「さっき、『ここはいいところ』って言ったじゃないですか。以前は、そうでもなかったんです」

 いや、別に石投げられていじめられるわけじゃないんですけど、とトニさんは言った。

「けど、やっぱ壁みたいのはあって。それを変えたのが、あいつです。あいつは、俺らにとっての太陽なんです」

「……メアリーさんもだけど、トニさんもアマドくんに対して熱烈だなあ」

「あいつには黙っといてくださいよ」


 店を見て回るアマドくんに気づかれないよう、トニさんは続ける。


「あいつ、打算とかないんですよ。あいつの仕事的に大丈夫かって思ったりすることもあるんすけど、だからみんな世話焼きたくなるって言うか」

 イルマタルさん、多分気づいているとは思いますけど、とトニさんは言った。

「……そうだね」

 私は、まだ冷めない頬を抑えて、彼の後ろ姿を見ていた。

 

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