第7話

 Y駅の改札を抜けると、右へ左へと流れてゆく人々のなかに取り込まれた。

 北口の方を出ると、曇り空のまま夜になろうとしていた。五月なのに雪が降りそうなくらい、暖かい色が見当たらない。行く当てはないが、一時間はどこかにいなければならない。


 わたしの足はふと、あるデパートのことを思い出した。階段を上り、車の行き交う道を下にしながら、むかし偶然見つけた店の記憶をたどっていった。


 エレベーターに乗り6階で降りると、その風采ふうさいは約二年前と大きく変わっていた。あのときより、あの店は小さくなっていた。しかし、この階のどのテナントより美しくまとまっていた。


 店を取り囲むように並んでいるショーケース。そこに収められているは、桁が四つ、五つある高価なカードたち。三桁以下の値段のカードは、シリーズごとにまとめられて箱のなかに収められており、カードゲーマーたちが綿密めんみつにお目当てのカードを探している。


 ここに入ったからには、一枚はカードを買わなければならない――そんなルールはもちろんない。だが、「元カードゲーマー」のわたしにとってそれは、に訴えかけてくる使命みたいなものなのだ。


 最近のカードについては、ほとんど知らない。どういうデッキが流行っているのかも、どのカードが禁止指定されていて、もう解除されているのかも分からない。


 中央の島のなかから「320円」のカードを一枚選び、そしてパックをひとつ手に取りレジに持っていった。


 カードゲームに「復帰」するわけではないけれど、記念として――いや、このときわたしは、昨日入稿した中篇小説の「姉」の気持ちになっていた。彼女ならきっとこうする。家に帰ったらカードの山からデッキを組むのに夢中になって、パックが詰まったボックスを買うために個人依頼の仕事を一件受けることにする。


 わたしには、そんな余裕がない。

 しかし、こんなことを思った。新刊を書いているときも入稿したあとも、少し満足できない部分があったその正体は、この「リアル」なのだと。カードゲームを主軸にしたお話なのに、過去の記憶に頼りっぱなしだった。そんなことで、本当によかったのだろうか?


 ぎりぎり知っているシリーズのパックと、コントロール型のデッキの必須カードというべきドロー系のスペルとで、計「720円」を要した。


 携帯を取り出して時間を確認すると、改札前で待っていても苦ではない頃合いになっていた。五月の寒空の下、消えた焚火のなかにいるわたしのリュックに、小さな火種が宿っている――そんな気がしていた。

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