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「──しィッ!」


 左下から右上にかけての斜め一閃。

 背骨を引っ掻くような高音が鳴り渡り、分厚い鉄扉に太刀筋通りの切れ目が奔る。


「ざァい!」


 次いで放たれる、重く鋭い前蹴り。

 上下に断ち斬られた扉の下半分が、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。


 …………。


〔恐れ入りますが、ベルベット様〕

「あによ」


 ガラスの刃で斬鉄など能うものなのかとか、厚さ二百ミリはあろう巨大鉄板を蹴り壊せる化け物じみた脚力への恐怖とか、まあ思うところは色々あるけど、取り敢えずひとつ。


〔先程、アベル様から鍵を頂いておりませんでしたか?〕

「コレ?」


 今し方に門の役目を果たせなくなった大門の脇に設けられた小門を開くための鍵。

 純金製と思しき、持ち手部分に宝石があしらわれたもの。


「あげないわよ」


 細かな装飾が気に入ったのか、素早く懐へ仕舞い込まれる。

 そんな警戒せずとも、別に欲しくないです。


〔いえ、そういうことではなく〕

「じゃあ、なんなの」


 心底訝しげに寄る眉根。

 どうやら本気で、僕の投げ掛けんとする疑問が分からぬ模様。


〔──鍵を持っておられるのに何故、扉を壊したのですか?〕


 尤も概ね想像はつく。

 でも、出来れば外れていて欲しい。


「その方がカッコいいからに決まってるでしょ」


 寸分狂わず想像通りの返答だった。

 頭痛くなりそう。






 ごう、と耳鳴りが鼓膜を突く。


〔っ〕


 ぽっかり空いた門の奥から吹き出す穢れ。

 あまりにも濃い、まるで闇そのものが如し黒。

 もしも肉眼で目視していたら、間違い無く恐慌状態に陥っただろう。


〔んっ……〕


 押し返されるような感覚。

 たぶん、先程アベル様が僕に触れた時と同じ理屈。


 祈術きじゅつのチカラが遮られてる。今まで一度も無かったことだ。

 即ち、それほど夥しい濃度の穢れが、この先に充満しているということだ。


「さーて。なんか出だしからケチついたけど、気を取り直して行きましょうか」


 恐々とする僕を他所、微塵の躊躇も見せず、ベルベット様が中へと踏み込む。


 ……だが、脅威を感じてない筈が無い。

 現に硝子刀がらすとうを握ったままだし、逆手はいつでも銃を抜ける位置で固定されてる。


 最大限に近い警戒態勢。

 にも拘らず、恐怖も怯みも全く見せない、生粋の戦士。


 ああ。こういう時は、本当に頼もしい人だ。

 そんな風に感心しながら、僕は彼女に追従し──






 ──その最奥で、俄かに信じ難いものを視た。











【Fragment】 アベル(5)


 花刺繍はなししゅうに就いていたウルスラの嘆きを長く見続けたため、に対する潜在的な嫌悪感が強い。

 故に誤ってイヴァンジェリンの胸を掴んだことは、かなり真摯に反省中。





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その追放令嬢、獣が如し 竜胆マサタカ @masataka1201

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