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〈厳密に、正確に言えば、触ったワケじゃない〉


 ひらりひらりと身を躱しながら、アベル様が淡々と告げる。


〈加護も呪いも、大元まで遡れば同一の概念。密度の濃い祈りと穢れが互いに押し合った結果、触ったように見えただけだ〉


 圧縮された筋肉の鎧を纏う偉丈夫。

 その体躯に似合わぬ、軽やかで俊敏かつ、一切の無駄を削いだ挙動。


〈しかし成程。水と風の不浄を払う祈術きじゅつ使いの加護を受けてたのか。何十回死んでも障り無く正気を保ててる謎が解けた〉


 なんで銃弾を避けられるんだろう。

 しかも五メートルくらいの至近距離から、ばかすか撃たれてるのに。


〈お前が未だ亡霊に堕ちず済んでるのは、イヴァンジェリンの献身が大きい〉

「ああ!? ゴチャゴチャゴチャゴチャと──うるっさい!」


 最近気付いたんだけど、ベルベット様と感覚を繋いでるからか、リンク中の僕は動体視力が大きく増してる。

 なのに、アベル様の動きを捉えきれない。


「アタシをチビ扱いした上、よくもシンカの胸まで触りやがったわね!」

〈人の話、聞いてたか?〉


 たぶん聞いてないと思います。


「アタマかち割れろ! アレはアタシのまな板よ!」


 貴女のじゃありません。

 ……ん? 今ナチュラルに物凄い暴言を吐かれた気が。


〈平面扱いは流石に酷ぇだろ。感触的にはゼロじゃなかったぞ〉

「やっぱり触ったんじゃない! 殺す!」


 まな板。まな板って。






〈申し訳ない。伏して詫びる〉


 その言葉通り、深々と低頭するアベル様。

 別に気にしてませんので、面をあげて下さい。


「ハッ。ごめんで済めば官憲もギロチンも要らないのよ」


 寧ろベルベット様から受けた言葉のナイフの方が傷付いた。

 まな板って。そりゃ確かに薄っぺらいけどさ。


〈尤もな意見だ。どう償えばいい〉


 だから気にしてませんって。


「取り敢えず出すもん出しなさい。慰謝料」


 搾れる時に搾っておくスタンス。ほぼマフィアの思考。

 まあ、喚き散らしながら撃ちまくられるよりは、多少マシ。


〈慰謝料か。ここじゃカネなんざ無意味だぜ?〉

「今日までは無意味でも、明日以降は有意味になんのよ。ほら出せ、こっちはアンタの死体から剥いでやっても構わないんだからね」


 マフィア通り越して野盗か追い剥ぎの所行。

 ただアベル様は、どこか唖然としたように目を見開いた。


〈……明日、ね。そいつはいい、実にいい〉


 何かが琴線に触れたらしく、薄く口の端を持ち上げて差し出したのは、小さな布袋。

 金属の擦れる音。中身は恐らく硬貨。


〈この街でカネは不用品どころかしゅを招く厄物だが、お前なら持ってても大丈夫だろ〉


 弧を描いて放られる小袋。

 僕達の視線が一瞬そちらに移った後──アベル様は、煙のように消えていた。


「……逃げられた。何よ、こんな端金でチャラにしようとかナメてんの? 今度会ったら三枚におろしてやろうかしら」


 文句を垂れつつも、いそいそと口紐を解くベルベット様。

 端金って。ソレたぶん殆ど全部金貨ですよ、音が重いし。






 なお実際に検めたところ、やはり一枚残らず金貨、しかも旧暦金貨だった。


 混ぜ物入りの新暦金貨とは違う純金貨。

 加えて新貨幣発行の折に大半が鋳潰されており古銭としての価値も高く、先月時点での取引価格は確か新暦金貨八枚分。


 それが数十枚。

 ベルベット様の機嫌が目に見えて良くなったのは、言うまでもない。











【Fragment】 新暦金貨


 王国で流通する通貨の一種。現国王の横顔が刻印されている。

 物価の高い王都でも、一枚あれば一世帯が一ヶ月は暮らせる。


 ……富への欲と執着が蔓延るベルトーチカに於いて、金貨とは最も安易な象徴である。

 故に呪いを孕みやすく、やがてそれは周囲を巻き込み、形を得て動き始める。


 早い話──しゅに染まり、変異した金貨こそが、混穢レギオンの核である。




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