水曜日
西影
ある日の放課後
いつからだろう。水曜日が疎ましくなったのは。
「よ、
外の雨音と少し生徒の雑談が耳に入る図書室の一角。数カ月ぶりに聞いた低い声で私の集中が途切れた。
「はい。もう中間試験が近いですので」
「真面目だな。まだ二週間前だぞ。漫研は?」
「今日はありませんし、文化祭用の作品も書き終わりました」
「そっか。なら勉強に専念できるな」
「
「聞いて驚け。あの俺が勉強の習慣化に成功した」
「意外ですね。テスト前の深夜も漫画を読んでた
「だろ。塾も通うようになったせいで大変なんだよ。課題も多いし」
私に見せびらかすように教材をペラペラとめくる。こうしてみると学校から出された課題が少なく思えてきた。あの漫画中毒だった先輩に勉強習慣が付くのも納得だ。
「そりゃあ漫研も引退しないといけませんね」
「運動部は夏休み中に引退したらしいけどな。あいつらはやべえよ。受験大丈夫なんかね」
しみじみと
「おし、今回は迷える後輩のために勉強教えてやるか」
「……
「流石に俺を舐めすぎだ。一年前に習ったんだぞ」
私の問題集を
「すまん、俺は文系なんだ」
「知ってます。理系の授業に耐えられなくて三年に文転したということも」
「ぐぬぬ、後輩が厳しい。部活帰りはよく一緒に帰ってたじゃん」
「……そうですね」
やっと忘れかけていた記憶が蘇り、そっぽを向いてしまう。最近は一人で帰ることが多かったので余計に虚しい。ぼっち帰宅なんて、昔は部活がない水曜日だけだったのに。
「冷やかしに来たなら帰ってくれませんか?」
「なんだよぉ。
「そうでしたね。失礼しました」
落ち着きを取り戻すために一つ息を吐く。ついきつく当たってしまった。
もう何度自分に言い聞かせただろう。
わざわざこんなことを考える自分が情けない。
シャーペンを走らせ、ひたすら問題を解き続ける。しかし一向に集中できない。
意識しないようにしても、いつの間にか
――そうだ、私はこの姿に惹かれたんだった。
体験入部で漫研に寄ったあの日、一人で漫画を作っていた
つい笑みをこぼしてしまう。
またあの日々に戻りたいな。
今の後輩がいる生活も悪くないけど、あの子たちは用事がないと部室に来てくれないから暇なんだよね。対して先輩は毎日部室にいて、漫画を描いたり読んだりしていたし。
先輩がいた漫研は水曜日と土日祝が休みだった。だけど、今じゃ作業がない日は全部休み。ほぼ帰宅部みたいなものである。顧問の先生に相談しても「去年度が異常だった」と相手にされなかったし。
それでも私は先輩がいた時のような漫研を忘れられない。
どうにかして、後輩を部室へ連れてきて雑談できないだろうか。
何度も考えたはずの内容に思考を巡らせる。
『下校時刻の五分前となりました。まだ校内にいる生徒は帰宅してください』
そこで放送が流れてきた。結局、先輩が来てから一問も解いていない。途中から勉強に関係ないことばかり頭に浮かべていたし。
せっかく自習してたのにな……。
静かに荷物をカバンに入れていく。
「あ、そうだ。今日は一緒に帰らないか?」
「
「先に帰ってる。あいつらは水曜は用事あるらしくて、俺の自習に付き合ってくれないんだよな。薄情な奴らだよ」
「そうなんですね」
「あぁ。だからこれからの水曜日は
「――!」
「し、仕方ないですね」
「助かるよ。俺一人だと怠けそうだし」
「
二人で昇降口に向かう。こうやって帰るのはいつぶりだろうか。今日の自習がこのためだけにあったんじゃないかとすら思えてしまう。
私が先に靴を履き替えて待っていると先輩が大きな傘を持ってやってきた。
「あれ、
「私は……」
カバンに手をかけて、やめる。
「今日忘れちゃいまして、よければ入れてくれませんか?」
「
いつの日か疎ましく思うようになっていた水曜日。それがこれからは楽しみになりそうだ。
水曜日 西影 @Nishikage
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