まだ遠き沖縄

「大丈夫か!」


 銃撃が収まるとすぐに平山艦長は立ち上がり周囲に尋ねる。

 が、すぐに黙り込んだ。

 艦橋内は死傷者が続出し、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


「艦橋に負傷者多数! 治療所へ!」


 生き残った伝声管を使って他の部署から人員を集め、負傷者を連れ出す。

 駆けつけた救助員達は士官室に設けられた軍医の居る臨時の治療室へ負傷者を連れて行く。

 医薬品が少ないので、傷は小さめにと軍医は言っていたが、かすめただけなのに肉が抉られている。


「やったのは敵機か」


「いえ、破口が一三ミリより大きいです、多分味方の二五ミリ機銃かと」


 弾幕を張った味方の機銃弾が、流れ弾が降り注いだようだ。

 対空戦闘の常とは言え、厄介だ。

 文句を言うことは出来ないし、味方に当たることを恐れて、撃つのをためらっていては敵機を通してしまう。


「敵機直上! 急降下!」


 艦橋の負傷者を下ろした直後、見張が叫んだ。

 大和を襲撃しようと急降下したが、回避され、たまたま進路上にいた涼月を新たな目標とした。


「回避! 面舵一杯!」


 回避を命じたが、流れ弾の混乱もあり実行は遅れた。

 艦長が命じた直後、ヘルダイバーが爆弾を投下した。


(当たる……)


 爆弾が殆ど点、自分に一直線に向かってきているのを見て艦長は一瞬思った。


(いや外す)


「旋回急げ!」


 舵の効きが遅く感じる。

 命令したばかりで仕方ないが、一刻を争う中では苛立たしい。

 こうしている間にも爆弾は迫ってくる。

 焦燥感で実を焦がしている最中、身体が徐々に左舷側に引き寄せられた。

 ようやく艦が旋回を始めた。


「避けられる」


 爆弾が迫るが、徐々に前の方へ流れていく。

 回避できたと思ったが、爆弾は艦首の方へ向かっている。


(当たるか)


 当たるか外れるか微妙な所だ。


(いや、外れる)


 その瞬間、爆弾が艦首のヘリに当たった。

 旋回したため僅かに、爆弾の信管から逸れて側面に当たり、爆弾は海の方へ弾かれた。

 爆弾は海面に接触した直後、大爆発を起こし、涼月を海水で濡らした。


「損害報告!」


「第一砲塔異常なし!」


「第二砲塔異常なし!」


「艦首に浸水無し!」


「戦闘発揮可能です」


「よし」


 一通り損害が無くて安心した。

 気が付けば、敵機の空襲は終わっていた。

 敵機は南東の方角へ去って行く。

 時間を確認しようと腕時計を見ると、13時前だった。

 僅か一五分、たった一五分の間に来襲し、あれだけの破壊と混乱をもたらした事に改めて艦長は戦慄を覚えた。


「艦長、大和より通信、艦隊は陣形を再構成せよ」


「……艦長了解。すぐに定位置へ向かうぞ、取り舵一杯」


 元の位置へ涼月は進み出した。

 本来、大和の近くに居る重巡も復帰し戻ってきたので助っ人はもう良い。


「とりあえずは、一戦目は終わったな」


「ええ、ですがあと何回あるでしょうか」


 航海長は愚痴をこぼすが同感だ。


 まだ午後一時。

 夏の日は長い。

 夜になるまではあと何時間あるのだ。

 その間に、敵は何回空襲できるだろうか。

 嵐が迫っているので多少は短くなるだろうが、敵もそれを承知で飛んできているようだ。


「左前方に機影!」


 見張りの報告に艦内が一瞬、緊張する。


「先ほどの機影は味方機!」


 だがすぐに見張が味方機だと言ってくれてほっとする。


「珍しく一式が飛んでいますよ。敵艦隊に向かうのか」


 わざわざ空襲を受けている大和上空を通過していくとは大胆な飛行隊長だ。

 敵機が空襲で編隊を乱し、敵味方の区別が付かない状況で接近しようと考えているのだろう。

 敵機の迎撃を受けかねないにもかかわらず、肝の据わった指揮官だと涼月艦長は思った。

 だが見張の報告で表情は険しくなる。


「しかし、あれは何でしょうか」


 機体の下部に搭載された小型機を見て、艦長は黙り込んだ。


「定位置に戻った。面舵一杯! 定位置を守れ!」


「了解」


 部下の疑問を命令で黙らせた。


「飯を食いそびれた奴は今のうちに食っておけ、先はまだ長いぞ」


 そう、まだ先は長い。

 激しい戦闘だったがまだ道半ばだ。

 沖縄までは、まだ遠い。


「今のうちに食べておくか、夜食は食えそうに無いしな」


 激しい嵐に突っ込む予定だ。

 台風の中で公試を行うのが日本海軍の伝統であり駆逐艦でも大丈夫だ。

 だが激しく揺れるため、配食、温かい食事など無理だろう。

 精々、缶詰とお茶程度だ。

 今のうちに食べられるなら食べておく。

 艦長は渡された味噌汁を飲んだ。

 鰹出汁が効いた、ネギの香る絶品だった。


「出来れば朝食は美味いモノが食いたいな」


 艦長は呟いたが、海は波が荒くなっていった。




本編

https://kakuyomu.jp/works/16816927862106283813/episodes/16817330660034106282

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

坊の岬沖海戦 涼月の戦い 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ