第3話 男らしい女

 城戸をフったあと、俺は校舎内に戻った。

 教室に向かって廊下を歩いていると、進行方向からクラスメイトの女子、柴崎しばさきが歩いてきた。

 両手でコピー用紙の箱を抱えている。

 おそらく委員会か何かの仕事なのだろう。

 柴崎は女子の中でも小柄な方なのでかなり重そうだ。

 俺は柴崎に気付いてすぐ彼女の元に駆け寄った。


「持つよ。柴崎」


 俺はそう言って、柴崎が持っていたコピー用紙の箱を奪った。


「佐久良さん!? いや、悪いよ、そんな......」


 箱を奪われた柴崎は申し訳無さそうに両手を振る。


「私がいいカッコしたいんだ。そうさせてよ」


 そう言って俺が微笑むと、柴崎は少し頬を赤らめてうつむく。


「じゃあ......お願い......」


「OK、印刷室?」


「うん......そう......」


 俺たちは印刷室に向けて歩き始めた。


 柴崎の少し前を歩きながら、俺は心の中でほくそ笑んだ。


 キマった!!

 これでまた女子人気が上がる!!


 今、クソヤローだと思ったか?

 あー、そうだよ!!

 俺は女子のポイントを稼ぐためだったら、女子の靴の裏だって舐めるクズさ!!


 だが、聞いてほしい。

 俺がこうなったのには理由があるんだ......


「おーい、佐久良〜」


 不意に後ろからそんな声がかかる。


 振り返ると、クラスメイトの男子三嶋みしまだった。


「今日、サッカー部が練習休みで、放課後グラウンドが空いているらしいんだよ。暇なやつで集まってサッカーやろうぜっていってるんだけど、お前も入らないか?」


 それを聞いて、俺はぱぁっと顔を明るくする。


「行く行くー!!」


「OK、じゃあ、放課後なー」


 その確認だけで、三嶋はさっさと去っていった。


 実は、俺が女子に媚びを売る理由はこれなのだ。


 ランドセルを買いに行ったあの日、俺は自分が女だと知った。

 だが、すでに俺の心は男に育っていた。


 小学校に上がってからも、俺は普通に男として振る舞った。

 女子とは話の内容も合わないのでほとんど絡まず、男子とばかり遊んでいた。

 小学校低学年から中学年の間はそれであまり問題はなかった。

 だが、高学年になってから綻びが生じ始めた。

 女子でありながら男子とばかりつるんでいる俺は、女子の中で異物として徐々に嫌悪されるようになった。


 中学校に上がってから問題はより深刻になった。

 俺が仲良く絡む男子の中には女子から人気を集めている者もいた。

 そんな女子人気の高い男子たちと女子の俺が仲良くしていればどうなるか。

 そこに生じたのは激しい嫉妬であり、それはやがてイジメに変わった。


 一方で、その当時の俺は、男子と絡むのがそれまで通り楽で心地よくはありながらも、女子というものに興味を抱き始めていた。

 まるで、年頃の少年が異性に興味を抱くように。

(といっても、俺の場合は同性なのだが)

 女子達から嫌われ、陰湿なイジメを受けながらも、俺はそんな女子達にどこか心惹かれていた。

 彼女たちは、日々顔立ちや体つきが徐々に変わり、男とは違う生き物に変わっていく。

 俺が女子たちを恋愛対象としてみていると気付くまでに1年近く要した。


 俺は女として生まれた以上、今のところは女社会の中で生きなければならない。

 また一方で、俺の心は女を恋愛対象として見ており、女子に嫌われ、女子に蔑まれ、女子に虐げられることが、俺は耐えられなかった。


 そんな混沌の中、俺が出した答えは“男らしい女”というポジションを手に入れることだった。

 男子と喋るのはできるだけ最小限にしつつも、スポーツなど男としてやりたいことは積極的に続けた。

 女子の中でできるだけ話を合わせるようにしたが、どうしても性格上合わせられない部分が多かったので、その部分を補うために先程のように周囲の女子に徹底的に優しく接するようにした。

 そんなことを始めて、中学を卒業する頃には女子からのイジメは幾分緩やかになっていた。


 高校に上がって、人間関係の大半がリセットされたが、俺はそのスタンスを継続した。

 そして、数ヶ月経った現在。

 俺は、男子、女子から同程度の人気を得ており、それぞれ同じくらいの人数から告白まで受けているのだった。



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