第5話 モヤモヤした気持ち

 土曜午前10時過ぎ、俺はその場所にやってきた。

 JR飯田橋駅から徒歩数分。

 そこは高校生が来るには少しオシャレ過ぎるカフェだった。

 洋風の門をくぐるとすぐに階段があり、階段を下ると川に面したテラス席広がっていた。

 三嶋ともう一人はもう先に来ており、席についていた。

 三嶋は俺が来たことに気づき、横においてあった大きめの手提げ袋を手に取り立ち上がった。


「早速で悪いんだけど、これに着替えてくれ」


 三嶋はそう言って、俺に手提げ袋を押し付け、女子トイレに放り込んだ。

 俺は不審に想いながらも、トイレの個室に入り、手提げ袋の中身を確認した。


「これって......」


 俺はいやな予感がしながらも中に入っていた服にしぶしぶ着替えた。

 着てきていた服は空いた手提げ袋に入れ替わりでしまい、三嶋たちのいる席に戻った。


「おお、似合ってる、似合ってる〜」


 俺が着替えさせられたのは、男物の夏服だった。


「あとは髪型だな......」


 三嶋は俺を席に座らせ、どこからともなくヘアワックスを取り出し、俺の髪をいじり始める。


 俺は全力でツッコミたい気持ちを抑え、ふるふると震えながら口を開いた。


「なあ、三嶋......」


「ん? なんだ?」


「今日......バスケじゃないだろ?......」


「え、バスケ? なんのことだ?」


 俺の問いに、三嶋は白々しく答える。


「お前、3on3って言っただろ......」


「ああ、3on3だ」


 そんなやり取りをしているうちに髪のセットが終わり、三嶋はまたどこからともなく手鏡を取り出し、俺に差し出した。

 俺は手鏡を受け取り、自身の姿を確認する。


 そこに映っていたのは、ファッション雑誌の読者モデルができそうなほどカッコいい美少年だった。


 俺はほぼ確信に近い推測を口にした。


「合コン......か?......」


「ああ、そうだ」


 三嶋はとても爽やかな笑顔で微笑んだ。


「何が『ああ、そうだ』だ!? 爽やかな笑顔で当たり前のように言いやがって!? 何考えてんだ、てめぇっ!? 俺は女なんだぞ!!」


 溜めに溜めていたツッコミが堰を切ったように溢れ出した。


「佐久良、一人称『俺』に戻ってるぞ」


 俺の怒りをよそに、三嶋は何食わぬ顔で俺の言葉使いを指摘する。

 俺は、中学のときの女子達との確執以来、外向きの一人称を『私』にし、言葉遣いも女子らしくしている。

 だが、感情が高ぶるとこんな風に素が出てしまう。

 ちなみに、三嶋とは小学校からの付き合いなので、そこら辺のことは全て知られている。


「まあ、今日はその言葉遣いのほうがいいけどな」


「本気かよ!? バレるに決まってる!! だいたい、合コンに出る男なんて他にいくらだもいるだろ!?」


「いや、マジで、ルックスとか喋りとか丁度いいヤツが他にいなかったんだよ。それに......」


 三嶋はヘアワックスをしまい、手についたワックスをティッシュでふきながら、俺の向かいの席に座った。


「お前がずっと息苦しそうだったからさ......」


 三嶋はなんとなく本気で俺を気遣っているような口調でそう言った。


「息苦しいって、何がだよ?」


 俺の問いに、三嶋は少しためらいながら答えた。


「女でいるのが......」


 三嶋のその言葉に、不覚にも俺は心をえぐられた。


 三嶋は小学校以来最も仲の良い男子だった。

 俺にとって親友と言っていい存在だった。

 だが、中学のとき俺と三嶋が付き合っているなんていう噂がたち始めてから全てがおかしくなった。

 三嶋に好意を寄せている女子たちが俺の陰口を言うようになり、やがてそれはイジメに変わった。

 俺と三嶋は仕方なく距離を置くようになった。


 その後、徐々に女子の中でうまく立ち回れるようになった俺は、徐々にだがまた三嶋と絡めるようになった。


 三嶋は、“佐久良憂”という人間の本質を理解している数少ない人間なのだ。


「相手は他校だし、今日だけだったらバレねーよ。相手の子たちにはワリーけど、息抜きだと思ってさ」


 三嶋はそう言って、俺に優しく微笑みかけた。


 三嶋はたまにこういうことをしかけてきて、俺を複雑な気持ちにさせる。


 もしも、俺の中身がこんなんじゃなかったら......

 俺は、三嶋に惚れていたのだろうか?


 そんなモヤモヤした気持ちを抱きながらも、俺の心は三嶋のことを“親友”としか思えないのだった。




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