第2話 男の色、女の色、俺の色......

 少し身の上話を聞いてほしい。


 俺が1歳のとき、母親が家を出ていった。

 父親や親戚の話によると、人間的にいろいろと問題のある人だったらしい。

 具体的にどう問題だったのか何度か聞いて回ってみたが、皆詳しいことは話たがらなかった。

 それはもういい。

 同級生を見回しても、親がどちらか一人という家庭もけして珍しいわけではない。


 俺の問題はここからだ。

 俺には3人の兄がいた。

 母親が出ていったことで、我が家はすっかり男家庭になってしまった。

 父親は男手一つで4人の子供を養い育てた。

 凄いと思うし、無論感謝もしている。

 だが、父親は仕事のほうが手一杯で、家庭のことの半分は上の兄たちが担っていた。

 俺たちはとても仲が良かった。

 俺が幼稚園の頃は、みんなでサッカーや野球、プロレスごっこに夢中で興じた。

 おもちゃや服は、兄たちのお下がりだったが、兄たちのことが大好きだった俺は兄たちの物を貰ってとても喜んでいた。

 兄たちは家庭内で唯一の女である俺を区別なく扱ってくれた。

 そう、男女のなく扱ってくれた。


 我が家の誰もその問題に気付いていなかったが、俺が小学校に上がる直前、ことは明るみになった。

 4月から使うランドセルを買いに行ったときのことだ。

 俺は兄たちと同じ黒のランドセルを選んだ。

 が、そこで父親がこう言った。


「憂は女の子なんだから、赤いランドセルにしなさい」


 俺は最初、父親が何を言っているのかわからなかった。

 混乱している俺に、父親はニコニコしながら赤いランドセルを背負わせた。

 店にあった鏡で、赤いランドセルを背負った自分の姿を見せられた。

 俺は、同じようにランドセルを選びにきている他の子供と自分の姿を見比べた。

 黒いランドセルを背負っている男の子。

 赤いランドセルを背負っている女の子。

 俺は黒いランドセルのグループに入るのだと思っていた。

 だが、俺は赤いランドセルのグループに入るのだと告げられた。

 ようやく事態を理解した俺はその場で力の限り泣き叫んだ。


 嫌だ!!

 俺は黒がいい!!

 俺は男だ!!


 俺の魂の慟哭はランドセル売り場を震撼させた。

 父親と兄たちは混乱して困り果て、店員や他の客たちは好奇の視線を俺に向けた。


 そんな俺を見かねて、一人俺に歩みよってくる者がいた。

 その人物は俺と同じく4月から小学生になる少女だった。

 彼女もまたランドセルを選びにその売り場に来ていたのだ。

 少女はある色のランドセルを俺に持ってきて、こう言った。


「キミ、これにしなよ」


 俺は少女が持ってきたランドセルをまじまじと眺めた。

 それは水色のランドセルだった。


「キミにピッタリだよ」


 そう言って少女はにっこりと微笑んだ。

 俺の心はその笑顔に吸い込まれて、いつの間にか泣くことを忘れていた。


 俺は少女から水色のランドセルを受け取り、背負って鏡の前に立った。


 悪くなかった。

 子供ながらに、その色は男性的でもあり、女性的でもあるように感じたのだ。


 俺は思った。


 男の色でもない。

 女の色でもない。

 これは俺の色だ。


 その日から、水色が俺の色になった。



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