第9話 世界をおいて走り出す

「え、えええぇぇぇーっ!!」


 俺のあまりにも唐突な言葉にその場のほぼ全員が驚愕し腰を抜かす。


 肝心の綾那は俺の言葉の意味を理解しかねているのか、目を丸くして呆然としている。


「いや......佐久良......しょっぱなにそれはいくらなんでも飛ばし過ぎだぞ......」


 三嶋がその場を取り繕おうとたどたどしく喋り始めるが、それに対して俺は不敵な笑みを返す。


 悪いな......

 三嶋......


 俺は立ち上がって綾那の手を取り、微笑みながらこう告げた。


「行こう、綾那」


 綾那は当然何がなんだかわからないという顔をしているが、俺は一点の迷いもない目で綾那の目をじっと見つめる。


 大丈夫......

 俺を信じてくれ......


 その思いが伝わったのかどうかわからないが、綾那は小さくこくりと頷いた。


 次の瞬間、俺は綾那の手を引いて走り出していた。


 綾那も握った手が離れないように懸命についてきてくれた。


 三嶋が「おい、どこ行くんだよ!? 佐久良、お前、何考えてんだ!?」などと叫んでいるが、走りだした俺たちの耳にはすぐに聞こえなくなっていく。


 階段を上り、店の門をくぐり、歩道に出る。


 走る......

 走る......

 走る......


 ただ走っているだけなのに、まるで世界全てを取り残して俺たちだけが加速していくような気分だった。


「憂君......待って......そろそろ......止まって......」


 綾那から息も絶え絶えにストップがかかり、そこでようやく俺は立ち止った。


 何分走っていただろうか?


 元居たカフェから500メートルくらい離れている。

 無意識に人込みを避けたのか、最寄りの飯田橋駅と逆方向に走ってきていた。


 綾那は1-2分はあはあと息をついていたが、ようやく呼吸が整ったところでじろりと俺を睨んできた。


「さあ!! 説明してよね!!」


 まあ......

 そうなるよな......


 俺は数分前の自分のセリフを思い出した。



『好きだ......綾那......』



 今更ながら顔が真っ赤になりそうになり、思わず綾那から顔をそむけてしまう。


 その仕草が話をごまかそうとしているように見えたのか、綾那が非難の声を上げる。


「憂君!!」


 ああ、このままじゃマズい......

 せっかく綾那と再会できたのに......


 俺はとりあえず今の俺の状況を説明することにした。


「えっと......その......今日こんな格好しているけど......俺は女のままだ......」


 その言葉を聞いて、綾那が急に申し訳なさそうな顔をする。


「あの......ごめん......私、無神経なことを......」



『ホントの男の子になっちゃったの?』



 あー......

 改めて考えるとちょっとダメージあるなー......


 と思いつつも、綾那にそんなことを言うつもりはない。


「えっと......いろいろ全部説明するから、ちょっと歩こうか......」


 俺はつないだままの綾那の手を引いて歩き始めた。



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