後編 オムライスが謎を解く

 ――にもかかわらず、事件は起きてしまったわけだ。三人目、西前幸にしまえみゆきは紐で首を絞められ、明らかに殺人だった。料理にも使うたこ糸が凶器で、現場に残されていた。

「……僕が経験からはじき出した死亡推定時刻からすると、ゆうに一時間は経っている。なのにオムライスから湯気が立っていたのは変だな」

「どこが変なんですか?」

「オムライスを作るのに一時間も要らないだろう? ご飯はレンジで二分あれば調理できる物を使ったようだし」

 調理場を調べながら天乃が疑問を呈しつつ、推理を進めていく。

 そんな彼が生ゴミ入れを覗いた直後、目を見開いた。

「これは、卵の殻が……四つある」

 天乃は会長を呼んだ。

「客観的な意見が聞きたい。西前さんの亡くなった現場にあったオムライスに、卵はいくつ使われていたと思う?」

「あん? そうだな、あのサイズなら二つかな。思いっ切り泡立てれば一つでも済むかもしれないが、いや、しかしあのオムライスは卵が薄焼きだったからな。泡立てたってのはあり得ない」

「そうか。そこに捨ててある卵の殻は、割ってまださして時間が経っていないと思うんだが、どうだろう?」

「うーん? ああ、そうだね。ほぼ同じ頃に割ったようだ。そもそも、一日目の料理に使った分のごみはちゃんと片付けたし、二日目の料理には卵を使わなかったから、殻は出なかったはずだよ」

「結構だね。ついでに意見を求めたい。二個しか使われなかったとしたら、残り二個分の卵はどうなったんだろうね? 犯人がオムライスを作ったという前提でだ」

「そうだな……薄焼き卵を作るのを失敗し、犯人自ら食って処分したとか」

「薄焼き卵を失敗するようなメンバーが、クッキングサークルにいるのかい?」

「……いや、いない」

「だろうね。僕や岸崎君ですら、ちゃんと焼けるよ」

「じゃあ、他の理由があるってか」

「うむ。僕には既に仮説が一つある。実はさっき、西前さんの部屋を調べたときに気付いたんだが、レシピ集のコピーが乱雑に放り出してあった。あれは賞品であり、まだ正解していない者もいるのだから、きちんと仕舞っておくようにと言っていたのに、だ」

「つまり、何が言いたいんだ、探偵さん?」

「犯人が見た可能性を考えている」

「え? その、何だ。わざわざレシピを見たがるってことは、犯人はレシピ集のコピーを獲得していない、言い換えるならまだ暗号を解いていない二人に絞られるって?」

「まあ、そうなる」

「い、いやいや。おかしいだろ。見立て殺人の話はどこに行った?」

「一つ目の唐揚げは前日の残り、二つ目の肉詰めピーマンは被害者が作っていた。どちらもたまたまさ。レシピ集にある順番を知らなくてもいいんだ。二つの事件がたまたま見立て殺人のようになったから、三件目にオムライスを添えて連続殺人にしようとしたんだ。オムライスを作るにはレシピを見なければできないはずだったが、迂闊にも僕らは全員がいる場で、三つ目の料理がオムライスであることを公言してしまった。犯人はしめしめと思ったかもしれない。何しろ、見立て殺人という説を言い出したのは、僕自身なんだからね。飽くまでも仮にだが、一人目の足達君の死が殺人ではなく、不幸な事故死だとしたら、二人目、三人目を殺した犯人にとって、一件目にはアリバイが確保できている可能性がある。だからこそ、最初の変死と、あとの二つを関連付けるために見立て殺人の形を取ったと考えれば合理的だ」

「ん? 話が長くなって忘れそうになっていたが、君の推理通りなら、犯人は西前さんのレシピを見る必要、ないんじゃないか? レシピを見なくても、三番目はオムライスだと分かっているのだから」

「念のために確認をしたんじゃないかと思う。レシピ集に載っていたオムライスが、昔ながらの薄焼き卵で包んだオムライスなのか、それともふわとろ卵で包むタイプなのか」

「ああ……」

「料理研究家の有馬という人は、生前、ふわとろ卵をよく作っていたんじゃないかと想像しているんだが、どうだろう?

「その通りだ。技術を見せてくれようとしてたんだろう。それに何と言っても、ふわとろ卵の方が現代受けする。ナイフですーっと切れ目を入れて、開く様なんかはちょっとしたショーだ」

「だろうね。そのせいで、犯人はほぼ無意識の内に、オムライスをふわとろタイプで作ったんだろう。だが、遺体のそばに第三の料理を添えようとしたとき、レシピ集のことが脳裏に浮かんだ。無視してもよかったのに、何故か気になったのかな。レシピを確認してみて、載っているのがふわとろではない、薄焼き卵だと知る。現場に供えたオムライスがレシピとは別物だったら、どう解釈されるか。犯人は焦ったはず。レシピ集の中身を知らない者の仕業じゃないかと推理されるのは目に見えている。危険を犯してでもオムライスを作り直す必要があった」

「うむむ……余分に作ってしまったオムライスは急いで食べて始末した、と。理屈は通っているような……」

「どこか引っ掛かるかい?」

「オムライスを作るタイミングが、ちょっとな。君の考えでは、犯人は西前さんを殺害してから一つ目のオムライスを作り始めたみたいだが、先に作っておく方が犯人にと手多少は安全じゃないか?」

「その辺は考え方次第だ。殺害前に調理場でガタゴトやって誰かに気付かれ、殺し損ねるのと、殺害後に調理場でガタゴトやって気付かれ、最有力容疑者に思われるのとどちらを採るか。犯人は、殺し損ねることを嫌ったんじゃないかな」

「なるほど……」

「さて、僕の推理では今のところ、二人まで絞り込むのが精一杯だ。最後の詰めとして考えられるのは、たとえばどちらか片方にだけアリバイがあるかもしれない。あるいは、一つだけオーブントースターで焼かれていた肉詰めピーマン。あのミンチの中にはひょっとすると犯人の血か何かが入っているかもしれない」

「ええ?」

「犯行の際に、犯人自らも鼻血を出すか、大量の汗を掻くかして、練り込まれたミンチ肉の上に滴下したんじゃないかと睨んでいる。その分泌物を残しておくと、あとで警察に調べられたら、誰の物か特定される。犯人は分泌物だけを取り除くことが難しかったから、窮余の一策として肉詰めピーマンを一個、作ったんじゃないか。熱が通れば誰の物か特定が難しくなるだろうからね。フライパンではなくオーブントースターを使ったのは、できる限り早く、調理場を離れたかったからと考えれば辻褄が合う。

 が、アリバイにせよ、分泌物にせよ、現状では決定打にはしづらい。推理の補強材料がもっと欲しいんだ。そこで会長さんに尋ねたい。何か言えることはないだろうか? 二人の内のどちらかが、西前さんや米田さんを恨んでいたとか」

「……動機については分からないが」

 サークル会長は額に手をあてがい、言葉を切った。やがて苦しげに続きを述べる。

「もし本当に犯人がオムライスを食べたのだとすれば、それは山藤君ではあり得ない。彼は卵アレルギーの持ち主なんだ」

「ほう。そうなると犯人の第一候補は、暗号を解けていないもう一人の会員、沢浦さわうら君ということになるね」

 天乃探偵は、これで推理ショーの脚本が仕上がったとばかり、にやりと笑んだ。


 御粗末様

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オムライスの死体事件 小石原淳 @koIshiara-Jun

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