オムライスの死体事件

小石原淳

前編 謎に包まれたオムライス

 その絞殺遺体の傍らには、オムライス一皿が添えてあった。作りたてとまではいかずとも、できあがってからまださほど時間が経っていないらしく、湯気がうっすらと立っている。

「先輩の予測通りになりましたね」

 岸崎きしざきが言った。後輩の言葉に、天乃あまのは首を左右に振る。

「喜ぶ気には全然なれないな。これで三人目の犠牲者だ」

「それは先輩が警告を発したにもかかわらず、注意を怠ったのも悪いんじゃあ……」

「口を慎むことを覚えた方がいいよ。詐欺に遭った被害者に、だまされる方が悪いと言うようなものだ」

「すみません」

 肩身が狭いという仕種をし、頭を垂れる岸崎。天乃はその肩を叩いて、

「まだ姿を見せていない人はいるか、確かめてくれ」

 と頼んだ。岸崎は後ろを振り返り、戸口のすぐ外、廊下にわらわらと集まっている連中の顔を見ていく。

「全員、います」


 大学が夏期休暇に入り、学生探偵を自称する天乃とその助手役の岸崎は暇に襲われていた。予定していた旅行が、現地の自然災害により急遽取りやめになってしまったのだ。

 そんな折、知り合いの夏木恵なつきめぐに誘われ、大学のクッキングサークルの合宿に同行させてもらうことになった。何でも、特別顧問で著名な料理研究家の有馬朔太郎ありまさくたろうが春先に亡くなり、クッキングサークルのために遺したというレシピ集の在処が分からなくなった。大学ノート一冊程度の分量で、秘伝の内容という訳ではなく、アイディア料理の数々が記載されているという。厳重に保管したり、隠したりするほどの代物ではないのだが、夏合宿での余興として、暗号を解いたらレシピ集の隠し場所が分かるというイベントが企画されていた。有馬は早い内から準備し、隠し終えたあと、事故で亡くなってしまった。

 その暗号文の解読依頼がメインの用件だったのだが、天乃は何と出発前に、あっさりと解き明かしてしまった。ミステリ界隈とは縁の薄い、素人のこしらえた暗号だったというのが大きな理由だ。より詳しく言うと、ある事柄と1~5までの数を組み合わせた暗号で、ローマ字変換が容易に連想できる代物だった。唯一の工夫、そして料理研究家らしさが現れていたのが“ある事柄”の部分で、『糖尿病食事療法のための食品交換表』に出ている大豆関連のリストが用いられていた。一例として、“だいず”を表すとしたら、「大豆1きぬごし2凍り豆腐3」となる。

 それはさておき、出発前に解いたことに加え、レシピ集の在処が合宿で使う学生会館の図書室だったこともあり、料理研究家の気持ちを尊重し、当初計画された通りにイベントを催そうと相成った。暗号の答を天乃から真っ先に聞かされたクッキングサークル会長を除き、残りの九人は無事参加し、合宿初日に決行された。

 さすがにノーヒントで『食品交換表』に辿り着く者はおらず、ヒントを小出しにすることで、ぽつりぽつりと正解者が現れた。賞品はもちろんレシピ。ただし、レシピの現物には手を付けず、内容をコピーした物を必要な数だけ用意し、正解者に渡す形を取った。こうして初日が終わる頃には、九人中七人が正解して、ひとまずお開きとなった。

 その翌朝、異変が発覚する。

 会員の一人、足達尚芳あだちなおよしが自室前の廊下で、変死していたのだ。

 俯せ状態の遺体は左手に小皿を持ち、右手の指先には油によるものと思われるてかり。そして周囲には唐揚げが散乱していた。昨晩の夕餉を飾った唐揚げの残りで、冷蔵庫に仕舞ったのをつまみ食いしたかのような状況である。

 当然、警察や救急への通報がなされたものの、折悪しく天候が急変、前の週の台風通過による大雨で緩んでいた地盤に、とどめを刺すかのような豪雨となり、道路が寸断される事態に陥っていた。そのため、警察などの到着もいつになるか分からないという。

 足達の死因は不明だったが、おでこに大きな傷ができていた。何らかの原因で前のめりに転び、壁か床でしこたま打ち付けたのかもしれないし、何者かに殴りつけられたのかもしれない。

 殺人だとしたら動機は何か? まさかつまみ食いを見付かって口論になり、エスカレートした果てに……なんてはずはあるまい。不幸な事故だろうと推定し、遺体を彼の自室に安置して時が過ぎるのを待つことになった。

 ところがである。誰もが沈んだ気分で過ごしていたであろう昼下がり、二時頃になって会長の発案で、冷たいデザートでも作らないかという話になった。そうして皆に声を掛けて回った結果、一人だけ反応がなかったのが米田舞香よねだまいか。ただ、反応がなかったのはあてがわれた部屋にいなかった、出掛けていたというだけなのだが、ではどこに行ったのかというと分からない。悪天候なので、好きこのんで出掛けるとは考えにくいし、出たとしてもせいぜい建物の周囲を見て回るぐらいのはず。

 よって屋内を重点的に探した結果、浴室――正確には浴槽内で服を着た状態で見付かった。左手首を切って大量に出血しており、また浴槽に向けてシャワーから水が降り注いでいたという状況から、一見すると自殺に見えたものの、防御創らしき痕跡が彼女の腕にいくつか見られた点や、傍らに落ちていた包丁にミンチらしき調理済みの肉が付いていた点が不審に思えた。そこでまず、建物内に二つある調理場を調べてみると、前日使わなかった奥の方の調理場で、ピーマンの肉詰めを作っていた形跡があった。いくつかはフライパンで火を通して完成しており、さらに一個だけ、何故かオーブントースターに入れて今まさに焼き上がろうとしていた。いくつかの事実を付き合わせると、米田が恐らくは気晴らしに一人で調理を開始し、ある程度終わったところで何者かに襲われ、死亡。犯人は遺体を浴槽に運び、自殺に偽装した――という筋読みができなくはない。

 と、このタイミングで、突飛な意見を出したのが探偵を自認する天乃だった。

「現段階では単なる思い付きに過ぎないので、そのつもりで聞いてほしい。もしかすると、足達君、米田さんの死は連続殺人で、それも見立て殺人かもしれない。というのも、唐揚げはレシピ集の最初に書かれていた料理で、ピーマンの肉詰めは二番目に書かれていたと気付いたからなんだが。

 見立てる意味がまだ分からないし、殺人犯が犯行後に料理を作るのも変だ。唐揚げはともかく、少なくともピーマンの肉詰めはできたばかりだが、これは米田さんが作ったと見なすのが妥当だと思う。それを犯人が利用したと解釈すれば、見立て殺人という線も捨てきれないと言わざるを得ないんだ」

「じゃあ、もしも次があるとしたら、三番目の料理は何なんです?」

 一年生の山藤やまふじという男子が聞いてきた。彼は暗号を解読できなかった内の一人であり、レシピ集の内容を知らない。

 天乃は返事をサークル会長に任せた。

「オムライスだ」

 そして会長と天乃の二人で声を揃え、「念のため、警戒をするように」と皆の注意を喚起した。

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