第8話_参戦要請

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 008_参戦要請

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 目の前には壮年の人物が座っている。ここは金山城の広間。この壮年の人物は斎藤越前守さんというらしい。

 この金山城は上野国の南東部にある城だけど、斎藤さんは西部の岩櫃城の城主さんだ。


「城主に復帰されたとか、お祝い申し上げる。いやー、金山城の威容に驚き申した」


 この金山城はそれこそ大砲などで攻撃しない限り、難攻不落かもしれない。油断しなければ、十万の大軍に包囲されても落ちないと思う。

 斎藤さんは金山城を褒めちぎった。


「それはありがとう」


 お義兄さんがもっと喜ぶと思ったのか、斎藤さんは拍子抜けの表情。


「さて、本日お伺いしたのは、他でもない」


 話を変えた!


「この八月に関東管領様が率いる越後勢が上野へやってまいります。北条の者どもを駆逐するために、共に関東管領様の下に集いましょうぞ」


 越後というのは、新潟県のことだよね。で、かんとうかんれいって誰?

 関東という苗字の人がいるのかな? 初めて聞いたよ。


 この斎藤さんは戦争の誘いにやって来たわけか。正直言って戦争なんてしなくていいのに。そういうのに、お義兄さんを巻き込まないでほしいよ。

 斎藤さんは必死に参戦を訴えているが、どうも胡散臭い。何というか腹に一物ある感じがする。俺の勘は鋭いんだ。


「斎藤殿の話は理解しました」

「ではっ」

「家臣と相談しますので、別室でお待ちください」


 お義兄さんは、即答を避けた。俺は事情が分からないから、軽々に否定も肯定もできない。ただ、攻められたのならともかく、こちらから戦争を起こすような奴は信用できない。


「さて、皆の意見を聞きたい。忌憚のない意見を述べるように」


 お義兄さんのその言葉で、集まった人たちが意見を言い始めた。

 最初は横瀬さんだ。一応横瀬さんは知行地という領地を減らされたけど、家老相当の扱いをしている人だ。


「関東管領殿は権威はあれど、戦が滅法弱い。これまで何度も北条に敗れましてご座いまする。極めつけは河越城の戦いでございましょう。八倍とも十倍とも言われる戦力を投入して大敗を喫したのです。対して北条勢は今や伊豆、相模、武蔵の三国の他に下総、下野、上野に領地を持つ関東最大の勢力。戦に強く、国力もあります。某は北条勢につくことを進言いたしまする」


 横瀬さんはなかなか説明上手じゃないか。今の説明を聞く限り、今回も関東さんが負けると考えているんだね。


「某は関東管領殿につくことを進言します」


 俺が金山城にカチコミした時にぶっ飛ばした山岡さんだ。なんでも槍の名人らしいけど、いいところなしで、空を飛んだよね。ごめんね。


「我らは坂東武者にて、北条如きに与するなど考えられませぬ」


 それって気持ちの問題だよね。北条さんが嫌いだから、関東さんにつこうっていう感じかな。そういう感情で判断するのは、絶対にしてはいけないことだ。

 同じ戦力なら冷静なほうが最終的に勝つものだ。感情に支配されて、周囲や状況が見えない人に連戦連勝はない。


「それに今回関東管領殿に味方する越後の長尾景虎殿は、なかなかの戦上手と聞き申した」


 ほう、そういう裏情報があるのか。ただの好き嫌いじゃないわけだ。


「長尾殿はたしかに戦上手と聞くが、今回の戦いで指揮を執るのは関東管領殿であろう。長尾殿が戦上手でもそれを生かせぬようでは、話にならぬ」


 横瀬さんが反論する。立場上は関東さんのほうが上らしいから、主導権は関東さんにあるようだ。戦に弱い関東さんが指揮をしたら、強い長尾さんを生かせないというのはもっともな話だと思う。


「某は静観するべきかと存じまする。関東管領殿が指揮をすれば負けが見えており、長尾殿が指揮をすれば勝てるやもしれませぬ。どうなるか分からぬものにつけませぬな。ただし北条如きに与するのは我慢なりませぬ。よって静観を」


 木島さんは静観か。北条嫌い多いね。


「孫九郎はどうかな」

「某は出陣には反対にございます」


 爺やさんがも静観かな。


「関東管領は岩松家が金山城を横領されても何もしてくださらなんだ」


 横瀬さんたちをギロリと睨む。根に持っているね。


「自分が城や国を追われたからといって、こちらに援軍を要請するのは筋が通りませぬ。先ずは筋を通すべきでございましょう」


 筋は大事だよね。感情に近い判断になるけど、筋を通さないと関係がおかしくなる。おかしくなった関係によって、また戦争が起こる。それなら筋を通して、先ずは関東さんがあの時は支援できずにごめんねと、お義兄さんに謝罪するべきだね。


「忠治殿はどうかな」


 え、俺に聞く? 俺、事情を知らないんだけど。そんな俺に言えることは―――。


「筋は大事ですね」


 これ以外は言えない。あとはお義兄さんが当主として判断してね。

 お義兄さんは目を閉じて一分ほど考えた。


「私は動かない。関東管領殿にも北条殿にもつかぬ」


 判断が下った。誰も異を唱えない。

 でも戦争の用意はしないといけないだろう。どちっちの勢力にもつかないということは、どちらからも攻められる可能性があるということだ。そういう時に備えないとね。


 うちが出陣しないと言ったら、斎藤さんはあからさまに不機嫌になった。お義兄さんに考え直してと迫ったけど、答えはノーだ。最後にはぷんすか怒って帰っていった。


 こういう交渉の場で感情を露わにするのはよくないと思う。

 あれでは関東さん側が負けそうな時にうちに援軍要請できないでしょ。何があるか分からないのだから、最悪を考えて関係を悪くするような態度はとらないほうがいいと思うよ。





 静観と決まっても、戦の準備をしないといけない。戦の準備にはお金が要る。そしてこの時代はお金ではなく、銭というのが一般的らしい。


 爺やさんと木島さんが銭の勘定をしている。見せてもらったが、かなり傷があって状態が悪いものが多かった。こういうのを悪銭と言って、価値が低いものらしい。

 現代だと傷ついたお金は銀行で両替してもらえるんだけど、この時代では悪銭五枚が綺麗な良銭一枚の価値らしい。

 しかも城内にある銭の半分は悪銭だった。馬鹿らしいから、その悪銭を全部新品同様にしてやった。爺やさんと木島さんが歓喜していたな。


 銭は銅でできていた。厳密には青銅だね。銅銭って言うんだってさ。

 銅銭を一枚潰せば十枚以上の銅銭の欠けた部分を補って余りある。錬金術で新品同様の銅銭にすれば、一枚が一文として通常の価値として使える。


 そこで俺は考えた。米の売買の代金を悪銭でもらえば、もうかるんじゃないかと。それどころか両替商をしたら丸儲けだよね。


 五枚で一文だった悪銭が、一枚一文になるんだ。

 悪銭百枚で良銭二十文だったものが、良銭九十文に生まれ変わるんだ。四・五倍だよ、ウハウハだよね。


 周辺の商人に声をかけて、悪銭を新品同様の良銭に両替してあげた。悪銭は嵩張って重いから、商人たちは喜んだよ。悪銭一千枚につき、手数料は十文と格安の両替だからね。


 悪銭一枚を潰す以外は、俺が錬金術を使う手間暇だけ。それだけしかかかってないし、手数料までもらえるんだ。美味しい商売だよね。




 もうすぐ関東さんがやって来る時期だ。爺やさんと横瀬さんたちが忙しく働いている。爺やさんは商人から米や塩などの食料と、刀、槍、弓、矢、防具を買い込んでいる。


 戦争の時は農民を足軽として徴兵するらしいけど、そういった足軽に武器や防具を貸し与えるそうだ。戦いが終わったら返してもらうんだって。

 そのまま貸したままにすればいいと爺やさんに言ったら、そんなことしたら一揆の時に武装して厄介だと怒られた。

 それって一揆が起こる前提なんだね。起きないようにすればいいのにね。


 運び込まれた刀の一本を手にしてみた。


「何このなまくらは」


 俺、これでも武器にはうるさいよ。なんたって命を預けるものだからね。こんな鈍らに命を預けるなんて考えられないよ。


「それは数打ちものですから、業物に較べると見劣りするのは当然です」


 武器もそうだけど、防具も大したものではない。胴を護るものと陣笠とちょっとしたもの。靴じゃないんだよ、草鞋なんだよ。今さらだけど、もう少し何かあるだろうと思うわけ。


 そんなわけで武器と防具を錬金術で強化した。せめてよく切れる刀や槍に、しっかり守れる防具になればと思ったんだ。さすがにフルプレートメイルは無理だと思うけど、今よりはよくした。

 靴はすぐには無理だけど、いずれは作ってあげたいね。


 

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