第3話_岩松家の過去
■■■■■■■■■■
003_岩松家の過去
■■■■■■■■■■
目の前には四十代と思われる男が立つ。なかなかの気迫だ。
「某、上泉信綱と申す。新陰流を使う」
自己紹介からね。大事なことだと思う。
しかし新陰流って柳生さんじゃないの? 関係者かな? お弟子さん?
「俺は賀茂忠治です。剣は独学です」
戦いの中で昇華させた我流の剣術です。
「忠治。勝ってみせよ」
胡蝶さんは無邪気に応援してくれる。
その横に可愛らしい男の子が座っている。まだ小学校に上がったばかりの幼い子だ。弟かな?
「姉上。あの者が伊勢守様に勝てるわけがありませんよ」
姉上と言っていたから、弟なんだね。細面で丸顔の胡蝶には似てないけど、仲はよさそうだ。
「妾は忠治が強いと信じているのじゃ。幸寿丸も忠治を応援するのじゃ」
何をどうしたらその信頼が生まれたのか聞いてみたい。俺は胡蝶にシチューを食べさせてやっただけなのに(笑)
「えー、私は伊勢守様を応援します」
「幸寿丸は裏切り者じゃ!」
「なんでっ!?」
できれば俺を応援してね、幸寿丸君。そのうちお義兄さんになるからさ。
「某が審判を務める。伊勢守殿も忠治もよいか」
伊勢守というのが上泉信綱さんのことらしい。この時代の名前とかわけ分からん。
俺と伊勢守さんが頷くと、審判の爺やさんが手を上げる。
「それでは、構えて」
木刀を正眼に構える。伊勢守さんも構えた。
木刀を構える立ち姿に無駄なところかない。キム●ク似のこの人、相当な使い手だ。
どうでもいいけど、俺のことは呼び捨てなんだね、爺やさん。まあ俺よりかなり年上だからいいけどさ。
「始め!」
その瞬間、伊勢守さんの気が膨れ上がった。
素晴らしい剣気だ。普通の人なら、これだけで腰を抜かすと思う。
俺も剣気を発すると、剣気同士がぶつかりあって土煙が巻き上がる。
「うむ。かなりやるようだな」
「伊勢守さんもね」
先ずは軽くジャブを撃っておくか。
するすると足を進めて間合いを詰める。伊勢守さんも間合いを詰めてくる。ゆっくりとした動きだが、気を抜くと一瞬で間合いはゼロになるだろう。
「はっ」
三連突きを放つ。
「ふんっ」
伊勢守さんが木刀でいなす。柳のような柔らかな動きだ。やっぱこの人、強いわ。
攻守が反転し、伊勢守さんが袈裟切り。右足を半分引いて躱す。
おっと、木刀が伸びてきた。さらに四分の一分下がる。
「む、今のを躱すか」
「ちょっと焦りましたよ」
「ふっ。ちょっとか」
今のは多分だけど左手の使い方なんだと思う。もう一度見ればはっきりするだろうけど、簡単に見せてもらえないだろうね。
お互いに何度か攻防した。やっぱり隙が少ない。
異世界でも剣の腕だけで成り上がった人を何人も見たけど、この人はそれらの人よりも強い。
この人はこれまでにどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。
「ふふふ」
距離を取ったら、いきなり笑い出した。危ない人?
「まさかここまでやる者がいるとはな。賀茂忠治殿と言ったか、これからが本当の勝負でござる」
「望むところですよ、伊勢守さん」
強い人って、なんで強い人に会うと笑うんだろうか。異世界でもこういう人が何人もいた。皆強かったよ。
「参る!」
「応よ!」
伊勢守さんの姿がブレる。
「奥義之太刀、八箇必勝」
一歩踏み込んだと思ったら、伊勢守さんの姿が懐にあった。
「うおぉぉぉっ」
こりゃ凄い。まさか懐に入られると思ってもいなかったよ。
この剣を受けるのは悪手だ。剣ごと持っていかれる。だったら、躱すしかない。
足の親指に力を入れて、剣を躱しつつ伊勢守さんの後方に回り込む。
伊勢守さんが木刀を振り切ったところで、俺は木刀を伊勢守さんの首に当てる。
「………」
伊勢守さんはまさか避けられると思ってなかったのか、微動だにしなかった。
「俺の勝ちでいいですか?」
伊勢守さんから剣気が消えた。
「参り申した」
「しょ、勝者、賀茂忠治殿!」
お、爺やさんが俺に殿をつけて呼んだよ。もしかして認められちゃった?
「お見事!」
え、誰? 伊●淳史に似た人が胡蝶の横に腰を下ろした。
俺の胡蝶の横に座るとは、君は誰よ? ことと次第によっては、ぶっ飛ばすよ。
「殿!」
爺やさんが膝をつき、伊勢守さんが一礼。
殿というと……誰?
「貴殿は凄いですね。伊勢守殿に勝つ者など古今東西、いないと思っていましたよ」
「俺は賀茂忠治です。あなたは?」
「そうか名乗ってなかったね。私は岩松守純。一応この屋敷の主だね」
なんというかおっとりとした人だ。
「忠治。これが妾の兄じゃ。頼りない男だが、名門岩松家の当主である」
ほう、胡蝶のお兄さんか。
それじゃあ、俺の将来のお義兄さんだね。なんちゃって(笑)
てか、妹の胡蝶に頼りないと言われるとか、お兄ちゃん可哀想(泣)
伊勢守さんに倣って膝をついて挨拶をする。
「改めまして、私は賀茂忠治と申します。この度、胡蝶様にお仕えすることに相なりましてございます。以後、お見知りおきくださいませ」
これでも三十のオッサンだから、ちゃんとした挨拶くらいできるよ。これ以上は無理だけど。
「胡蝶。これほどの人をどこで見つけてきたのだ」
「道で拾ったのじゃ」
拾ったって、犬や猫じゃないんだから(笑)
そもそも俺が胡蝶を餌付けしたんだからね。
「私に譲らないか」
「嫌じゃ」
「じゃあ、たまに貸して」
「そのくらいならいいのじゃ」
俺はレンタル彼氏ですか。
「忠治殿。伊勢守殿に勝った褒美をやりたいところだけど、見ての通りの貧乏所帯です。飯くらいは食わせてやれますが、それ以上は期待しないでほしい」
ぶっちゃけたね。たしかにお金持ちには見えないけどさ、そこは見栄を張ろうよ。
「承知しました。胡蝶様のために命がけで働きます」
とりあえず、ご飯ゲットでいいのかな。
お義兄さんは胡蝶が言うように頼りなさそうだから、俺がしっかりしないとね!
「伊勢守さん。岩松家は貧乏なのですか」
苦笑した伊勢守さんが、答えてくれる。
「元は金山城主だったのですが、家臣だった横瀬成繁に横領されてしまったのです。今はこのような屋敷で雨風を凌ぐ有様です。もっとも某も人のことは言えませんが」
どうやら色々と込み入った話のようだ。伊勢守さんも含めてね。
場所を部屋の中に移して、色々聞いた。俺を忠治殿と呼ぶようになった爺やさんがかなりヒートアップして話してくれた。
爺やさんによると、岩松家は歴史のある清和源氏流河内源氏系なんだとか。さっぱり分からん。
そんでもって岩松家はこの上野国新田郡の金山城の城主だったんだけど、家臣の横瀬成繁によって城を奪われてしまったんだとか。下剋上ってやつだね。
それ以来、このちょっとおんぼろな屋敷で家族が身を寄せて暮らしているのだとか。
家長の岩松守純さんことお義兄さんがあのように頼りなく、さらには覇気がないことから金山城を奪い返すことはしていないらしい。お義兄さんが笑って説明してくれた。それ、どうなのと思うが、本人が言うのはいいのだろう。あまり争いを好まない感じだもんね、お義兄さん。
それから伊勢守さんは、城を敵である北条家に奪われたらしい。北条といえばうじちか君だね。あのうじちか君では伊勢守さんに敵わないと思うけど、数で押し切ったんだと思う。あとは部下だよね。上司が駄目な人でも優秀な部下がいればなんとかなるものだよ。
「某、城を失って以来、放浪をしていてたまたま滞在していたところでしたが、師匠と出逢うことができて僥倖でした」
「ん? 師匠?」
「某、修行不足を痛感いたしました。師匠の弟子にしていただきたく」
なんでやねん!
「いや、俺の剣は独学の我流ですから、教えるようなものじゃないですから」
「師匠の剣はまさに神の域に至っております! どうか某を弟子に!」
「弟子にしてやるのじゃ、忠治。妾が伊勢守殿の弟子入りを認めるのじゃ」
「えええ……」
独断専行はよくないと思います!
「伊勢守を弟子にすれば箔がつくのじゃ」
「胡蝶姫、ありがとう存じます。師匠、よろしくお願い申しあげまする」
参ったな、こりゃ。
なんだかんだあったけど、俺は胡蝶の側近になった。主に護衛らしい。じゃじゃ馬の胡蝶が屋敷の外へ遊びに行く時は絶対ついていけと、爺やさんに言われた。目が怖かったよ、爺やさん。
それと伊勢守さんが俺の弟子になった。しばらくは俺に師事するために、この屋敷に逗留するとのこと。あまり大きな屋敷じゃないし貧乏そうだから、長居したら駄目だよ。俺? 俺はいいんだよ。家臣だし、将来は胡蝶の夫になるんだから。
俺は屋敷の一角に部屋があてがわれた。四畳半の小さな部屋だけど、飯が食えて雨風しのげるだけで十分だ。異世界では一年の半分は野宿してたから、これだけでもありがたい。
その部屋で俺は腕を組んで唸っている。
「これは米だよな……」
お椀に盛られた米は茶色かった。
箸で持ち上げると、粘り気が少ない気がした。
食べたら……硬い。ちょっと苦い? でも噛んでいると甘味が出て来る。
「うーん……びみょー」
そもそも米が茶色いとか、腐ってないよね?
「女性の他に、米が食べたくて日本に帰ってきたのに……これじゃあ、なんのために帰ってきたのか分からないじゃないか」
怒りがこみ上げてきた。
「やっぱ、あの神様を殺すか!」
『ひえぇぇぇっ』
『止めてください。それは玄米だから茶色いんです。精米すれば白くなりますから、殺さないでください!』
む、精米か。そういえば、そんな言葉を聞いたことがあるような。
「どうしたら精米できるんだ?」
『茶色の部分を削るんです。臼に米を入れて杵でつけば削れますから、試してみてください』
「了解。精米してみるよ」
この神様、聞けばなんでも教えてくれそうだな(笑)
「とりあえず、米は米だ。食うか」
しかしおかずがみそ汁と漬物だけとか、凄い質素だな。肉はないの? 魚は?
ないものはしょうがない。おかずは自前で用意するか。
米に合いそうなのは、魚の塩焼きかな。
三十センチほどの魚の塩焼きを出して、箸でほじる。白身の魚で鯵っぽい。塩気のおかげで米が進むぜ。
「何を食べているのだ?」
「鯵っぽい魚の塩焼きですよ」
って、なんで胡蝶がいるの?
夜に男の部屋にきたら駄目でしょ。襲っちゃうよ。しないけど。
「妾にも食べさせてたもれ」
「ええぇ……」
「なんじゃ、妾にはないのか?」
「……ありますけど」
もう一匹出して、差し出す。
「それはどこから出て来るのじゃ?」
「秘密です」
「忠治は妖の類のものか?」
「あやかし?」
「物の怪ということじゃ」
ああ、なるほど。ようは天狗や妖怪みたいなものだと思われているわけか。
「そうかもしれませんよ。俺を雇うのを止めますか?」
「妖でもいいのじゃ。こうやって美味しい魚を食べさせてくれるのじゃから」
欲望というか食欲に忠実だね。
そういうの嫌いじゃないよ。米も食べな。
「美味しいのじゃ」
「美味しいね」
あの殺伐とした戦いの世界と違って、胡蝶とのひと時はほっこりするな。すり減った心が癒される。そんな気がする。
「おかわりなのじゃ」
「はいはい」
お椀を受け取り、米をよそってあげる。
「姫様なのに、いい食べっぷりだね」
「食べなければ動けないじゃろ」
「ごもっとも」
動く前提なんだね。でも健康的でいいと思うよ。
胡蝶は綺麗に魚を食べた。残っているのは頭と骨と鰭だけ。気持ちよい食べっぷりだ。
※史実では新陰流の成り立ちはもう少し遅いと思いますが、前倒ししています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます