第2話_胡蝶に懐かれた?

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 002_胡蝶に懐かれた?

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 これからどうしようかな。

 まったく、神様もいい加減なことをしてくれる。


「はぁぁぁっ……」


 大きなため息が出た。


 とりあえず、お腹が空いた。お米が食べたい。異世界に米はなかったから、十三年ぶりの米が食いたい。


「そういえば、この時代にファミレスないよな……」


 どこで米が食える? 自分で炊くのか? いやいや無理でしょ。

 向こうで自炊は覚えたけど、米がなかったから炊き方なんて知らないし。


「食堂ならあるのか?」


 それ以前にお金持ってないんですけど。召喚された時の財布はちゃんとアイテムボックス内に入っているけど、紙の千円札なんて使えないよな、さすがに。


 あ、きんなら持ってるから、使えるよな。黄金だよ、黄金!

 黄金の価値は万国共通だ。現代日本でも異世界でも価値を認められていたんだから、この時代でも大丈夫なはずだ。


 幸いにもアイテムボックスの中には、トン単位で金塊が入っている。異世界の王様たちが報酬としてくれたものもあれば、魔族が貯め込んでいたものを回収したのもある。

 多分だけどこれだけの金塊があれば、食うに困ることはないはずだ。


 でも金塊出して、ご飯を食べさせてというのは無理があるよな。絶対にお釣りもらえないパターンだ。間違いなく引かれるよ。


「しまったなー。うじちか君からお金を少し分けてもらっておくべきだったな」


 カツアゲじゃないからな。これは命を狙われたことへの賠償だ。もらってないけど。


「しかし家少ないなー。集落レベルの疎ら感が俺の心を抉るぞ」


 とりあえず飯を食おう。米はないが、アイテムボックス内には食材も料理も色々入っている。


 丁度いい石に腰かけ、膝の上にサンドイッチとシチュー入りの皿を出す。シチューは出来立てをすぐにアイテムボックスに入れたから、熱々のままだ。時間経過がないアイテムボックスって便利だよね。


「はむっ」


 サンドイッチの具はオーソドックスにドラゴンの肉で作ったハム、コカトリスの卵の薄焼き、レタスのような葉物野菜だ。


 異世界にはマスタードもマヨネーズもなかったから、凄く落ち込んだ時期があった。

 なんとかマヨネーズだけは乏しい知識を総動員してなんとか作ったよ。

 マヨネーズを作ってからは、灰色の食生活が彩られた気がして泣いたよ、本当。あの感動は今でも忘れない。


「はむっ。むしゃむしゃ」


 サンドイッチはマヨネーズが利いていて美味しい。

 美味い、旨い。サンド旨し。


 魔王との戦いは三日続いたから、その間食事できなかったんだよな。本当にギリギリの戦いだった。おかげで体重が五キロは減ったはず。もっとかな。


 ……見られてる?


 馬上からシチューをガン見する人影がある。逆光でシルエットしか見えないが、小柄だ。

 もしかしてシチューが食べたいのか? いい匂いさせてるもんな。


「いい匂いなのじゃ」


 鈴の音のような可愛らしい声だ。女の子なのか?


「食うか?」

「いいのか!?」


 やっぱり声が高い。


「ああ、構わんぞ。ほれ」


 まだ口をつけてないシチューを差し出すと、ガバッと馬から降りてシチューを受け取った。

 伊●沙莉似の丸顔の可愛らしい少女だ。うじちか君より少し上かな。高校生になったかどうかって年頃かな。


 俺が十歳若かったら、彼女になってくださいと土下座していたかもしれない。それくらい可愛いく、愛らしい子だ。


 これでも勇者だったから異世界ではそれなりに結婚の話があった。王女様とか貴族のお嬢様とか色々紹介された。それをモテ期と勘違いした時もあった。でもさ、皆西欧系の顔立ちなんだ。俺、日本人の女性が好みなわけ。

 たしかに美人だし可愛かったし、俺には勿体ない女性たちだった。日本人の顔立ちが好みじゃなければ、速攻で飛びついていただろう。


 そして今、俺の目の前にはあれほど恋焦がれた日本人の可愛い少女が立っている。このまま一日中眺めまわしたい。はぁはぁ……。


「お……」


 シチューを口にした彼女が、目を剥いた。

 え、毒なんか入ってないよ。


「美味しいっ!」

「お、おう。それは良かった」


 シチューはクリーミーでちょっとチーズのような匂いがする。日本のクリームシチューも懐かしいが、これはこれで美味しいんだ。


 彼女は夢中でシチューを食べた。すぐに皿は空になり、もの悲し気に皿の底を見つめる。


「もっと食べるか?」

「いいのか!?」


 アイテムボックスからシチューが入った皿を出す。あと数枚は入っているし、かなり大きな鍋に満タンある。鍋には数十人分のシチューが入っている。作った直後にアイテムボックスに入れたから、いつまでも熱々だぞ。


「え、どこから?」

「細かいことは気にするな」


 説明する気はないし、説明しても理解してもらえるとも思えない。それ以前に変な奴だと思われるだけだ。

 空になった皿と交換してやる。湯気が立ち上り、匂いが彼女の鼻をくすぐる。その匂いに負けた彼女はシチューを口に持っていく。


 俺もサンドイッチを食べて、自分用にシチューの皿を出す。

 あむあむ。旨いねぇ。


「ふー、腹が膨れた。久しぶりの飯だったから、生き返ったぞ」

「久しぶりのしょくであったのか?」

「ああ、三日ぶりだ」

「食い詰め牢人か」

「くいつめ……?」


 ああ、牢人な。主人を持たず、無職のニートな人のことだね。三日ぶりの食事って言ったらから、勘違いされたんだな。いや、現状はそうなのか。俺、三十になってもニートだよな……(泣)


「まあそんなところだ」


 魔王を倒して日本に帰ってきたら、違う時代だった。少し家に閉じこもって異世界でやさぐれた心を修復したいよ。


「一宿一飯の恩義なのじゃ。そなた、妾に仕えることを許すのじゃ」

「はぁ?」

「妾は岩松守純が妹、胡蝶じゃ。ついてまいれ」


 そう言うと彼女は華麗に馬に乗り、走らせた。


「お、おい」

「早く来ぬか!」


 マジかぁ……。

 仕方ないからついていくが、『いわまつもりずみ』って誰だよ? 一五五二年といえば、戦国真っ只中だよな。まったく知らん武将の名前だ。


 こんなことならもっと勉強しておけばよかった。そういえば俺って学歴が中卒なんだな……。高校中退(強制召喚)になってるもんな。学歴社会においてけぼり! でも今は戦国の世だ。学歴なんて関係ないぞ!


 胡蝶は馬を走らせた。俺じゃなければ絶対についていけない速度だ。三十分程走ったところで、木の塀に囲まれた屋敷があった。お世辞にも立派な屋敷ではない。


「姫様!」


 門から白髪頭の人が飛び出して来た。


「爺や。今帰ったのじゃ」

「今帰ったではありません! どれだけ心配したか!」

「あー、うるさい。お小言は聞かぬのじゃ」


 胡蝶はかなりのお転婆っぽい。爺やと呼ばれた北大●欣也さん似のお爺さんの気苦労が知れる。気苦労で白髪頭になったんじゃないよね?


「む、何奴!?」

「爺や、その者はいいのじゃ」

「しかし……」

「その者の名は……名はなんと言うのだ?」


 知らずに連れてきたのかよ!

 まあ、俺も名乗ってない自覚はあるが。


「俺は賀茂忠治かもただはる。気軽に忠治と呼んでくれ」

「うむ、忠治じゃな。爺や、この者は忠治じゃ。妾に仕えることになったのじゃ」

「仕えるなどと、そんなに簡単に仰って……」


 爺やさん気苦労が絶えませんね。


「忠治、行くのじゃ。ついてまいれ」


 マイペースなお嬢さんだこと。

 まあ異世界にもこういうお姫様はいたけどな。もっとも馬に乗って一人で出かけるようなじゃじゃ馬はいなかったけど。


 胡蝶の部屋までついていく。爺やさんもついて来る。部屋の中に入ろうとしたら、爺やさんに止められた。


「お主はここで待て」


 縁側で待機らしい。

 爺やさんは部屋に入るのね。分かっていたけど、寂しいじゃん。

 仕方ないのでどかりと座り込んで、胡坐をかく。


 思わずついて来てしまったが、俺は胡蝶の中で家臣なのか? 仕えろと言ってたし、そうなんだろう。

 ここまでついてきて家臣じゃないと否定すると、胡蝶が悲しむか。それは駄目だ。可愛い女の子の涙は見たくない。


 まあいい。この時代に慣れてないから、しばらく厄介になろう。それに胡蝶は可愛いし、好みだからな! はあ、若返りの魔法があれば、今頃土下座してお願いしているのに。

 やっぱ仕えるなら、可愛い子がいいよね。暑苦しい男より絶対にいい。我が儘も心地よいってものだ。


「忠治、何をしておるのじゃ。入ってまいれ」

「え、いいの?」

「いいから、入るのじゃ」


 爺やさんに待てと言われたから待ったのだけどさ。

 てか爺やさん、めっちゃ睨んでるんですけど。


「忠治は腕は立つか?」

「腕?」


 腕立て伏せでもしろと?


「剣や槍の腕はどうかと聞いておるのじゃ」


 ああ、腕っぷしのことね。

 槍でも弓でもなんでもできるけど、剣の腕は人類最高レベルだぜ(ドヤ顔)


「まあ、剣の腕には自信があるかな」

「うむ。ならば伊勢守と試合いたすのじゃ。爺やがぎゃーぎゃーうるさいから黙らせるのじゃ」


 爺やさんだって見ず知らずの俺を簡単に受け入れることなんてできないよね。それくらいは理解できる。


「構いませんよ」

「爺やもその試合を見て、忠治のことを判断するのじゃ」

「分かり申した」


 ところで伊勢守って誰よ?


 

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