戦国魔法異聞録 ~赤鬼?陰陽師?いえ魔法使いです!~

大野半兵衛(旧:なんじゃもんじゃ)

第1話_帰還したら戦国時代だった

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 001_帰還したら戦国時代だった

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 長い戦いだった。

 高校二年の時に異世界勇者召喚された俺は、今では三十のオッサンになってしまった。


 目の前では召喚されてからずっと戦い続けてきた魔王ゾドンの骸が無残に転がっている。

 かつてはこの世界の九割を支配下に置いた、最強の魔王の最後だ。


 その胸にある幻想魔導という特殊なアイテムによって、魔王は無尽蔵な魔力を誇っていた。今それが俺の手の中に。


「十三年か。俺は十分戦ったぜ、神様よ」


 神様との約束は魔王を倒すこと。それをしたら、俺は元の世界に戻れる。

 最初は本当に元の世界に戻れるのかと半信半疑だった。それは今でも変わらない。

 だけどそれを心の拠り所にして戦ってきた。望郷の念と言うのは、簡単に捨てることもなくなることもない。


「約束は果たしたぞ! 俺を元の世界に戻してくれ!」


 高く掲げると、俺の気持ちを受けた幻想魔導が輝いた。


「おおおっ!」


 光が魔王城を浄化するように広がっていく。


 これで帰れる。こんなに嬉しいことはない。


 ピキッ。


「え!?」


 その時幻想魔導にヒビが走った。おい、大丈夫なだろうな。頼むぞ、神様よ。


 視界が光りで埋め尽くされた俺が次に見たのは、鬱蒼と木々が生い茂る森だった。

 俺は平地と森の境にいるようだ。


 魔王城にいたのに、森のそばにいる。おそらくは世界を超えた転移に成功したのだろう。だけど―――。


「ここはどこだよ? 日本なのか?」


 日本の田舎の風景と言われれば、そうなのかもしれない。ただし家の一軒もない。ぽつん●一軒家どころか、一軒もないんだ。


「なんでこんな田舎に飛ばしたんだよ……」


 せめてもう少し文明の匂いがする場所にしてくれよ。

 とにかく東か西に向かおう。百キロか二百キロかはしらんけど、海に出られるだろう。

 それにいくら田舎でも、山を一つ二つ越えれば家くらいあるはずだ。


 ドドドドドドドドドッ。


「ん、なんだ?」


 地響きのような音に、俺は振り返った。

 遠くに土煙が見えて、それがこちらへ近づいてくる。


 ドドドドドドドドドッ。


「馬……か」


 大量の馬、その上には人が乗っている。


「うわー、時代劇かよ」


 騎馬武者だ。鎧を着ている。コスプレか。十三年も経過すると、コスプレを大々的にやる人たちがいるのか?


「しかしなんで騎馬武者なんだよ? 時代劇の撮影か? 大●ドラマか?」


 まだ時代劇の撮影のほうがしっくりくる。なかなかの迫力だ。カメラはどこだ? まさかドローン撮影か?


 先頭を走ってきた騎馬武者が止まった。馬が後ろ立ちになって止まるのを制御して格好いいな、おい。

 向こうの世界では馬じゃなくドラゴンにライドオンしていたけど、やっぱ馬はいいよなー。でもドラゴンのブレスの迫力は圧巻だぞ。


「貴様、何者か。このようなところにいるとは、関東管領の間者か!?」


 騎馬武者がたくさんいる。喋りかけてきたこの武者を、仮に武者Aと呼称しよう。

 俺を誰何したけど、武者Aのセリフは本当にそれでいいの? 俺、エキストラじゃないよ。


 それよりも、かんとうかんれい? かんじゃとはなんだ? 分からん。


「ええい、怪しい奴め。構わぬ、斬り捨てよ!」

「おい、乱暴だな」


 周囲を五人の武者に囲まれた。そのうちの一人がいきなり切りかかってきた。


 十三年間地獄のような戦場を生きてきたことで、危機への対処は体に染みついている。

 切りかかってきた武者Bの刀を避けてカウンターで顔面に拳を入れる。


 メチャッ。

 あ、ヤベェ。顔面が潰れ、武者がその場に崩れ落ちるように倒れた。

 撮影の邪魔をした挙句、人殺しとか……。俺が悪いんじゃないんだ。切られそうだから、つい体が反応しちゃったんだ。


 って、今、本気で俺を殺そうとしたよね。殺気には敏感なんだよ。どういうこと? 撮影じゃないの? あんたたちただのイカレた人?


「おのれ、よくも三左衛門を!?」

「どう見ても正当防衛だろ!」


 殺気を乗せて切りかかってきたのだから、俺は悪くない。うん、悪くないんだ。


「こいつを殺せ! 殺してしまえ!」


 さっきも殺せと命令していたよね。こいつ危険な奴だ。


 武者Aが半狂乱になって殺せと連呼するものだから、武者Cから武者Fが一斉に切りつけてきた。


 振り下ろされる刀を紙一重で躱し、カウンター。武者Cから武者Fの四人が倒れた。

 向こうで培った戦闘の勘は、こっちでも健在だ。大して力を入れてないけど、完全に顔面が陥没していることから力はそのままのようだ。


「おのれぇぇぇっ!」


 武者Aが般若のような形相で、槍を突き出してきた。

 馬に乗っているせいか、槍は三メートルもない短いものだ。

 その槍をひょいっと躱し、掴む。


「むっ、こ奴め、離せ!」

「うるせーよ!」


 人をいきなり殺そうとしたことに、俺は怒っているんだぞ。

 槍を引っ張り、武者Aを馬から引きずり落とす。


「うがっ」


 ガシャガシャッと鎧が派手な音を鳴らす。


「この無礼者め」

「無礼はお前だ!」

「ぶべらっ」


 武者Aに往復ビンタをかます。

 周辺にわらわらと武者やら兵士やらが群がってくるが、手を出そうとしない。


「おい、お前。何様だ、ごらぁぁぁっ」


 囲まれても構わず、パシパシッと何度も往復ビンタ。


「ひぃぃぃっ」

「泣くな馬鹿野郎!」


 武者Aの顔をよく見ると、かなり若かった。まだ中学生くらいじゃないか。頬が晴れて下膨れになっているけど、若いことは分かる。


「貴様! この方を北条新九郎氏親様と知っての狼藉か!?」


 武者Gが怒鳴った。


「しんくろう……うじちか……?」

「そうだ、北条家の嫡子であらせられるぞ」


 ほうじょうは北条か。だけど『うじちか』なんて知らないぞ。北条で知っているのは……鎌倉時代の執権が北条家だったことと、あとは戦国時代の北条氏康くらいか。残念ながら歴史に詳しくないんだ、俺。


「知らんなぁ」

「なっ、氏親様を知らぬとは、どこの田舎ものだ!?」

「こっちとら江戸っ子でぇ、べらんめぇ」


 手の平で鼻水を拭く仕草。

 異世界に行って何度かやったけど、誰も反応してくれなかった。目を逸らされて、可愛そうな子の扱いをされた。

 でもここは日本ぽいから大丈夫だ。江戸っ子は通じるはずだ。


「何、江戸だと!?」

「おうよ。花のお江戸は、世田谷の出身でぇ」


 どやっ。決まっただろ(キラッ)


「はぁ? 花のお江戸? あんな田舎が花なら、小田原は天国じゃ。がははは!」

「小田原だとぉ。箱根が近い良いところだとは思うが、小田原じゃあなぁ」


 小田原のイメージは伊豆が近いことかな? 温泉はいいよ、温泉は。異世界では温泉なんてなかったんだよ。もうね、最悪さ。


「あんな湿地のド田舎の出身とはいえ、北条の御曹司であらせられる新九郎氏親様を知らぬとは、田舎者で済むようなことではないぞ」


 武者Gにぎゃはははと笑われた。そんなにおかしいか?


「どうでもいいが、さっさと氏親様を離せ! 死にたいか!?」


 武者Gにつられて、皆が槍を向けてくる。


「槍を向ける奴の話など聞く気はないぜ。人にものを頼む時は、頭を下げるものだ」

「おのれぇ、言わせておけば」


 槍を向けてジリジリと近づいて来るから、うじちか君の襟首を持ってひょいっと槍の前に出してやる。槍の先に鼻先がプスリ。


「ひぃぃぃっ。や、止めろ、お前たち、下がれ。下がるんだ!」


 うじちか君、めっちゃテンパってる。怖いのは分かるが、小便を漏らすのは止めてくれ。


 そんなことをしていると、またドドドドドドドドドッと聞こえて来た。

 うじちか君たちが来た反対側からだ。


「おお、お仲間じゃ。貴様、ここから無事に帰られると思うなよ!」

「いや、思っているけど」


 数が多ければなんとかなると思うのは、凡人の証拠だ。魔王や勇者は百万の軍勢に勝る最終兵器。これまでどれだけ多くの魔族や魔物に囲まれても俺は生き残ってきたんだぜ。


「早く新九郎様を離せ!」

「言っただろ。槍を向ける奴の言うことなんて聞く気はない。むしろ、このうじちか君の首を捻じ切ってやろうか」


 うじちか君の首に手をかけると、うじちか君が泣き叫ぶ。


「はぁ……。人を殺せと言うなら、自分も殺されるくらいの覚悟をしておけよ」


 うじちか君の覚悟のなさにため息が出る。こういう覚悟のない人はどこにでもいる。嫌と言うほど見て来た。あまり好きになれない人たちだ。


 ここが日本なのは、何となく察したが、どう考えても現代じゃない。鎧を着込んだ武者がいる時代。江戸時代よりも前の可能性が高いだろう。


 さて問題です。

 相手は皆脳筋で、俺の話を聞こうとはしない。

 俺は以前の力がそのままっぽいので切り抜けるのは簡単だが、どうするか。


「おい、うじちか。これからはあまり調子に乗るんじゃないぞ。もし調子に乗ったら、ぶっ飛ばしにやって来るからな」

「ひぃ……しません。調子にのりませんから、お許しを」

「オーケー、約束だ」


 襟首を離すと、地面に落ちてカエルのような声を出した。


「それじゃあ、俺はこれで消えるわ。じゃあな」


 バビューンッと空を飛んでみた。最悪はジャンプして軍勢の上を飛び越えようと思っていたが、こっちでも魔法が使えるようで何よりだ。


 俺が飛んだ時のうじちか君の顔はとても面白かった。

 武者たち間抜け面をしていた。その顔を見られたことで、少しだけ溜飲が下がった。


 空から見下ろすと、家や城があった。うん、城だよ、こんちくしょう。

 少なくとも現代の家ではなく、めちゃくちゃ昔っぽい家だ。しかも城は熊本城や姫路状のような重厚な石垣があるわけでも、立派な天守があるわけでもない。

 瓦はなく木の板で造られている感じが、年代を感じさせる。


「幻想魔導のヒビがいけなかったのか? 俺のせいじゃないだろ、あれ……」


 なんだか腹が立ってきた。


「神様よぅ、話が違うじゃないか」


 俺はちゃんと約束を守って魔王を倒したのにさ。


「本当にぶっ殺しに行くからな、あんた」


『勘弁してください』


 む、今何か聞こえたような? 気のせいか。


「しかし、神様の居場所知らないからなー。殺したくても殺せないんだよなー。」


『ホッ』


「おい、聞いてるのは分かっているんだぞ、この野郎。さっさと俺を元の時代に戻せ」


『あわわわ。ごめんなさい。できないのです』


「あぁぁぁんっ。ざけんなよ、ぶっ殺すぞ!」


『幻想魔導の魔力を使えば、勇者を元の世界、元の時代に戻すことは十分にできるはずでした。でも魔王と勇者の戦いの中で幻想魔導が傷ついてしまい、十分な魔力を供給できなかったのです』


「それは俺が幻想魔導を傷をつけたから、俺が悪いと言ってるのか、おい」


『決してそのようなことはっ!!』


「で、本当に戻れないのか?」


『……はい。ごめんなさい』


「ここは日本でいいんだな?」


『間違いなく日本です』


「時代は?」


『天文二十一年です』


「和暦かよ!? 西暦で言えよ、西暦で!」


『えーっと……あれがこれなので……一五五二年です』


「たしか関ヶ原の戦いが一六〇〇年だから、それよりも五十年も前かよ。戦国時代じゃないか」


『四八年前です』


「そんな細かいことは、どーでもいいんだよ!」


『はい。すみません!』


「で、ここはどこなんだ?」


『こうず』


「現代の地名で言えよ、分かってるんだろうな」


『は、はい! もちろんですとも! えーっと……群馬県です』


「東京じゃないのかよ。関東は関東だけど、遠いな」


 胡坐をかいて城を見下ろす。


「本当に俺が生きていた現代には戻れないんだな?」


『……はい』


 声が小さいから聞こえづらいんだよ、まったく。

 しかしどうするか。いくら俺でも数百年の時間を飛び越えることはできない。一分くらいならなんとかなるが、時間を操るのは膨大な魔力が要るんだよ。一分の時間移動を繰り返すとして……駄目だ。一分未来に移動して、それで魔力の回復に一日かかるのでは意味がない。何年かかることか。考えたくもないぞ。


 否応なくこの時代で生きていかなければいけないのか。


「しゃーねーなー……。おい、俺は好き勝手させてもらうからな。俺のせいで歴史が変わったって文句言うなよ」


『言いません! 絶対に言いませんから、どうか殺さないでください!』


 いや、殺しに行くというのは冗談だから、そんなに怖がるなよ。


 

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