第4話_よろしくお願いします!

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 004_よろしくお願いします!

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「お主も武士なら腹を切れ!」


 えぇぇぇ……なんで俺が腹を切らなければいけないんだよ。


 俺は今、爺やさんにものすごく責められている。それと言うのも―――。


「姫様も姫様です。夜に男の部屋に入るなど以ての外! この四賀孫九郎義家、亡き大殿に申しわけなく、忠治殿の切腹を見届けてからこの皺腹をかっ捌いて大殿にお詫び申し上げる所存!」


 爺やさんは四賀孫九郎義家と言うんだね。今知ったよ。


「爺や落ちつくのじゃ。妾は忠治と食事を共にしただけじゃ」

「そのようなことは問題ではないのです。夜に男の部屋に行くということが問題なのです!」


 爺やさんの考えは古いと思うけど、この時代では常識らしい。そもそも数百年前の時代なんだから、考えが古いのは当然だ。

 だから胡蝶も強く言えないんだと思う。


「遠くまで孫九郎の声が聞こえたけど、何をそんなに怒鳴っているの」

「殿!」


 胡蝶のお兄さんの岩松守純さんが部屋に入ってきた。いずれは俺もお義兄さんと声に出して言うからね。

 爺やさんが平伏するから、俺も倣っておく。


「で、何があったの?」

「それが……」


 爺やさんが昨夜のことをお義兄さんに言うと、難しい顔になった。


「忠治殿だったな」

「はい」


 お義兄さんが神妙な顔だ。切腹なのか!?


「胡蝶は嫁入り前の大事な体だよ、分かっているのかな」

「……はい」


 俺もそう思ったけど、食事だけなんだよ。本当なんだよ。指一本も触れてないんだよ。


「殿、申しわけござりません。このことは全てこの孫九郎の責任にございます。某の命で罪を償いたくぞんじまする」

「そう慌てないの、孫九郎はまったく……」


 爺やさんが脇差を抜いて、自分の腹を切ろうとするのをお義兄さんが止める。


「忠治殿には胡蝶を娶ってもらうよ」

「え?」

「こうなっては忠治殿が胡蝶を娶るしかないでしょ」


 娶れ? それって結婚ということ? 俺と胡蝶が?


「殿、それは!?」

「孫九郎は黙っていてくれるかな」

「ぐぅ……」


 お義兄さん真剣な眼差しで続ける。俺はありがたいというか、棚から牡丹餅というか、大歓迎なんですけど。


「よもや責任を取らぬとは、言いませんよね?」


 結婚は大歓迎だけど、責任……か。食事しただけで責任を取らされるのが、この時代ということなのか。

 俺は胡蝶の顔を見る。胡蝶は口をぎゅっと結んで、俺を直視していた。


 胡蝶のような可愛らしい子と結婚できるのは、俺としては嬉しいけどさ……まだ十六、七歳くらいの胡蝶を三十男の俺が娶っていいのか? 援助交際は犯罪だよ?


「どうしたの? なぜ答えてくれないのかな」

「いえ、私でいいのですか?」

「忠治殿がいい悪いではなく、この状況では貴殿しかいないということです」

「……胡蝶様さえよろしければ、私の妻にしたく存じます」

「胡蝶もいいね」

「はい」


 え、いいの? 俺、三十のオッサンだよ?


「よし。孫九郎、祝言だ」

「はっ」


 え、今すぐ? さすがに心の準備が整ってませんよ。


「このような暮らしをしているから質素で申しわけないが、善は急げというしね」


 お義兄さんはカラカラと笑った。貧乏をネタにするの止めて。反応に困るから。


 そういえば、結婚する場合は男側が結納の品を贈ると聞いたことがある。でも何を贈る? そうだ、困った時は伊勢守さんだ!


「某はあまりそういうことに精通しておりませぬが、時間もありませぬし、あまり気になさらずともよろしいのでは」

「それでは俺の気が済まないの。最低限のものでもさ。ね、分かるでしょ」

「しからば……酒と肴、絹、後は金子でしょうか」

「ふむふむ。ありがとう。揃えてみるよ!」


 やっぱり伊勢守さんに相談してよかった。


「忠治。妾は大丈夫じゃぞ」

「大丈夫だって、ちょっと待っててね」


 部屋に戻ってアイテムボックスの中身を閲覧していく。多すぎるって!

 その中から酒は日本酒ぽいものがないからドワーフでも酔わせられる火酒という強い酒を用意した。日本酒のように澄んだ酒だから大丈夫だろう。

 肴は巨大なイカの燻製があるから、これでいいかな。

 絹はさすがに持ってないけど、虹色蜘蛛の糸の布があるからこれでいこう。これ、重量の五倍の金と交換されるくらい高級品なんだ。

 最後は金塊を十本でいいかな。ピラミッドみたいに積んでみた。




「「「「………」」」」


 伊勢守さん、お義兄さん、爺やさん、胡蝶が呆然と結納の品を見つめる。


「急なことでしたが、お義兄さんに認めてもらえるように、できるだけ良い物を用意しました」

「そ、そう……ありがとうね……」


 爺やさんが結納品を見て泣き出した。これまで胡蝶の世話をしてくれてありがとうね。


「さっきの今でこれを用意されたのですか。どこから……」


 伊勢守さんは細かいことを言わないの。


「忠治。ありがとうなのじゃ!」


 胡蝶が抱きついてきた。ああ、いい匂いだ。クンカクンカ。


「姫! はしたのうございますぞ!」

「妾は忠治の妻なのじゃ。構わぬであろう」

「人前では駄目です!」


 人前じゃなければいいんだね! よし、俺の部屋に行こう!


「忠治殿!」

「あ、はい。すみません」


 胡蝶を俺の部屋に連れ込もうとしたら、すっごく睨まれた。


「すぐに祝言の用意をいたします故、しばらくお待ちくだされ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 爺やさんに釘を刺されてしまったから、イチャイチャは後回しだ。


 胡蝶が立ち上がり、佇まいを正して座り直した。

 三つ指ついて頭を下げた。はい?


「岩松守純が妹、胡蝶にございます。末永く可愛がってやってください」


 顔を真っ赤にして……可愛過ぎるだろ!


「……はい。こちらこそ末永くよろしくお願いします」


 頭を下げる。




 さて、祝言はいいけど、住む家がない。

 お義兄さんの屋敷に住まわせてもらうのは、さすがに気が引ける。それに夜の声が聞こえそうで嫌だ。


 そういえば、城を取られたって言ってたよね。その城を取り戻して、お引越ししてもらおうかな。城ならそれなりに大きいだろうから、お義兄さんと同居しても問題ないよね。


 家の庭から見える山の上にある城が、取られた金山城らしい。あの城を取った奴をぶっ飛ばして、お義兄さんには城主に返り咲いてもらおう。ふふふ。いい案だよね、好感度爆上がり間違いなしだ!



 しょしょしょしょしょしょしょしょ初夜ーっ!

 苦節三十年。やっと童貞を捨てることができた。同時に胡蝶の処女を奪ったわけなんだが、胡蝶は俺の妻なのだから問題ない!

 俺、一生懸命働くよ。胡蝶にいい暮らしをさせてあげるからね。


 とりあえず、金山城だ。金山城を乗っ取った横瀬という家臣を張り倒して、ごめんなさいさせる。土下座だ、土下座。他の家臣だった奴らも皆土下座だ。

 そんでもって、お義兄さんが金山城の主に返り咲くわけよ。


 俺はお義兄さんの補佐でもしようかな。城や領地の運営なんてできないけど、何か役に立てるものを見つけよう。

 てかさ、俺が活躍できるのって、戦争くらいなんだよね。それならたくさん城を落としてお義兄さんにプレゼントしちゃおうかな。


「胡蝶に城でも建ててやるか」


 時代なんて関係ない。ありとあらゆるセキュリティを導入した最高の城だ。もちろん、領地の管理は誰かに丸投げするけどね。


「城なんて要らんのじゃ。忠治さえいればいいのじゃ」

「そうなの?」

「そうなのじゃ」

「子供も要らないの?」

「こ、子供は別なのじゃ」


 俺の胸の中で慌てて言いつくろう胡蝶がたまらなく愛おしい。


「じゃあ、たくさん作ろうね」

「はう……」


 真っ赤になってかわゆいなぁ~。

 俺は胡蝶のためにお義兄さんを盛り立てる、そんでもって子供をいっぱい作るんだ! 死ぬ時は胡蝶とたくさんの子供、孫、それに曾孫に囲まれて逝くんだ。それくらいの幸せでいいんだ。それくらい大丈夫だろ、神様よ。


 

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