第5話_金山城攻め
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005_金山城攻め
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初夜の翌日。俺は散歩してくると言って屋敷を出た。
「師匠。お供いたします」
「え、伊勢守さん……まあいいか」
伊勢守さんは何も言わず俺について来た。これからどこに行くのか分かっている感じだ。そんな雰囲気出してたかな、俺?
「なんでついて来ようと?」
「師匠の雰囲気です。戦場へ赴かれるような、鋭いものでしたので」
「そうか……。敵は―――」
「分かっております。横瀬信濃守成繁でございましょう」
「死ぬかもしれませんよ」
「師匠の戦いを見ながら死ぬのであれば本望です」
この人は根っからの
異世界にもこういう人はいた。暇が死ぬよりも嫌で、常に戦場を駆けまわっていた人だ。味方ならこれ以上頼もしい人はいない。
でもさ……そういう人の多くは、戦場で笑いながら死んでいった。その人たちにとっては幸せな死に方なのかもしれないけど、残された俺たちは寂しんだからね。
「じゃあ、派手にやろうか」
「はっ」
派手にということで、俺は途中で派手な鎧に着替えた。異世界の貴重なガーネルドという金属で作ったフルプレートメイルだ。
ガーネルド鎧は硬いのに弾性があって、劣化しにくく火への耐性もある。真っ赤でとにかく派手なんだよね。おかげで戦場では目立ってしょうがなかった。
今まではダークドラゴンの革で作った黒い装備だった。鎧じゃなくシャツ、パンツ、外套、胸当て、籠手、脛当てなどできるだけ普通の服っぽいデザインで作ってもらったから、普段使いもできるものだった。でも魔王と戦ってもその丈夫さを発揮してくれたものだ。
「これはまた派手ですな」
伊勢守さんが目を白黒させている。
「歌舞伎ましたな、師匠」
「歌舞伎ですか……」
あの伝統芸能のことかな? 長い髪をグルグル回したり、寄り目するやつだよね。そんなことしないよ。
よく分からないことは苦笑して誤魔化そう。これぞ、日本人の伝統だ。
城は山の上に築かれていて、階段を上がっていく。
「何者だ、そこで止まれ!」
真っ赤なガーネルド鎧を着ているから、どう見たって怪しい奴だよね。でも止まらないよ。ここに遊びに来たわけじゃないからね。
「止まらぬか!」
止まりません。
「矢だ、矢を放て!」
十本ほどの矢が射られた。
腰には長年の相棒である功徳剣を佩いているいるが、アイテムボックスから長さ三メートルのガーネルド製の棒を出して持つ。
名づけてガーネルド棒(そのままかよ!)をグルグル回して矢を撃ち落とす。
功徳剣では全ての人を殺しかねないから、今回は殴るだけのガーネルド棒にした。
それでもガーネルド棒で殴られたら普通は死ぬ。運がよければ生き残れると思うけど、あまり期待しないで。じゃあなんでガーネルド棒なのかというと、薙ぎ払った時に派手に人が飛ぶと思うんだ。それを見て逃げてくれれば、無駄な殺生をしなくて済むんじゃないかという安易な考えだね。
木でできた門の前で立ち止まると、ガーネルド棒を振り上げる。
ドガーンッ。
門を一発で破壊し、通路を確保。
「ははは……師匠は化け物か」
伊勢守さんの声が聞こえる。言っておくけど、化け物ってのは魔王のような奴のことを言うんだよ。あの無尽蔵の魔力には手古摺ったよ、マジで。
さて、ここで名乗りであげるか。
「やーやー、我こそは岩松守純が義弟、賀茂忠治なり! 横瀬某を蹴散らしにやって参り候!」
俺が大声で名乗りを挙げると、さらに矢が射られた。雨あられのごとく降り注ぐ矢をガーネルド棒をグルグル回転させて弾く。
「横瀬は腰抜けの集まりなり! 我と一騎討をいたす者はいないとみえる!」
こういう安い挑発に乗る奴って、どこにもいると思うんだ。異世界でも脳筋な魔族がよく一騎討に乗って来たものだよ。
横瀬勢から一人の武者が出て来た。他の人より立派な鎧を身につけている。人のことは言えないけど、派手だね。それと、よく鎧を着る時間があったね。元々着ていたの?
「ふん。我は山岡伊豆守忠成なり! 小童が調子に乗るでないわ!」
四十代と思う山岡さんが、槍を俺に向ける。
「山岡……? 知らんなー。雑兵に用はない!」
「おのれ、許さん!」
安い挑発に乗って、突進して来る。
俺もガーネルド棒を構えて駆け出す。
「小童が!」
「オッサンだっつーの!」
ベキッ。
ガーネルド棒が槍をへし折り、そのまま山岡さんにぶち当たった。
軽く右腕を振っただけなんだが、槍は簡単に折れた。そして山岡さんは空中を飛んだ。
たーまーやー。と言いそうになるのを我慢したよ。
十五メートルくらい浮き上がって、地面に激突。山岡さんはピクピクして動かなくなった。
「笑止! 横瀬は弱すぎる!」
俺の殺気を乗せた怒声が横瀬勢に恐怖を与える。
それだけで雑兵たちは腰砕けになってその場にへたり込む。
「よーこーせーなーるーしーげーはーどーこーだー」
怒鳴りながら一歩一歩本丸を目指して上がっていく。
「これはまた……さすがは師匠でござる」
兵士の多くが腰を抜かしていく光景に、伊勢守さんが感嘆する声が聞こえた。
雑兵の多くは上が誰でも関係なく働いているだけだ。だから殺す必要はないし、殺すのは可哀想だ。手向かいしなければ、痛い目を見ずに済む。
物陰から飛び出して切りつけてきた人の攻撃をガーネルド棒で受け、その腹に蹴りを入れる。
「ガハッ……き、貴様は妖か!?」
「失礼な奴だな。どこが妖なんだよ。ええっ」
「むっ、貴様は上泉伊勢守!」
俺の後ろにいる伊勢守さんの顔見知りのようだ。
「知り合いですか?」
「横瀬殿の家臣の木島伝兵衛長時だったかと」
悪者の家臣なんだ。じゃあ、ここで心を折っておくか。
無造作に近づき、その顔面を鷲掴みにする。
「がぁぁぁっ」
アイアンクローしながら持ち上げる。その体重が顔面を掴む指にかかる。痛いと思うよ。
「あががぁぁぁ」
「このまま握り潰してやろうか」
「ひ、ひぃっ。止めてくれ」
「俺は岩松守純の義弟だ。ここに来た理由は分かるな」
「は、はい」
「だったら泥棒の横瀬のところに案内しろ」
「わ、分かりました」
殺気を込めつつ、交渉する。まだ心は折れてない。
指を力を抜いて、木島さんを落とす。そしてその目を見つめる。裏切ったり嘘をついたら死よりも恐ろしいめに合うぞと殺気を送り込む。
「あわわ……ゆ、ゆるしてください……私は私は……」
ガクガクと震える木島さん。そろそろいいか。
「案内しろ」
「は、はいっ」
飛び上がるように立ち上がった木島さんを先頭に金山城の中を進む。
「木島も一廉の武士。それをああも簡単に心を折るとは……」
心を折るのは殺すよりも難しい。時間をかければそうでもないが、短時間で心を折るのはそれなりの技量が要る。殺気を込めすぎるとその人の精神が崩壊するし、足りないと心が折れない。殺気を絶妙にコントロールする必要があるんだ。
俺がこの技を身につけたのは、召喚されてから十年経ってからだ。一朝一夕に身につくものではないんだよ、これ。
いくつかの門を破壊し、木島さんに先導してもらう。道に迷わずに最短距離で進んでくれていると思う。
「ここに信濃守様はおいでになります」
建物の中に入っていくと、すぐに槍を持った武将が向かってきた。
「木島! 裏切ったか!?」
「そ、それは……」
木島さんが言い淀む。違うといいたいけど、俺が怖い。恐怖に支配された心が、俺の命令に従っただけなんだよ。
「師匠。その者が横瀬信濃守です」
四十代のおっさんが目標の横瀬さんらしい。
「俺は岩松守純が義弟、賀茂忠治だ。泥棒横瀬からこの金山城を取り返しにやってきた。大人しく明け渡せ」
「はんっ。何を馬鹿なことを」
まあそう言うわな。明け渡せと言われて渡す人は滅多にいないだろう。
「それなら力ずくで金山城を手に入れるとしますか」
「できるならやってみろ!」
槍を突き出す。まあまあ速い突きだ。だけどこれでは俺に届かない。
と思ったら横から攻撃が来た。横瀬さんの槍とその攻撃を躱して、横から出て来た人を殴り飛ばす。殺さないように細心の注意をしているが、それでも死んだらすまん。
伊勢守さんのほうも数人と戦っている。数は多いけど、伊勢守さんは大丈夫そうだ。
三人の武士が壁になって横瀬さんを隠す。家の中だというのに、なかなかの槍捌きだ。でも遅い。
「ぐあっ」
「がはっ」
「ぐっ」
三人の槍を掻い潜ってその懐に入って鳩尾に掌底を入れる。
しばらくは思うように息ができずに苦しいと思うけど、死ぬことはないだろう。
「なんなんだ、お前はっ」
「言ったろ、岩松守純の義弟だと」
「だからってなんでたった二人で、この金山城をたった二人で落とすなんてできるわけがないだろっ」
普通はできないだろうね。でもそこは異世界で鍛えられた俺には当てはまらないよ。
「た、立て。立って槍を構えるのだ!」
なんとか指揮を執ろうとする横瀬さんだが、三人は数分は動けないだろう。それに―――。
「だったらお前が戦え!」
ゴンッ。
ガーネルド棒を振り下ろすと、横瀬さんの左肩を砕く。
「がぁぁぁっ」
「泥棒は捕まるとどうなるか知ってるか?」
異世界標準では、右手を切り落とされるんだぜ。
「く……」
「こういう時はなんと言うか知ってる? ごめんなさいって言うんだよ」
「………」
横瀬さんが「何いってんるんだ、こいつ」という目で俺を見た。
そのタイミングで殺気を送り込む。
「うぅぅ……」
「ごめんなさいだよ、分かった?」
「はい……ごめんなさい」
「うん。それでいい。これからこの城の正当な城主を迎える。皆うち揃って迎えろ。もし礼を失する奴がいたら、許さないからね」
「は、はい。承知しました」
これでひと仕事済んだ。あとはしばらく家臣たちを見張って、お義兄さんに従うことをよしとしない人を排除する。今、全員殺したら、城の管理も領地の経営もできないからね。生かして働かす。それに限る。
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