第6話_風魔の小太郎

 ■■■■■■■■■■

 006_風魔の小太郎

 ■■■■■■■■■■



 ここは金山城の大広間。その日のうちにお義兄さんと胡蝶、そして弟の幸寿丸君を金山城に迎えた。


 城主の席にお義兄さん、その右横に幸寿丸君と爺やさん。お義兄さんの左横に胡蝶、その横に俺。伊勢守さんは爺やさんの横だ。


 横瀬さんたち家臣が頭を床につけるほど下げている。お義兄さん次第では死罪もあるから、戦々恐々なんだと思う。


「はてさて、これはいったい……」

「兄上。ピシッとするのじゃ。そんなことでは忠治が取り戻してくれたこの金山城をまた失うのじゃ」

「そ、そうだね」


 やっぱりお義兄さんは頼りない。胡蝶のほうがよほどしっかりしている。


「お義兄さん。彼らの処罰はどうしますか」


 俺が切り出すと、横瀬さんの肩がわずかに揺れた。


「信濃は斬首ですな、殿」


 爺やさんが当然のような顔して、横瀬さんを処刑すると言う。まあその気持ちは分からないではない。


 ちなみに横瀬さんの肩は俺が治した。何人か大怪我をさせてしまったが、全員治した。お義兄さんが殺すと判断したら死刑にするけど治した。


「皆が忠勤に励むのであれば、許そう」

「殿、それは」

「孫九郎。それ以上は言ってはいけないよ」

「……はっ」


 お義兄さんは俺より甘いね。

 まあ横瀬さんたちは、お義兄さんや胡蝶の父親の不甲斐なさに嫌気がさして城を乗っ取ったみたいだから、お義兄さんがちゃんと統治すれば従ってくれると思うわけですよ。


 それに横瀬さんたちを馬車馬のように働かすことで、今までの意趣返しができるからね(笑)

 殺すのは簡単だけど、それだと労働力が不足しちゃうから、どうしようもない人だけ排除すればいいよね。

 そういったことを見極めるには、少し時間が要ると思う。


 暗殺などに気をつけつつ、彼らに新田に従う利を与えればちゃんと働いてくれると信じよう。

 こちらが信じないと、向こうもずっと戦々恐々としなければいけないもんね。






 金山城を取り戻して半月がたった。梅雨の時期に入り、しとしとと雨が降る。


「これだよこれ。やっぱ日本の初夏はこうでないとね!」


 異世界には梅雨がなかった。ただし場所によってはスコールのような激しい雨が五カ月くらい降り続く。砂漠もあったけど、俺が訪れた場所で一番過酷だったのは永久凍土の大地だね。年の三分の二が吹雪いていて、晴れ間なんて一日もないと言われる場所だった。暑いのも嫌だけど、あの寒さは本気で神様を呪ったよ。


 暇だから胡蝶と共に城内を散歩する。

 馬で遠乗りに出かけるくらいだから、胡蝶はアクティブなお嬢さんだ。もんぺみたいなズボンを穿いて俺と手を繋いで歩く。最初は恥ずかしがってなかなか手を繋がなかったけど、毎日手を繋いでいたら胡蝶から繋ぐようになってきた。むふふふ、俺がリア充とはな!


 毎日胡蝶と散歩するから、城の配置は完璧に覚えた。俺が壊した門は修理されているが、あまり状態が良くない。

 そもそも城というものは、生活よりも戦争時の防衛拠点だ。最悪は大軍に包囲されて籠城する場所だ。それなのにこの金山城の防御は心もとない。


「よし決めた」

「どうしたのじゃ?」

「この城を改造しようと思う」

「何故じゃ?」

「だって、防御が弱そうなんだもん。これじゃあ、安心して胡蝶を住まわせることができないよ」


 胡蝶がくつくつと笑った。


「どうしたの?」

「この金山城は堅城なのじゃ。そこら辺の城など較べるべくもなく、堅牢な城なのじゃ。それを防御が弱そうとは、赤鬼殿はさすがに違うのじゃ」

「ん、赤鬼?」

「家中の者たちが、忠治を赤鬼と呼んでいるのじゃ。皆、本当に恐ろしい目に遭ったのじゃな。忠治に殺されないように、必死で働いておるのじゃ」


 なんと俺が赤鬼だとさ。こんなに優しいのにね。


 その夜のことだ。なんというか首筋がむずむずした。こういう感覚って大事でさ、異世界でもこれがあった時はヤバい奴が近くにいるんだよね。

 俺は神経を研ぎ澄まして、気配を探った。金山城の広い敷地内に気配を殺して忍び込む者がいるのに気づき、その気配を追った。


 その気配は何をするわけでもなく、城内を歩きまわった。どうやら城内の配置を調べているようだ。

 これから改修して堅牢な城にする予定だけど、城のことを知られるのはあまり好ましくない。忍者の後ろに回り込んで頭をガシッと鷲掴みにする。


「っ!?」

「動くな。動けば頭を握り潰す」


 あれ……何こいつ。めっちゃデカいんですけど。かがんでいたから頭を鷲掴みしたんだけど、立ち上がると二メートルくらい身長がある。

 おいおい、この時代の日本人のスケールを知っているのか? 百七十センチだって大きいんだぞ。二メートルって何よ。


「忍者か」

「………」

「まあ喋らないよな」


 手に力を入れて頭を握る。ミシッと音がするくらいで、もうすぐで握り潰せるぞ。


「言わないのであれば、しょうがない。このまま逝け」


 さらに力を入れる。そこで忍者が動いた。

 苦無のような刃物を逆手に持って、俺の腹を刺そうとした。頭を握っているのは左手なので、右手でその腕を掴んで肘の関節を握り潰す。バキッ。


「っ!?」

「肘を潰されて、声一つあげないとはよほど名のある忍者のようだな」


 俺は忍者の右膝の裏を蹴り砕いた。でもさらに反撃しようとしてくるので左腕の肘を蹴り上げて砕いた。どんな軟体動物だよ、こいつ。

 ちょっと動きがキモイから、壁に投げつけた。壁に激突した忍者は覆面しているから目しか見えないけど、とても鋭い目をしている。今まで多くの人を殺して来た目だ。


「残りは左足だけだぞ。降伏しろ。命までは取りたくないし、降伏したらその腕と足を元通りに治してやる」

「……お前は天狗か鬼か」


 お、喋った。渋い声だね。


「俺は賀茂忠治。鬼でも天狗でもなく、ただの人さ」


 ちょっとだけ特殊な過去を持つけどね。


「ふっ……好きにしろ」


 観念してくれたようだ。


「名前を聞こうか」

「小太郎……」


 言葉少なく名乗った。


「小太郎というのか。しばらく牢に入ってもらうが、怪我は治してやるから安心しろ」


 人を呼んで、爺やさんと伊勢守さんを連れてきてもらう。

 ついでに小太郎さんは牢屋に入れて、何が目的か調べないとね。


「忠治殿!?」

「師匠!」


 爺やさんと伊勢守さんがやってきた。転がっている小太郎さんを見て、どういうことか理解したようだ。


「この草の者を殺しますか」


 爺やさん、殺すの好きだね。


「いや、助けると約束したから、治してあげるよ」

「しかし草の者ですぞ」

「草の者でも人は人。無暗に殺していい命なんてないだよ。爺やさん」

「むぅ……」


 戦国の世だから、殺すのを否定する気はないけど、動けない人を殺すなんてしたくない。


「しかしこの者の傷を治してやっても、師匠の寝首をかきに来ますぞ」

「その時は殺すまで。俺は二度も生きる機会を与えるつもりはないから」

「……師匠がそこまで言うのでしたら、某はこれ以上何も言いますまい」


 伊勢守さんは分かってくれたようだけど、爺やさんは納得してない感じ。


「ところで忍者を送り込んで来る人に心当たりはあるかな。あの忍者、小太郎と言うらしいんだけどさ」

「な、なんですと!?」


 爺やさんが驚いて目を剥いた。伊勢守さんも難しい顔をしている。どうした?


「爺やさんは小太郎さんのこと、知っているの?」

「草の者で小太郎と言えば、風魔の小太郎しかおりますまい」

「風魔の……小太郎……まさか、あの有名な風魔の小太郎!?」


 伊勢守さんに確認したら、間違いないと教えてくれた。風魔ふうま党の風間かざま小太郎さん。俗に風魔の小太郎と呼ばれる大物の忍者っぽい。実在したんだ、感激だよ。


 風魔の小太郎さんは北条家に仕える忍者で、その北条家は伊豆、相模、武蔵を完全に平定し、下総とこの上野に侵攻しているらしい。うん、地名言われてもあまり分からん。

 上野は神様に教えてもらったから、群馬県だと知っている。伊豆も分かるよ、温泉地で有名だからね。それに相模もね。でもさ、下総ってどこよ? さっぱりだよ。


 爺やさんが大物じゃと叫んでいる。夜中だから、静かにしようか。


 その風魔の小太郎さんの武装を解除する。服を脱がせてふんどしの中まで確認した。俺じゃないよ、爺やさんと伊勢守さんたちが確認したんだからね。


 しかし風魔の小太郎さんの体は若々しく鍛え上げられているのに、顔は遠●憲一さんを老人にしたそれだ。かなりミスマッチ。

 風魔の小太郎さんは年齢不詳。誰もその年齢を知らないらしい。


 爺やさんたちも全員下がってもらい、牢の中は俺と風魔の小太郎さんだけになった。


「金山城に忍び込んだのは、ここを攻めるつもりだからかな?」

「………」


 まあ言わないよね。逆に白状しても信じないよ、俺は。


「北条さんが攻めてくるとして、小太郎さんはどこから攻めるのがいいと思う? やっぱり北側からかな」

「っ!?」


 うん、俺と同じ考えなんだね。北側は防御力が弱いと俺も思っていたんだ。

 それだけ分かればいいや。どうせ他のことは話さないだろうし。


「それじゃあちょっと眠ってもらうね」

「何をす……る……」


 魔法で眠らせる。あとは回復魔法で砕いた骨を治す。しかし体中に傷痕があって凄いね。これは戦闘によるものもあるけど、そう見えない傷痕もある。なんだろうね、この傷痕。


 治療はものの一分もあれば終わる。死んでなければ、助けることはできる。まあ死んでも直後なら蘇生できるけどね。


 牢を出て錠前のカギをかける。多分小太郎さんが逃げようと思ったら、こんな錠前なんて意味ないと思う。気持ちだね。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る