第7話_まさかの餌付け
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007_まさかの餌付け
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可愛い胡蝶と二人っきり。幸せなひと時だ。
俺の腕枕で寝ている胡蝶の額に口づけすると、目を開けた。
「起こしてしまったか」
「起きていたのじゃ。忠治はじっと見つめてくるから恥ずかしくて目を閉じていただけなのじゃ」
「そうか。ふふふ」
「笑うでない」
可愛いな。チュッ。
逃げ出そうとする胡蝶を包み込む。
「なんで俺なんだ?」
「藪から棒になんじゃ?」
「だってさ、胡蝶と出逢ってすぐに結婚だぞ。俺は大歓迎だったが、胡蝶は本当に俺で良かったのか?」
「いいに決まっているのじゃ」
「なんで?」
「う……忠治は強くて優しいからなのじゃ!」
胡蝶は恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた。
そうか、俺は強くて優しいか。
「強いというのは伊勢守さんと試合をしたからまあ分からんでもないが、優しいというのはどういうことだ?」
「美味しい食事をくれたのじゃ」
「え、食事なの? もっと他のことではなく?」
「美味しいは正義なのじゃ」
「あ、うん。そうだね……」
まさかの餌付けかよ(笑)
まいいや。これからも胡蝶に強くて優しいと言われるようにがんばろう。
小太郎さんを捕まえてから、半月が経過した。まだ梅雨は明けてない。早く梅雨明けしてくれないだろうか。いくら日本を感じるといっても、こうも毎日降られると、体中に苔が生えそうだ。
小太郎さんは逃げずに、ずっと牢の中に入っている。小太郎さんなら簡単に逃げ出せると思って放置していたけど、そろそろ解放しようと思う。
「解き放つと?」
「うん。いいよね」
一応、お義兄さんに確認。この金山城の城主はお義兄さんだからね。
「忠治殿がよいなら、構わないと思うよ」
「ありがとうございます」
俺とお義兄さんの判断に不満なのは、爺やさん。ぐぬぬぬと言ってる。
牢を開ける。小太郎さんは座禅をしているのか、胡坐をかいて両手を絡めて目を閉じている。
「起きているんでしょ」
小太郎さんの目がゆっくり開いていく。
「帰っていいよ」
「……なぜだ?」
「せっかく治療したんだから、殺すのは忍びないじゃん。だから帰っていいよ。あ、そうだ。今後はこの金山城に忍び込まないでね。次は殺すことになるから」
最後の言葉に殺気を乗せる。
さすがは小太郎さんだ。俺の殺気を受けても顔色一つ変えない。うじちか君だったら、失禁ものだよ。こういう人が配下にいる北条さんが羨ましいね。
「さて、早く行ってくれるかな。爺やさんに見つかるとうるさいからさ」
俺は牢を後にした。もちろん、牢の扉は開けっ放しだ。
俺が牢から出た後には、小太郎さんの姿はなかった。北条家の本拠地である小田原に帰ったのだと思う。
「忠治殿は人がよすぎます。風魔の小太郎を捕縛しておいて殺さぬとは、はぁ……」
爺やさんに大きなため息を吐かれてしまった。
気苦労をかけますが、これからもよろしくお願いしますね。
爺やさんの機嫌が悪いから、サプライズしようと思う。
夜中に城を抜け出して、金山城の防御力を上げる。木の塀は廃止。全部石の壁にする。こういう時は土魔法。土魔法は土だけではなく、石も魔力で作ることができる。
地面を平坦に均して強固に固める。その上に分厚い石の壁を築く。朝までに金山城をぐるりと囲んで石の防壁が完成だ。これだけでもかなり強化されたけど、まだ改修の途中……。
「なんじゃぁこりゃぁっ!?」
朝になって防壁を見た爺やさんが目を剥いている。
他の人たちも言葉を失っている。ここ金山城だよな、と言う人もいた。
「どうかな。力作なんだよ、あの防壁」
「忠治殿がやったのですか?」
「うん」
「……うん。じゃないですよ!」
ガクガクッ。なんで胸倉掴まれてる?
「どうやったらあんなものを一晩で作れるのですか!?」
サプライズのつもりだったけど、度が過ぎてしまったみたいだ。爺やさん血管切れないか逆に心配。
「あの防壁はどれだけ築けるのですか?」
「えーっと、あのくらいなら一晩で」
「それじゃあもっと築いてくだされ!」
「いいよ。元々そのつもりだったし」
「ちょっと殿のところに行ってきます!」
ダダダッと駆けていった。もういい年なんだから、落ちつこうよ。
帰ってきた爺やさんに、あそこをこうしろ、ここに兵士の詰所を造れとか色々言われた。なんか活き活きとしていている姿を見ると、嬉しくなっちゃうな。
その夜から少しずつ防壁や詰所、武器庫や蔵などを築いていった。木だった建物は石造りに代わり、火攻めされても燃えないものになった。なぜか夜に改修作業をするんだけど、自分でも分からん。なんでだろう?
胡蝶は毎晩抜け出す俺を起きて待っている。帰ってくると、愛し合うんだ。
十日もあれば、総石造りの城になった。俺、やり切ったよ!
建物は暑さ寒さの対策もされている。
暑さには屋根裏に水を張ることで、対応している。これは手押しポンプを井戸に設置して、屋根裏の溝に流すようになっている。
寒さには床暖房だね。床下を高くして、風呂の排熱を取り込むようにした。排熱は遮断もできるから必要な時だけ使えるものだ。床暖房はおまけで本命は風呂だ。風呂は一年中入りたい。これ大事。
石鹸は異世界でも作っていた。自然由来のものだから環境に優しいものだけど、排水用の下水と濾過槽も造ったよ。濾過槽は一つで十分だと思うけど、三つ用意した。環境意識高い忠治君なのです。
「今度は金山の麓に堀を築いてもらえますか。空堀でもいいですが、渡良瀬川から水を引いた水堀がいいですね」
渡良瀬川は金山城から四キロくらい北側を流れている川だね。四キロも水路を築けとか、爺やさんも人使いが荒い。おかしいな、俺は胡蝶の婿だから、立場的には上なんだけど?
まあ水は大事だし、水堀があれば防御力も上がる。金山周辺をぐるりと囲む水堀を造ってしまおう。胡蝶の安全は何物にも代えがたいものだ。妥協はしないぞ。
そうだ。防壁の上に大砲を設置できるようにしておこう。でもこの時代に大砲ってあるのかな? 大砲は無理でもバリスタくらいなら俺でも作れるから、時間を見つけて作ってみるか。
いや、大砲のほうが簡単か。頑丈な金属の筒に鉄の弾と火薬を入れればいいんだもんな。火薬は錬金術で作れるから、バリスタよりもよほど簡単か。
夏本番だ。日影の下にいれば耐えられるくらいの暑さ。現代日本のほうが暑いかな。それでも暑いことに変わりはない。屋根裏に水を張っている。これでもそこそこ涼しくなるんだけど、さらに大きな氷を用意して涼む。持ってて良かった、氷魔法!
「涼しいのじゃ~」
「うん、涼しいね」
「幸せなのです~」
胡蝶、お義兄さん、幸寿丸君がだらけている。
一応、城主一家なんだから、しっかりしてよ。と言う俺もTシャツ半ズボンですが、何か?
「もう金山城から一歩も出たくないのじゃ~」
「え、そうなの? 渡良瀬川で水遊びでもしようかと思ったのに。残念」
「何!? 水遊びじゃとっ!? 行く、行くのじゃ。連れていってたもれ、忠治!」
胡蝶がすごい食いつきだ。
「今の時期は鮎とかもいそうだし、鮎を獲って塩焼きに刺身、それに天ぷらもいいな」
「た~だ~は~る~。今すぐ行くのじゃ~」
「はいはい」
そんなわけで二人で渡良瀬川に。とはいかず、お義兄さんや幸寿丸君、それに爺やさんと伊勢守さんまでついてくる。
このメンバーが出かけたら、金山城をまた取られるよ。そうなってもすぐに取り戻すけど。
「なんで伊勢守さんまで?」
「護衛です」
「護衛だから、料理は食べないよね」
「それはないですよ、師匠」
最近、胡蝶だけじゃなく、皆が俺の料理をせがんで来る。俺、料理人じゃないんだけど。
「忠治~。川なのじゃ~」
お出かけの時はいつももんぺ姿の胡蝶です。もんぺの裾を捲り上げて、水に足をつける。
「姫様、はしたないですぞ!」
「固いことこと言うでないのじゃ。まったく爺やは」
爺やさんと胡蝶は相変わらずの掛け合いをする。これをしないと始まらないらしい(笑)
「俺は鮎を獲ってくるね」
「美味しい鮎を頼んだのじゃ!」
美味しい鮎ってどんなの? 大きいやつ? 難しいこと言わないように。
この時代は探さなくても鮎がうようよいた。電気をちょっと流して感電した鮎とか他の魚が浮き上がってくる。
「大漁、大漁っと」
これだけあれば、城で働く人たちにも食べさせてあげられるかな。
河原で石を積んで火を熾し、串に刺した鮎に塩を振って焼く。
まな板を出して大き目の鮎をパパッと三枚に卸した。ワサビはないけど、醤油は味噌の上澄み液で代用できる。
小麦粉もあるから、衣にして天ぷらを揚げる。ぱちぱちと食欲を誘ういい音がする。
「ん?」
俺が料理をしていると、皆が周りに集まっていた。
「もうすぐだよ」
「早く食べたいのじゃ」
胡蝶が待ちきれないという顔だ。
「うん。忠治の作る料理は旨いからね。じゅるり」
お義兄さん、涎垂れてるよ。
「忠治兄さま。これはなんですか? 初めて見る料理ですが?」
「これは天ぷらっていうんだよ。この油は熱いから触ったら駄目だからね」
「天ぷらですか、食べるのが楽しみです」
うんうん。幸寿丸君はお利巧だね。愛嬌あるね。可愛いね。お義兄ちゃん、がんばって最高の上げ具合にするからね。
皆に鮎の塩焼き、刺身、天ぷらを振舞う。
皆無口で食べる。旨いの? 旨いなら、何かコメントプリーズ。
「「「………」」」
食べるのに集中して、黙食ですよ。
「美味しかったのじゃ。忠治は料理名人なのじゃ」
食べ終わった胡蝶が料理と俺を褒めてくれる。そういうのは行動で示してくれ。ほれ、チュー。
「ゴホンッ。忠治殿。何をしているのですかな」
「目を閉じててもらますか、爺やさん」
「無理ですな」
このいけずーっ!
「とにかく、全部旨かったですよ」
お義兄さんが苦笑状態。
「忠治兄さまの料理は本当に美味しいのです。これからもたくさん美味しい料理を食べさせてください」
「うん、お義兄ちゃんがんばるよ」
幸寿丸君の頭を撫でる。癒されるなぁ~。
「師匠。剣の道は料理の道に通じるのですね!」
そうなの? 俺、知らんし。
伊勢守さんも料理を始める勢いだ。
そんな楽しい時間を過ごしていたら、城からの使いがやってきた。
その伝令を聞き、俺たちは金山城に足早に帰ったのだった。
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