第11話_上杉さんはお亡くなりになりました
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011_上杉さんはお亡くなりになりました
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時は草木も深く眠る寅一つ時、まあ夜明けの少し前の時間帯だね。俺は金山城を出て敵陣へと進む。
小太郎さんの報告では上杉さんの陣と長尾さんの陣はそこそこ近い場所にあり、俺はそこを目指して足を進めた。
あちらこちらにまだ篝火がいくつも焚かれている。俺は身を隠す気はなく、散歩のような気軽な感じで進んだ。
物陰に気配を感じる。どうやら忍者のようだ。小太郎さんほどの隠蔽術も大物感もない。
さて、この忍者は小太郎さんの配下ではないようだ。俺の敵なのはその気配で分かる。
暗闇を切り裂いて苦無のようなものが飛翔する。ガーネルド棒を軽々と操って無数の苦無を叩き落とす。
「ずいぶんと手荒な歓迎だな」
闇が蠢き、四人が俺を取り囲む。殺気だった目をしている。殺気を抑え込めない忍者は三流以下だと思う。
「どこの忍者か聞いても、どうせ教えてくれないよね」
小太郎さんの風魔党が使う苦無と、この忍者が使った苦無は形が違う。小太郎さんから聞いていたんだけど、長尾さんは軒猿という忍者集団を抱えているそうだ。岩櫃城主の斎藤さんのところにも忍者はいるようだけど、集団ではないようだから多分その軒猿のほうだろう。
「「「「………」」」」
何も言わない。小太郎さんの配下もそうだったけど、忍者というのは無口な人が多いのかね。冗談くらい言わないと、流言飛語できないよ。
「時間稼ぎしても無駄だからね」
俺が感じた気配は全部で六人分。そのうちの一人は苦無を叩き落とした時点で離脱した。仲間に知らせに行ったんだと思う。
ちなみに俺を囲むのは四人。あと一人は動かずにこちらを窺っている。
「まあいいや。通らせてもらうよ」
一歩足を出すと、四人が飛びかかってきた。ガーネルド棒を地面と水平に構え、くるりと一回転。ガーネルド棒から四人の忍者の重みが伝わってくるが、構わず振り切った。
四人が重なって木に激突。それほど太い木ではなかったから、バキバキと木は折れて倒れた。
四人はあばら骨だけでなく内臓も破裂しているはずだから助からないと思う。俺なら助けられるけど、しないよ。
木が倒れている間に、もう一人は離脱した。仲間を助ける気なしか。忍者って非情だね。
上杉さんの陣へと向かって進んでいる間に、二度ほど忍者の襲撃があった。まあ問題はない。
今度は松明を持った人たちがやってきた。数十人だ。武将が俺に向かって誰何してきた。でもさ、人の名を聞く前に、自分が名乗るのが礼儀だよね。
「人の名を聞くまえに、先ず自分が名乗るべきではないかな」
「何をっ!?」
いきり立つ武将が、刀を抜いた。
「構わん、討ち取れ!」
挑発にもなってない挑発に乗るなんて、堪え性がない人だ。
襲い来る足軽をガーネルド棒の餌食にして、一瞬で十人ほどを叩き潰す。
「なっ。おのれーっ! 囲め、相手はたった一人だ、囲んで圧しかかれ!」
囲んでボコるのは正しい選択かもしれないけど、俺相手にそれは悪手だな。
忍者たちのように俺を軸にガーネルド棒を一回転。十数人がガーネルド棒にひっかかり命を落とす。
それを見た足軽たちの腰が引ける。
「何をしているか、早く討ち取るのだっ」
唾を飛ばして命令する武将へと、俺は一瞬で距離を詰めた。
「だったらお前がやれ」
グーパンで顔面を殴る。熟れたトマトを地面に叩きつけたように、その武将の頭部が破裂した。
首無の胴体が力なく崩れ落ちる。それを見た足軽たちは槍を放り出して逃げ出した。
「上杉さん、待っててね。今行くから」
一歩一歩確実に上杉さんに近づいている気がする。大丈夫だ、こっちの方向にいるに違いない。
断続的に武将に率いられた足軽たちが出て来る。数十人規模から百人規模になっても俺は止まらない。
殴って蹴ってガーネルド棒で突いてと立ち塞がる人たちを叩き潰して進む。
数百人を殴り殺しただろうか、もしかしたら一千を超えたかもしれない。その時、視線の先に三十過ぎの太ったおっさんが見えた。
「みーつけた」
とりあえずここで名乗りでも挙げておこうかな。
「我は金山城主岩松守純が義弟、賀茂忠治なりっ。悪逆非道の上杉某の首をもらい受けにやって来たっ」
殺気を乗せた俺の声は間違いなく上杉さんに届いたようで、尻餅をついている。
「こ、殺せっ。あいつを殺すのだっ」
腰を抜かしながらだけど、俺を殺せと指示を出しているから地位がかなり高いと思われる。上杉さんで間違いないだろう。
上杉さんの周囲には足軽ではなく武将が多くいる。その武将の三分の二が尻餅をついているから、立っているのは三分の一だ。でもその三分の一の武将たちも足が震えている。
そんな上杉さんたちへゆっくりと近づく。あと十メートルといったところだろうか、俺に飛びかかってきた部将がいた。
ガーネルド棒でその武将の太刀を受けると、ガツンッといい手応えを感じた。
「おのれは物の怪かっ!?」
凄まじい剣気を放つ人物だ。
「おおっ、景虎殿! よくぞ来てくれたっ」
「景虎……」
黒の僧衣を着て、景虎といえば一人しかいないだろう。
「長尾景虎」
「ふんっ。物の怪のくせに、我が名を知っているか。そうだ俺が越後守護代長尾景虎だ」
身の丈百七十五センチほどだが、かなりの力を感じた。歌舞伎役者の市川●老蔵ににているかな。
「俺は金山城主岩松守純が義弟、賀茂忠治。悪鬼羅刹を退治にやってきた」
「我らを悪鬼羅刹と言うかっ」
さすがは悪鬼羅刹だ。その鋭い目で睨まれたら、多くの人は動けないだろう。
「人のものを奪い、犯し、そして奴隷にして連れ去る。それをする長尾も上杉も悪鬼羅刹なり! 俺が討ち滅ぼしてくれるわっ」
「おのれ、言わせておけばっ! きえぇぇぇっ!」
切りかかってくる長尾さんの太刀を受ける。重いが、まだ伊勢守さんのほうが強い。ただしこの人の剣気ともいうべき殺気は凄まじいものがあり、それは伊勢守さんでも負けるかもしれない。
神仏を恐れ敬うことが多いこの時代の人なら、この剣気を感じて毘沙門天の生まれ変わりと思ってもしょうがないだろう。
「きえぇぇぇぇぇぇっ」
突きの嵐。それをガーネルド棒でちょいちょいと軌道をずらしていなす。剣気は凄まじいが、剣の振りなど動きは荒い。伊勢守さんのほうがはるかに洗練されていているし、伊勢守さんの本気は景虎さんの剣気を上回るだろう。
剣気の質が違うんだな。伊勢守さんの剣気は、それこそ剣の頂に立とうとする向学心から来るものだ。でもこの長尾さんの剣気は、人を殺すためのものに他ならない。
向こうの世界の魔族がこういう殺気を放っていたと思い出す。
多分、この剣気は生まれつきのものなんだろう。この人は人を殺すために生まれてきたというのが分かる。この長尾さんはそういう人だ。危険な人だ。このまま放置したら、酷い目に合う人が数百数千と増えていくことだろう。
そして自分を毘沙門天の生まれ変わりとか言って、その行動を正当化する。ここで潰さなければいけない人だ。
「物の怪如きがっ」
「悪鬼羅刹に物の怪呼ばわりされる筋合いはない」
ガーネルド棒で長尾さんの太刀の腹を殴って折り、一瞬止まった長尾さんの隙を見逃さずローキックを放つ。
「ぐわっ」
蹴られた右膝を地面につけた長尾さんにさらに追撃。首から上を狙ったが、長尾さんの体がぐらつき、顎を蹴る。骨が折れる感触を感じ、長尾さんは白目を剥いて倒れた。
顎が粉々に砕けた長尾さんはまだ生きているが、気を失っている。殺す気だったが、気を失った人にとどめをさすのは気が引ける。
「しゃーないか……。次は上杉
土魔法で長尾さんの体を地面に縫い付け、上杉さんへ向かう。
「く、来るなっ。化け物め、来るでない!」
「そっちがやって来たんだろ。何を言っているのか」
お義兄さんにフラれた意趣返しのために、軍を引き連れてやってきたのはあんただ。それなのに来るなとか、本当に勝手な人だな。
気力を振り絞った武将がかかって来るが、ガーネルド棒の一撃でその命を散らす。
「わ、分かった。帰る。儂は平井城に帰るから見逃してくれ」
「お前のために多くの人が死んだ。それを許せだと? 舐めてるのか、あぁぁんっ」
「ひぃぃぃっ」
小便を漏らした上杉さんを蹴り上げる。二十メートルは空中に浮きあがったか、上杉さんは地面に頭から落ちて死亡した。あっけない。長尾さんを見習って足掻きなよ……。
「我が名は賀茂忠治! 関東管領と称する悪鬼羅刹を誅罰した男だ! 命を惜しむ者は立ち去れ! 名を惜しむ者はかかって来い!」
武将も足軽も脱兎の如く逃げ出す。逃げる者は追わない。
周囲に殺気を振りまき、二度と金山城に近づこうと思わないようにしておかないと、また現れるかもしれない。特に越後勢は二度と三国峠を越えようと思わないようにしておきたい。
だから長尾さんの髪を持って引きずりながら、越後勢のほうへ向かう。
ブチブチと髪が抜けるけど、そんなことは俺の知ったことではない。
「越後の悪党ども、よーく聞けっ!」
髪を掴んだまま長尾さんを高く掲げる。
「この上野に二度と入るな。もし上野に入れば、この者のように地獄へ落ちることになるぞっ」
顎がぐちゃぐちゃになった人物が、自分たちの主人だと分かったようだ。
「しゅ、守護代様!」
「おのれ、化け物め!」
「守護代様の敵討ちだ!」
悲惨な姿の長尾さんを見ても、越後勢は怯まなかった。
長尾さんを取り戻そうと武将たちが躍りかかってくる。俺はその人たちをガーネルド棒で殴り倒す。殺す。殺す。殺す。殺す。
撲殺した越後の武将は十では利かない。
「この愚か者どもがっ」
殺気を乗せた怒声に、全員が倒れた。気が弱い人なら即死するくらいの殺気だ。意識を保っているだけで褒められるレベルだと思う。
「こんなクズを主と仰ぐお前たちも同罪だ。その罪を一生をかけて償え」
とりあえず周辺でまごまごしている奴らを追い払う。この地へ二度と来るな。お前たちは歓迎されない客だ。空気読め。
「師匠!」
「忠治殿!」
「賀茂様!」
伊勢守さん、爺やさん、横瀬さんたちが駆けつけてきた。
今気づいたけど、もう朝だ。十分に明るくなっていた。
「伊勢守さん。こいつをお願いします」
「この者は?」
「長尾景虎とかいう人です」
「なんとっ」
驚く伊勢守さんに長尾さんを渡す。
「爺やさん。あっちに関東管領が倒れています。もう死んでいると思いますが回収をお願いします」
「承知」
爺やさんが上杉さんを回収に向かう。
「横瀬さんは関東管領軍が残していった物資の回収と死体の処理をお願いします」
「はっ。直ちに取りかかります」
横瀬さんは部下たちに指示を与える。俺は帰ると伊勢守さんに言い残して、胡蝶が待つ金山城へ帰った。
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