第45話_子供を拾って育てるのは大変だよね

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 045_子供を拾って育てるのは大変だよね

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 厩橋城の一角にある新田学校は、四千人近い子供が集められている。

 まさかこんなに多くの親がない子供がいるとは思っていなかった。

 乳飲み子から十四歳まで、男女関係なく引き取って年齢にあった教育を行っている。

 その他にうちと伊勢守さんと小太郎さんの領地の親がいる子供たちも、午前中に勉強をしてもらっている。

 さらに大人も勉強したい人は、受け入れている。


 誰でも文官になれる素質があるわけではない。新田学校で教育を受けた子供から毎年何人かが文官になってくれればいいと思っている。

 基本的な文字の読み書きと算術。これができたら本人の希望を聞いて剣や槍などの訓練もしつつ、文官としての教育を行っているんだ。

 一応、戦国時代だから剣と槍の扱いを覚えていてもいいだろうし、なんなら武官になってもらってもいいんだ。


 さすがに乳飲み子もいるから、母乳が出る女性に毎日通ってもらっている。あと牛の乳を殺菌し、脂肪分を取り除いたものを用意した。さすがに母乳が出る女性を多く集めるのは難しい。


 勉強は個人の習熟度に合わせて行っているが、寮での生活は年長者が年少者の面倒を見てもらっている。

 そんな男女別の寮がいっぱいで、子供たちがすし詰め状態になっているのを改善するため、俺は昨夜のうちに新しい寮を建てた。

 地上四階建ての寮で、重臣の爺やさんの屋敷より大きな建物になった(笑)


 新しい寮に子供たちが引っ越ししている。各自持てるだけの荷物を持って、ぞろぞろと自分たちに割り当てられた部屋に向かっていく。


 新田学校で暮らす子供たちは、親が死んだり行方不明になったり、親から捨てられた子供たちがほとんどだ。

 悲しいことにそういった子供はこの世界にごまんといる。俺がやれることは住むところと食事を提供するくらい。戦が始まれば、親のない子供がまた増える……。


「この子がそうなの?」

「はい。年は十四。算術が得意にございます」

きよと申します」


 爺やさんに紹介された清という女の子がぎこちない仕草で頭を下げる。

 清ちゃんは今年で十五歳になるそうで、丁度いい頃合いだからと爺やさんが文官に引き上げたんだ。


「失敗してもいいから、真面目に働いてね」

「は、はい」


 爺やさんのお眼鏡にかなった子だから、真面目に働いてくれると思う。俺よりも爺やさんのほうが人を見る目は確かだからね。

 この時代、女性を文官として働かせる家なんてない。でもさ、文字の読み書きができて算術もできるなら、文官として働いていいじゃんね。

 男女平等なんて言うつもりはないけど、働く機会は平等にあっていいし、能力に応じた出世は当然だ。

 彼女が真面目に働いて後に続く子供が増えてくれると、爺やさんたちが楽になる。今の爺やさんたちは働きすぎだから、早めに後進を育てて仕事を任せたいところだ。


 彼女は信濃の海野さんのところで保護した子で、武田家の家臣か足軽かは分からないが、盗賊まがいのことをされて両親が殺されている。

 両親は彼女と弟の太助を逃がしてくれたが、家にあった米や銭など金目のものは全部略奪されて二人で身を寄せ合って生きていたらしい。


 その武田家だけど、小笠原家と激しく戦っているらしい。

 佐久郡を避けて信濃の中央から西側を北上する戦略を取っている武田家は、勝ったり負けたりのようだ。


 お義兄さんも海が欲しいから武蔵を取ろうとしている。この時代の内陸部の人にとって海は憧れなのかもしれない。まあ塩がないと人は生きていけないからね。塩が採れる海を誰かに押さえられているのは、誰でもいい気分じゃないのかもしれない。


 甲斐はそれに加えて米があまり穫れないらしい。なんでも洪水と日照りと冷害というトリプルパンチで毎年のように被害が出るのだとか。

 日照りはため池で、洪水は堤で対策すればいいのだが、冷害は微妙だよね。

 現代のように便利なものが色々あるわけじゃないから大変だよね。苦しいのは分かるけど、だからといって盗賊みたいなことをしたらいけないだろ。

 武田家の支配下にある信濃の地域では、重税が課され盗賊まがいな奴らがはびこっているのだとか。困ったものだ。






 ▽▽▽ Side 風間小太郎 ▽▽▽


 最近、主から陰陽師の術を授けられた。

 俺が扱うのは、目や耳、そして鼻がよくなる術になる。

 俺と共に陰陽師の術を授けられた上野之助(沼田祐光)は、動物を使役する術であった。あれはあれで使えるが、俺には動物を操る術は使えぬらしい。


 目や耳、そして鼻がよくなる術は、忍びの者にとってとても使えるものだ。

 今日はこの術を試すために、武田領に入った。

 山野を駆けると、躑躅ヶ崎館が見下ろせる山の上に立った。

 久しぶりの甲斐だが、相変わらず陰気臭いところだ。人の怨念が渦巻く場というのは、こういう場所のことを言うのだろう。

 陰陽の術を学んだおかげか、躑躅ヶ崎館に近づくにつれて肌につく嫌な感じが増している。

 信濃であれだけ非道なことをすれば恨みを買うのは当然のこと。武田はやりすぎたのだ。


 さっそく躑躅ヶ崎館周辺へと足を進めたが、さすがに武田の本拠地だ。三ツ者(忍者)の気配がある。

 俺のことにはまだ気づいてないようだ。この目と耳と鼻が武田の三ツ者の気配を探るのに役立つ。


 一人、また一人と三ツ者の息の根を止める。

 今日は躑躅ヶ崎館に潜入するのが目的ではない。陰陽師の術を確かめることと、三ツ者の数を減らすことが目的だ。


 五人の三ツ者を倒したところで、三ツ者たちの気配が慌ただしくなった。仲間が殺されているのに気づいたのであろう。


「ふふふ。奴らの動きが手に取るように分かるぞ。これはいい」


 力を手に入れたら使いたくなるものだが、無理はせぬ。

 三ツ者を狩るのは、徐々にでいい。武田の三ツ者はわずか数十人。精鋭だが、数は少ないのだ。


「武田の目と耳を奪うのは面白いぜ」


 三ツ者を避けつつ躑躅ヶ崎館から離れる。

 陰陽師の術を学んだおかげで、体が以前よりも動くようになった。

 これを風魔の技として伝授できれば、風魔党が日ノ本を席捲することだろう。


 そんなことを考えていると、俺の耳に小さな呼吸の音が聞こえた。

 三ツ者の呼吸とは違う素人のものだが、陰陽師の術で強化された俺の耳でも気づくのが遅れたほどの小さなものだ。

 気になってその者を確認することにした。


 ……わらべか?

 身を潜め、息を殺して野兎を狙っているようだ。

 野兎は警戒心が強く、道具も武器も持たぬ童が獲れるようなものではないが、その子は跳びかかって野兎を鷲掴みにした。

 なんという跳躍力だ。あのような童が出せるものではないぞ、あれは。


 驚いた。あんな童が甲斐の山中にいたとはな。

 俺はその子が欲しいと思った。あの子であれば、風魔の忍びの術だけでなく、陰陽師の術を継承できる。なぜかそう感じたのだ。


 童は暴れる野兎の首を捻って息の根を絶った。


「殺したらすぐに血抜きをするのだ」

「っ!?」


 童が警戒して野兎を後ろに隠した。


「野兎など盗らぬわ」


 そう言っても安心はせんと思うがな。

 懐から握り飯を出して、差し出す。


「腹が減っているのなら食え」

「……いいのか?」

「構わん。握り飯くらいいくらでも食えるからな、俺は」


 賀茂家に仕えてから風魔党の食事事情は大きく変わった。

 毎日米が食える。しかも朝晩だけではなく、昼までだ。

 主は食べなければ働けないと言って、米を惜しげもなく食わしてくれる。なんとも変わった男だ。

 それに銭もくれる。働きに応じた報酬だと言っておったが、多すぎるくらいもらっている。


 つい数年前まで北条で働いていた風魔党の者らが、主のために命を懸けて働くと息巻いておるわ。

 主は我ら忍を卑しい者と見下すことない。それが風魔党の者らの心に響くのだ。本当に風魔党は変わった。


 握り飯を前に童の喉が鳴る。


「遠慮するな」


 童は俺の手からひったくるように握り飯を取っていった。


「そんなに急いで食べたら、喉に詰まるぞ」

「ゴホッゲホッ」


 いわんこっちゃない。

 竹筒に入った水を飲ませてやる。


「お前、名は?」

加蔵かぞうだ」

「加蔵か。変な名だな」

「う、うるさいな。オラがつけたんじゃないから、どうしようもないだろ」

「それもそうか。ふふふ」


 気の強い童だ。だが、負けん気が強いのはいい。上を目指せる者は、負けん気がある者だ。


「加蔵の親は何をしているんだ?」

「親なんていねぇ」

「一人で暮らしているのか?」

「弟と妹がいる」


 聞けば弟が三人、妹が二人もいるとか。

 農民の子だくさんは不思議ではないが、多くは間引かれる。特に甲斐では子供が生まれても、母親が碌に食べられないことから子供に与える乳が出ずに子供は死んでいく。それが甲斐の農民たちの実情だ。

 ここまで酷いのは、関東では甲斐以外にない。主ならなんとかしてしまいそうだが、ただの人である武田晴信にはどうにもできぬのであろうな。


「俺のところに来い。加蔵も弟も妹も腹いっぱい飯を食わせてやる」

「そんなこと言ってオラたちを売るつもりだろ」

「そんなことをするくらいなら、加蔵に握り飯など食わせん」

「………」


 加蔵は手についた米粒を見つめ、何度か俺の顔を見た。


「本当に腹いっぱい食わせてくれるのか?」

「もちろんだ。ただし、ちゃんと働いてもらうぞ」

「分かった! オラ、あんたについていく!」


 加蔵とその弟妹を連れて山越えは面倒であったが、無事に俺の蒼海城に六人を連れ帰ることができた。


 

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