第7話 碓氷峠越え(繁信15才)

空想時代小説 


 宮城県蔵王町に矢附という地区がある。そこに西山という小高い丘があり、その麓に仙台真田氏の屋敷があったといわれている。ただ、真田信繁(幸村)の末裔とは名乗れず、白石城主の片倉の姓を名乗っていた。その真田の名を再興するべく、信繁の孫である繁信が活躍する話である。


 繁信は、まず上田をめざした。整備された中山道を歩くのは、奥州街道より楽だった。ただ、難所の碓氷峠にさしかかった時に、あらぬ殺気に襲われた。山賊の襲撃を受けたのだ。相手は4人。前後左右を固められた。首領らしき前方の男が、

「若造、どこかの藩士か? まあいい。有り金全部置いていけ」

とドスのきいた声で脅かしてきた。繁信は、刀を抜いて抵抗を示した。中段の構えから左手を引いて左斜めを向く。柳生流に似た構えである。四方を囲まれた時に横に刀を振れる構えだ。

「なんだ、その構えは? さては人を斬ったことはないな」

と首領が言い放つと同時に、後ろにいた男が大上段に振りかぶって襲ってきた。繁信は最初にくるのは後ろの男と思い、わざとスキを見せていた。案の定だ。とっさに右足を引き、刀を真横に振った。男は悲鳴をあげる間もなく、前に倒れこんだ。木剣でよくやっていた太刀筋だったが、真剣では初めてだった。すぐに、後方に走り始めた。逃げるのではなく、狭い道を探していたのだ。広い道では左右から攻められる。しばらく走ると、登りの狭い道があった。そこで振り返ると、山賊の一人が槍をついてきた。とっさに右に体をかわし、槍先の柄のところをたたき落とした。その山賊はあわてて刀を抜こうとする。そこを繁信は袈裟斬りで倒した。

 3人目は、悲痛な顔をして刀を構えている。へっぴり腰だ。すきあらば逃げ出しそうな雰囲気だが、後ろで首領がデンとしている。逃げ出したら首領に斬られるのがオチなのだろう。覚悟を決めたらしく、目をつぶったまま刀を突いてきた。左に体を動かし、その攻撃をかわしたら、そのまま逃げていった。

「全く、だらしないやつだ。お主、なかなかやるな。殺す前に名を聞いてやろう。わしの名は宍戸左衛門。大坂の陣での真田の生き残りの子孫じゃ」

それを聞いて、繁信は驚きを隠せなかった。大坂の陣から50年は経っている。祖父信繁の家来の子孫とは! そこで繁信は、声高々に、

「わが名は、真田源四郎繁信。祖父は、真田左衛門佐信繁」

と片倉ではなく本来の名を名乗った。宍戸は、繁信以上に驚いていた。

「な、なんと! 信繁公の末裔か? わが父は、信繁公のすごさを毎日のように語っておった。わしの名も信繁公からもらったものなのだ。しかし、末裔だという証拠は?」

そこで、繁信は脇差しを抜いて見せた。そこには六文銭の家紋が彫られている。

「これは父守信が大八と名乗っていた時に、祖父信繁から与えられた脇差しじゃ。本来は兄が持つべきものだったが、今回のお役目にあたり、兄から譲りうけたもの」

「大八とは、信繁公のご二男の名。姉、阿梅の方を頼って奥州へ行かれたと聞いておる」

「伯母は健在じゃ。われは、仙台藩4代藩主綱村公配下、片倉小十郎の家臣である」

その言葉を聞いて、宍戸はひざまずいて頭を下げた。

「今までのご無礼、申しわけございませぬ。お詫びに、峠の先の関所までご一緒つかまつる。他にも山賊共がおりますので、わしがいっしょならば襲ってはまいりませぬ」

「そうか、それはありがたい。それでは、お主の家来の弔いをいたしてからまいろうぞ」

「ありがとうございます」

と土を盛って、二人分の墓を作り、冥福を祈った。その時になって、初めて人を斬ったおそれの念が出てきた。膝が震えてきた。

 夕刻、関所近くまでやってきた。

「繁信殿、それではこれにて失礼つかまつる。帰り道、この峠で山賊に襲われたら、わしの名を言ってくだされ。新参者の山賊でなければ、大丈夫でしょう」

「ありがたい。遠慮なく、そちの名を使わせてもらう。それでは失礼つかまつる」

「道中、お気をつけて」

と二人は別れたが、この日が運命的な出会いであったとは、この時点では予想だにしなかった。

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