第23話 御前試合(繁信20才)

空想時代小説 


 宮城県蔵王町に矢附という地区がある。そこに西山という小高い丘があり、その麓に仙台真田氏の屋敷があったといわれている。ただ、真田信繁(幸村)の末裔とは名乗れず、白石城主の片倉の姓を名乗っていた。その真田の名を再興するべく、信繁の孫である繁信が活躍する話である。


 藩主真田幸道が参勤交代を終えて、また松代にもどってきた。その際、一人の剣術使いを連れてきた。そして繁信が、殿の御前に呼ばれた。

「源四郎、ここにおるのは柳生流の門下で、佐藤仁左衛門殿だ。柳生と真田剣法の立ち合いを見たくて連れてまいった。どうだ、立ち合ってくれるか?」

「殿のご下命とあらば、喜んで」

 その夜は、客人を迎えての酒宴となった。客人の相手をしているのは、もっぱら村上和之進だ。まさに目付頭の面目躍如というところだ。

「佐藤殿、生まれはどちらかの?」

「奥州は、相馬でござる」

繁信は、相馬と聞いてビクッとした。相馬は仙台藩と昔から争っている仲だ。徳川の治世になった今でも、あまり行き来はない。

「相馬といえば、馬追いだが佐藤殿は馬術もされるのか?」

「もちろん。流鏑馬は得意でござる」

「なんと、流鏑馬もされるか。今の太平の世では、なかなかないの」

「ゆえに、天下の柳生流の門をたたいた次第」

「小石川の道場の師範代をされていたとか?」

「はい、そこでどこかの藩から声がかかるのを待っておりました」

「そこに、わが殿から声がかかったということですな。勝てば、わが藩の師範ですかな?」

和之進が一番聞きたかったのは、そこだった。当然、繁信もそこが知りたかった。

「真田公からは、その話はござらん。ですが、真田剣法に勝てば、私の名が諸藩に聞こえ、仕官もなりやすくなりまする。なにせ、日の本一の兵の末裔でござるからの」

その言葉に、和之進と繁信はビクッとした。この男は何かを知っている。和之進はあわてて

「繁信殿は、真田左衛門佐とは関係ござらん」

と言ったが、それに対し仁左衛門は

「真田公は、真田左衛門佐の甥の子、源四郎殿はその叔父の子であろう。末裔と言ってはおかしいかの?」

その言葉を聞いて、二人はホッとした。繁信が左衛門佐の孫とは知らぬようだ。和之進が付け加えて、

「たしかに、そうだが・・・繁信殿は元々仙台藩藩士片倉家の出だからの」

の和之進の一言に、今度は仁左衛門の表情がこわばった。

「・・片倉の出? 真田の生まれではないのか?」

「16の時から拙者の弟子となり、けがをしたわしに代わって、講武所の師範となった。今では藩内で繁信殿に敵う者はいない」

和之進は仙台藩と相馬藩の確執をよくわかっていない。繁信は(余計なことを)と、内心苦々しく思っていた。

 まもなく、酒宴はお開きとなった。仁左衛門の表情はこわばったままだった。形式的なあいさつで別れた。

「愛想の悪い客人だな」

と和之進が言うと、

「仙台藩と相馬藩は仲がよくありませぬ。拙者も相馬の者と酒を酌み交わしたのは初めてでござる」

「どおりで・・・仙台藩に虐げられた相馬か? 明日の立ち合いは本気以上か・・?余計なことを言ってしまったな。許せ繁信」

「なんの、立ち合いはいつもどおりです」


 翌日、講武所の前の庭で、立ち合いが行われた。太陽がふりそそぐ春らしい陽気の日だ。

 所定の作法で、藩主真田幸道にあいさつをした後、大太鼓がなり、いよいよ立ち合いが始まった。周りには多くの藩士が詰めかけている。

 二人は、木剣を正眼(中段)で構えた。しばらく、そのまま動かなった。お互いの力量をはかっているのだ。そのうちに、仁左衛門が構えを変えた。右足を下げ、体を低くし、木剣を斜め上に構えた。柳生流の独特の構えだ。柳生流は、守りの構えが中心だ。下手に撃ち込むと、かわされたり、払われたりして反撃をくらうのである。

 繁信は、なかなか撃ち込めないでいた。仁左衛門は、次に下段に変化した。わざとスキを見せて相手を誘っている。繁信は上段に変化した。しかし、じりじりと間合いを詰めるのは仁左衛門の方だ。本来ならば、上段が攻めるのに、逆に攻められている。繁信は右足を下げて、脇構えに変えた。相手が守りの構えならば、こちらも守りの構えにしたのだ。その変化に、仁左衛門が反応した。間合いを詰めるのをやめた。攻撃を躊躇したようだった。

 周りの者は、なかなか撃ち込まない二人にやきもきしてきた。小声で、ささやき合っている者もいる。しかし、達人の立ち合いはこういうものだと思って、見ている者が多かった。

 四半刻(30分ほど)たって、繁信は相手が太陽を背にしているのが気になった。これは意図的か、偶然か? あの太陽を背にすれば、撃ち込むスキができるやもしれぬと思った。まずは、意図的に太陽を背にしているのかを確かめることにした。

 足さばきを左まわりにした。相手の右腕をねらうと見せた。すると仁左衛門も左まわりに動く。背から太陽が消えた。それで、繁信は小走りで講武所の道場の縁側にあがる小階段のところにすすんだ。仁左衛門もそれを追った。小階段で、繁信は足で蹴って、追ってくる仁左衛門を撃ち込んだ。仁左衛門の背の高さほどは飛んだ。ちょうど太陽を背にした。仁左衛門は一瞬繁信を見逃した。が、上からの殺気を感じたのか、体を横にずらした。しかし、繁信の木剣が仁左衛門の左肩をたたいていた。

「それまで!」

と和之進の声が響いた。二人は、幸道の前に進み出て、片膝をついた。

「あっぱれ! さすが天下の兵法者。見応えのある立ち合いであったぞ。仁左衛門殿、わが真田剣法いかがであった?」

仁左衛門は、くやしさをにじませながら答えた。

「はっ、くやしうござる。まさか上からとんでくるとは・・・今までに、このような剣法とはあったことがござりませぬ。まるで、巌流島の佐々木小次郎の気分でござる」

「そうであろうな。真田剣法は、もともと真田の庄で伝えられた剣法じゃ。戦を想定した野戦の剣法じゃ。周りの状況を利用しての攻撃が特徴だからの」

「たしかに、太陽を背にするとは思いもしませんでした」

「そうであろうな。道場での立ち合いならば、そちの勝ちかもしれぬ。だが、ここにいる源四郎は真田剣法の正統な流れを引き継いでおる」

それを聞いて、仁左衛門は疑問をなげかけた。

「仙台藩家中片倉家のご出身と聞きましたが?」

「うむ、片倉家には真田の庄出身の者が剣術師範として仕えておったのじゃ。数年前に、江戸で3代目片倉小十郎殿と会った際に、そのことを知った。その門弟が源四郎じゃ。源四郎がくるまでは、村上義清公の末裔の和之進が師範だったゆえ、真田剣法ではなく、村上流の剛剣だったのじゃ。の、和之進」

藩主幸道のその言葉に、和之進は

「はっ、恐縮に存じます」

「いいのじゃ。お主も真田に新風をふかせてくれたのじゃ。ところで、仁左衛門殿、これからどうなさる?」

「はっ、未熟さを確認できましたので、諸国をめぐり武者修行をしようかと」

「うむ、お主もまだ若い、余の名前で紹介状を書いておこう。どこかの藩に仕官できるやもしれぬ」

「はっ、ありがたき幸せ」

と言って、仁左衛門は肩の治療のために下がった。残った繁信に対し、幸道が口を開いた。

「源四郎、あっぱれであった。さすが真田剣法の継承者。見事であったぞ」

「恐縮に存じます。太陽が出ていなければ、撃ち込むスキはございませんでした」

「だろうな。江戸では1・2を争う剣士だからの。しかし、道場剣法には変わりはない。お主が勝つことは信じておったぞ」

「そのお言葉、おそれおおいことでございます」

「うむ、そこで明日からは講武所師範に加えて、目付頭補佐を命じる。和之進のもとで、藩政を学べ」

20才での異例の出世であった。しかし、周りにいた藩士たちの中にはうなずく者が多かった。剣の達人の繁信ににらまれたら、たまらんからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る