第22話 祝言(繁信18才)
空想時代小説
宮城県蔵王町に矢附という地区がある。そこに西山という小高い丘があり、その麓に仙台真田氏の屋敷があったといわれている。ただ、真田信繁(幸村)の末裔とは名乗れず、白石城主の片倉の姓を名乗っていた。その真田の名を再興するべく、信繁の孫である繁信が活躍する話である。
朝から繁信はそわそわしていた。今回は、繁信の婿入りなので、講武所の隣にある真田源斎の屋敷に行くだけなのだが、奥州からくることになっている母お勝がまだ到着していないのだ。知矩と幻次郎が迎えに行ったのだが、予定よりも遅れ、祝言の日となった。
けがをしたのではないか? 山賊に襲われたのではないか? と、いろいろな思いがめぐり、落ち着かなかった。しかし、今日の祝言には参勤交代を終えて松代にもどってきている藩主真田幸道も同席される。待たせるわけにはいかなかった。
祝言が始まった。繁信は落ち着かない。周りの者たちは、祝言で緊張しているのだろうと思っていた。加代殿は、落ち着きはらっており、どちらが年上かわからなかった。
藩主の真田幸道の祝いの言葉が始まった。
「源斎殿、こたびはおめでとう。これで真田別家もますます繁栄されることと思われる。婿殿は、やや落ち着きがないが、若さゆえの緊張かの? わしと同い年なのだがな」
ここで、皆の失笑がもれた。繁信は額の汗をぬぐった。幸道の話が続く。
「そこで、繁信には今後講武所師範を命ずる。父、真田源斎を助けよ。村上和之進は、目付頭とする」
一同はオオッと歓声をあげた。この若さで、講武所師範とは異例の出世だからだ。だが、だれも異論はなかった。藩の中で、繁信に敵う者はいなかったのだ。
幸道が退席し、酒宴が盛り上がったところで、繁信が待ち続けていた母が幻次郎とともにやってきた。足をひきずっている。
「母じゃ、どうされた?」
「たいしたことではない。峠で足をくじいただけじゃ」
「山賊にでも追われたのか?」
そこに供をしてきた三井知矩がやってきた。これまた腕に傷を負っている。
「イノシシに襲われました。不意にとびかかってきて、拙者が防いだのですが、逃げる際にお勝さまがけがをされました。イノシシは幻次郎の手裏剣で追い払うことができましたが、峠道で駕籠かきが見つからず、思わぬ逗留を強いられました。遅れましたこと誠に申しわけありませぬ」
「それは災難だったな。しかし、よくぞ母じゃを連れてきてくれた。礼を言う」
そこに、加代がやってきた。
「お初にお目にかかります。加代と申します。今後、よろしくお願い申しあげます」
「これはまた、なんとかわいらしい花嫁じゃ。山猿だった源四郎にはもったいないの」
「母じゃ、山猿は矢附にいた時に言われていたこと。昔の話でござる」
「わしにとっては、いつまでも山猿じゃ」
そう言うと、お勝は急に胸をおさえながら、うずくまった。
「母じゃ、どうされた?」
「・・・大したことではない。ちと胸が苦しい」
そこに、知矩が口を添えた。
「矢附を出てからも、何度か胸をおさえていらっしゃいました。一度、ご家中の医者に診せては?」
お勝は、奥の別室に寝かされ、翌日、藩のお抱え医者が呼ばれた。
「どうだ、母じゃの具合いは?」
「・・・申し上げにくいのですが、長年の労苦がたたったのでしょう。肺と心の臓がやられております。台所仕事や畑仕事で煙を吸うことはありませんでしたか?」
「それは、自分から率先して屋敷の仕事をしていた。それで治るのか?」
「栄養のある物を食し、安静するのみです。後は、生きる力です」
「なんと・・・薬はないのか?」
「痛みをおさえる薬はありますが・・・相当弱っておりますので、私めができることはここまでかと。申しわけありませぬ」
お勝の食はどんどん細くなっていた。最後の力を振り絞って、松代まできたということが、だれが見てもそう見えた。最初、加代が看病しようとしたが、源斎に止められた。お勝のせきが気になったからだ。流行病ではないにしても、何をうつされるかわかったものではない。代わりに、お勝専属の下男下女がついた。繁信の毎日顔を見せたが、日々弱っていく母の姿を見て、悲しい思いをしていた。
だいぶ弱ってきた時、お勝は
「だんなさま・・・守信さま」
と寝言を言っていた。それを聞いた繁信は、父があの世から迎えにきたのかと、お勝の部屋に飛び込んだ。そこには瀕死のお勝が横たわっていた。繁信はお勝を抱きかかえ、
「母じゃ、松代に幕府の目付が来た時があってな。わしの出生を聞かれたそうな。そこでご家老は、2代目片倉小十郎殿の落としだねと答えたそうな。無論、作り話だがな」
「・・・それは笑える話だな。それにしても源四郎、真田の名前になれてよかったな。だんなさまも真田を名乗りたかっただろうに・・・」
と、ゆっくり話すお勝は、繁信の胸の中で息を引き取った。38才の若さであった。
お勝の遺体は、繁信の領地である油川の村外れに埋められた。後日、その一部が矢附の村に届けられ、屋敷近くの西山墓地に分骨された。そこからならば、矢附の村が見渡せるからだ。
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