「ひっ……」「ひぃぃ……」

この小説の魅力は、主人公チャールズこと安井良くんの個性に大いに牽引されています。それを追っていくだけでもとっても楽しいです。お勧めです。

東京の中高一貫男子校に四年間通っていたチャールズは両親の離婚に伴い、地方都市、前崎市の前崎中央高等学校に転入します。そこで、信じられないような運命的な出会いをした金髪理系ギャルの木暮珠理さんに、とことん怯えるチャールズ。何といっても男子校出身、女の子には免疫がないのです。お父さんから前崎には東京の百倍のギャルとヤンキーがいるぞと脅されていたこともありました。

チャールズがどれだけ怯えていたかというと、珠理さんに遭遇するたびに「ひっ……」と引きつった声を漏らすほどです。ちなみに、3-15話まで何回「ひっ……」となったか数えてみたら、なんと15回(「ひぃぃ……」も含む)。痛ましさに顔がにやけてきます。ご愁傷さまです。

チャールズの名言は「ひっ……」だけではありません。女の子皆無の鈍色の世界からやってきた彼は、女の子に話しかけられると、たどたどしい言葉遣いになります。支倉佳織さんに文芸部に誘われ、「感動……」「はい。どうも。見学、是非……」。また、回りくどくてスケールの大きい社会派なことばかり言う新聞記者の父に色濃く影響を受けたセリフも見ものです:「理系の選民思想、排外主義、民主主義の敵……」「訴訟だけは許して……」。無言で肩をぽんぽんと叩いてあげたくなります。

チャールズの縁遠かった青春への夢想はこんなセリフにも表れます:「面と向かってでは伝えられない気持ちとか、密かに秘めた恋心を手紙に書くとか、そういうのが青春とか、恋ってものなんだよ、きっと……」「ところで、告るって日本語って素晴らしくない?」。こういう男子が身近にいたら、いじりがいがありそうです。

もちろん、タイトルからもお分かりのように、この小説のメインテーマは、身近に起きた不思議な事件を科学(というか化学)で調査・研究し、解き明かすことです。そのためには、ちょっとマニアックな原理や分析装置が遠慮なく登場して、私としてはうほうほっと嬉しい限りです。化学分野の小ネタと小説って相性が悪くないと思うので、こういった小説がもっと増えてほしいものです。

チャールズが妹、多紀乃への手紙に書いた言葉に、ほろりとさせられます。

「僕には、動物園暮らしで染みついた、もう取り返しのつかない部分がたくさんあります。ですが目に見える景色は、金色に輝いて見えます」

……妹にこのセリフを言っちゃうところがもう彼らしさ全開ですが。

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