第10話 メテオラ


「詠唱完了……”メテオラ”」



 モニカは長い呪文詠唱を終え、魔法を唱えた。 


 メテオラ?

 聞いたことがない魔法だ。

 モニカの杖先が、赤く燃えるように光る。


 すると、遥か上空から、小さなものが猛スピードで近づいてくるのが見えた。

 いや、小さくないかもしれない。

 それは、近づきながらより真っ赤に燃えていく。


 隕石が、猛スピードで私たちに迫った。


「いやいやいやいや!!!」


 もう、ダメじゃん、モニカったら。

 たかがリザードマン相手に隕石なんて落としたら。

 お茶目なんだから。


「いや、死ぬって……」


 私は必死でナザールとリザードマンの前に立ちふさがると、必死で詠唱した。


「”デュラブルルーフ”!!」


 私が杖を掲げると、私とナザールを覆う様に、半球体の透明な魔法の膜が現れた。

 デュラブルルーフは、複数人が入れるバリア系統の魔法だ。

 球体の中にいる対象の、大きなダメージを軽減することができる。


 ナザールも隕石に気づいたのか、私たちは二人で悲鳴を上げた。


「うわぁぁあぁぁぁあぁっ!!!」


 その瞬間、カッと視界が明るい光に照らされて、何も見えなくなる。


 ドオオオオオオォン!!!


 光の直後に、物凄い音、地響き。


 リザードマンの真上に着弾した隕石は、その地面をえぐり取って、地面を、岩を、粉々に砕き、飛び散らせる。


 ねえ、エイヴェリア。マスター。信じられる?

 私、今地球の滅亡を目にしているかもしれない。


 遥か昔、この世界はドラゴンが支配していたらしい。

 けど、でも大災禍によって隕石がいっぱい落ちて、あの強力なドラゴンも今みたいに数が減っちゃったんだってさ。

 私たちも、滅亡するかも。




 ようやく煙が晴れると、私とナザールの目の前に、数メートルにもわたるクレーターが広がっていた。

 私の魔法によって、私とナザールはある程度のダメージを軽減していたけど、それでもボロボロだった。

 もし私たちに直撃していたら、バリア魔法も突き破られて、押しつぶされていただろう。


「けほっ……”ヒーリング”……」


 私は煙に咳き込みながら、自分とナザールを回復した。


「なんだ、これ……」


 ナザールは呆然としている。

 遠くにいたモニカが、私たちの方に駆けてきた。


「どうだった?古代魔法、メテオラ。えぐい威力でしょう」


 相変わらず無表情で、モニカはピースして見せた。


「ば、ば、馬鹿……馬鹿女!!!」


 ナザールがモニカに激怒した。

 私は怒るというより、呆気に取られていた。


「何考えてんだ!リザードマンが……消し炭じゃないか!」


 あ、怒るのそっちなんだ。

 あんた、私が守らなかったらリザードマンと同じになってたけどね。

 リザードマンがいたところを見ると、当然そこはクレーターの中央だし、跡形もなく彼は消し飛んでいた。

 哀れなことだ……


「これじゃあギルドに報告できないだろ。もう二度とお前とは組まねえ!やってられるか!」


 ナザールはそう言うと、一人でとっとと村へと戻ってしまった。


「怒られてしまいました……パーティ解散ですって。どうしましょう」


 モニカは困ったような事を言っているが、困り具合としては、うーん、今日の晩御飯どうしようくらいの表情だった。

 この魔法を使ったらこうなることくらい、想像つくでしょうが。


「とりあえず戻ろうか……」


 そうして、私達はとても簡単な依頼を、何故かダイナミックに失敗すると、村へと戻ったのだった。




 村に戻ると、ナザールとトムはすでに荷物をまとめていた。


「待ってたよ。なんだか、えらいことが起きたみたいだね……」


 話を聞いたようで、トムは複雑な顔をしていた。


「これ、約束の状態異常回復薬だよ」


「わ、ありがとう!」


 私からすれば、これさえもらえればナザールの依頼なんてどうでもよかったのだ。

 ナザールは不服そうだったが、私はごねずに報酬を渡してくれたトムに感謝した。


「リリーさん。実は、リリーさんが僕の薬を気にしてくれて嬉しかったんだ。僕の夢は、王都で薬屋さんを開くことなんです。もし夢が叶ったら、是非来てください。きっとサービスしますよ!」


「本当?すっごく……いい夢だと思う。絶対行くから!」


 私はそう言いながら、トムを少し羨ましいと思った。

 夢、か。

 私にもあって、もうなくなってしまったものだ。

 トムの輝いた瞳を見て、絶対この人には夢を叶えてほしいな、と思った。


「もういいだろトム。いくぞ。それと……リリーさん。ありがとうな。死ぬとこだったわ……」


「う、うん……気にしないでいいから……」


 一応、助けてもらった自覚はあったらしい。

 あくまでナザールが腹を立てているのはモニカのようで、私にはお礼を言って、彼らは村から去っていった。


「本当に行ってしまいましたね……」


 感情の読み取れない声で、モニカはそう言った。

 大した別れの言葉もないまま、二人は行ってしまった。

 もともと、それほど深い付き合いでもなかったのかもしれない。

 そして、モニカが今、何故か私のローブの裾を掴んでいる。


「モニカ……な、何?」


「何がいけなかったんでしょうか……私を仲間にしてください……」


「えっと。本気で言ってる?それに、私冒険者じゃないし……」


 誰でもあんなことされたら、協力関係を解消するでしょうが。

 しかし、私は微かに、その無表情の瞳の奥にある、不安を読みとった。

 ある意味、彼女も私と同じ、追放された存在だろうか……

 同情の余地はないけど、不器用なモニカに、つい最近の自分を重ねてしまう。


「わかった。少し連携が何かってことを、一緒に考えましょうか。それと、傷ついた心を癒すのは、回復魔法ではないわ。エルフよ。それも、オネエの、ね」


 私はそう言いながらモニカの肩を叩き、エイヴェリアのいる酒場へと連れて行ったのだった。

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