第11話 モニカの生きがい
幸い酒場には客も少ないようだったので、私はモニカを連れて、カウンター席へと座った。
「あら、今日はお客さんなのね、リリーちゃん」
「ええ。今日はご新規さんを連れて来たので、ノルマ達成。褒めて褒めて!ほら、こちらモニカさん。村の近くに隕石を落とした女です」
私はエイヴェリアにモニカを紹介した。
「今日の騒ぎは貴女の仕業だったのね。村の近くに隕石が落ちたって、みんなが驚いていたわよ。きっととんでもない悪党かしら」
「違うんです。私は良かれと思って」
「良かれと思って隕石を落とすやつがいるか」
モニカは本当に良かれと思っているようだ。私にはそれが一番恐ろしい。
私たちは挨拶混じりの世間話をしながら、お酒を飲んだ。
お酒が進むにつれて、モニカはだんだんと本音をマスターのエイヴェリアに話し始めた。
どうやら、魔法に並々ならぬこだわりがあるようだった。
「魔法は火力だと思っているんです。
「ロマンねぇ。何だかわかる気がするわ」
「ねえねえ、エイヴェリアちゃん本当にわかっているのかい?話を引き出すために嘘を言っていないかい?」
エイヴェリアは優しい。だからって、変な奴に無理に話を合わせなくたっていいのだ。
「急によくわからないキャラにならないで?リリーちゃん。でも、わかるっていうのは本当よ。私も、そこそこ美味しい料理のメニューって、没にしちゃうの。最っ高……においしい料理を食べた人の顔が、見たいから」
そう言って、エイヴェリアは、ケーキを一つモニカへと差し出した。
モニカが食べていいの?という仕草をすると、エイヴェリアは黙ってうなずいた。
「うっまぁ……!!!」
モニカはいつもの無表情を崩し、驚いた表情を浮かべた。
「そう。その表情。モニカちゃんも、そんな表情が見たいから、凄い魔法を使いたいんじゃないかしら」
「いえ、違います」
「完全否定やめろ。美味しくいただいたくせに。エイヴェリアの気持ちも考えなさい」
歩み寄ったエイヴェリアに、失礼なことを言うモニカを注意しながら、私は食べたことのないその新メニューのケーキを奪おうとした。
しかしモニカは皿をずらして、私からそれを遠ざけた。
許せん。私でさえまだ試食していない新メニューを。
「単純に、気持ちいいじゃないですか。自分が強大な魔法を生み出した瞬間って。今日は昨日より、明日は今日より、強大な魔法を撃てるようになる。そうすれば、毎日最高ってやつです。いぇーい」
「そうねえ。上昇志向は素敵だと思うわ。でも、もう少し、スパイスを加えてみたら、もっとおいしくなるんじゃないかしら?」
「スパイス?」
モニカは頭に疑問符を浮かべた。
「ね、スパイスを加えるとしたら、どんなのがいいと思う?」
そこで私に振るか。
エイヴェリアは肘をついて、私の方を見た。
そうだね……そのために連れてきたわけだし。
「モニカにとって最高のスパイス……それは、タイミング、だよ」
「どういうことでしょうか」
「つまり、ただ詠唱を終わらせて、自分が発動できるタイミングで魔法を発動したって、何も面白くないでしょ。例えば、仲間が条件を作って、敵に隙を作りだして、いま攻撃すれば最大限ダメージを与えられるし、周りへの被害も最小限で済む……その、たった、一秒……」
私は勿体ぶって、少し間を置くと、人差し指を出して、ひとつ、というジェスチャーをする。
「……その一秒に、最大、最高の魔法を打ち込めたら、どう?いっちばん、気持ちいいと思わない?」
「おおー……」
無表情のまま、モニカは口を開けて、虚空を見上げて固まった。
私は目の前で手を振ってみたが、反応がない。
エイヴェリアのほうを見て、この子大丈夫かな?とモニカを指さすと、エイヴェリアは口を押えてくすくす笑っていた。
数秒経って、ようやくモニカの瞳に光が戻った。
モニカはどこか別の空間から、戻ってきたようだ。
「悟りを開きました。私はその瞬間を追い求めることにします」
「そっか、よかった。もう戻ってこないかと思った」
「だから、私にその瞬間を教えてください。リリー」
「ん?なになに?私、今、遠回しにプロポーズされた?どういうこと?」
どういうことだ?
どうしてそうなる?
「私がその瞬間を迎えられるのは、きっと今日の様に、戦場を見渡せるあなたの指示あってこそ。私が言うのだから間違いない。だから、私はあなたとともに歩む」
「私は歩まないよ?私はずっとここにいるから。本業は店員……いや、看板娘だから」
「じゃあその看板娘の座を、奪ってみせます」
「何で奪うの?どうして敵にまわった?」
そんな私たちの会話を見て、エイヴェリアは笑った。
モニカはさすがに酒場では働かないようだったが、結局言葉の通り、しばらくこの村に滞在することにしたようだ。
変なのになつかれてしまった……。
もし、また一緒に戦うことがあれば、ちゃんと手綱を握れるといいけど。
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