第12話 ドワーフ三兄弟

 私はこの村の酒場”せせらぎ”で働きながら、宿屋に泊まっていた。

 そのことを知るとエイヴェリアは、酒場の三階に簡素な部屋があるから、そこに寝泊りしていいと言ってくれた。

 私は言葉に甘えて、酒場に住み込みで働き始めた。


 この村……フルール村は、以前はただの、のどかな街だったが、魔王の支配領域が広がるにしたがって、冒険者たちの一次的な拠点としても立ち寄られるようになったらしい。

 日々、沢山の冒険者たちが往来し、酒場を訪れる客の半数はそうした冒険者たちだった。


 今日も、私は酒場で働いていた。

 もう私はこの村にすっかり馴染んでいて、酒場に来る村人とも顔なじみになってきていた。


「お、キビさん。今日は仕事早く終わったんだね?」


 役所で働くキビさんは、仕事終わりに酒場に来ることが多かった。

 いつもは一人で飲んでいるが、今日は珍しく、冒険者たちと相席しているようだった。


「そうだよ、リリーちゃん。だから今日は気分がいいんだ。それに見てくれ、こいつら、愉快じゃないか」


 私が見ると、キビさんと飲んでいた冒険者たちは、三人組のドワーフで、三人ともほぼ同じ顔をしていた。

 ドワーフは背丈が低いものの屈強な種族だ。山に住み、鍛冶を得意とする彼らだったが、冒険者になるのは珍しいかもしれない。

 イメージの通り、背が低く、ひげを蓄えて、髪の毛も長く伸ばしている。

 

「がっはっは!人を捕まえて愉快とは!この村の役人は恐れ知らずで面白いじゃないか」


「へぇ、三兄弟なんですか?」


「いかにも!俺たちは鉄斧三兄弟!」


 男たちは嬉しそうに、脇に置いてあった大きな斧を振りかざした。

 ひげを蓄えた三人はあまりにもそっくりで、兄弟というより三つ子のようだった。


「鉄斧かぁ。強そう!」


 斧はリーチは少し短いが、斬撃としても、打撃としても使える力強い武器だ。

 しかし、三人とも、斧?

 全員が近接アタッカーなのだろうか。


「わかってるじゃねぇか、お嬢ちゃん。まあ座れや」


 私は手招きされてキビさんの隣に座った。

 そして勧められたお酒を少しいただく。


「俺たちの話を聞くか?まあ聞けや。俺たちは、ドワーフの中でも伝説的な鍛冶屋の息子に生まれた。で、名前をつけられた。こうだ。長男のイッチ。次男のニー。三男のサンだ」


 わあ安直、とは言えず、いい名前ですね、とも言えず、私はただ頷いて話を聞いた。


「ふざけた名前だ!つまりは親父は俺たちにまるで興味がねぇ!で、俺たちは鍛冶屋になるなんてまっぴらだと思った。親父の作った斧は、それは素晴らしいものだったが、斧を見たら作るより、振りたくなるのが普通だろう?」


「確かに?まずは振るかも」


「だろうよ!で、俺たちはある日、親父に三人そろって話しにいった。俺たちは冒険者になる。鍛冶屋になんて、ならねえぞ!ってな。それで、なんて言われたと思う?」


「えー、なんだろ。やっぱり『そんなこと許さねぇ』とか、『一人だけ残していけ!』とか?」


「ぎゃははは!残念!」


 三兄弟は私の答えを聞いて、大笑いした。

 私も首をかしげながら、なんとなく可笑しくて笑った。


「正解は、『お前らに継がせる気なんて、さらさらねぇ!』だ!!!ぎゃーっはっはっは!!なんと親父には隠し子がいた!そっちのほうが真面目で根気があるそうだ!!それで俺たちは喜んで旅立った!きっと親父も俺たちが出て行って嬉しかったろうよ!」


 三人は豪快に笑った。

 私とキビさんも机を叩いて笑った。


「冒険者も大変だが、楽しい生活だ。しかしドワーフってだけで舐めて掛かるヤツも多い。お嬢ちゃんたちは違うみてぇだがな」


「ドワーフの里には行ったことがあるよ?ここから西の鉱山の近くの……」


「俺たちの里じゃねぇな。まあ、交流はあったんだろうが。それでか。気のいい奴らだったろ」


「職人って感じだったね。仲間が鎧を打ってもらって、未だに装備しているはずだよ。高かったけど……」


「そりゃそうよ!だが品質はピカイチだ。軽くて丈夫!人間にゃあ作れないぜ。それで?仲間はどこにいる?鎧を見せてくれ」


「あー……今は別れちゃって……」


「そうなのか?どうした。なにがあった?」


 三人は悪気はないのだろう、興味津々に私に尋ねる。



「実は……」



 私はあったことを話した。

 別に、ブレイズ達に追い出されたことは、他人に話してはいけないことでもない。

 それに、この三人はいいドワーフのようだし。


 それで、話し終わった頃には……


 泣いていた。


 私はまたしても大声で泣いていた。

 もう泣かないと思っていたのに、油断した。


 しかし、私だけではない。

 三兄弟がボロボロ泣きながら酒を飲んでいた。


「なぁんてひでぇやつらだぁあ……辛かったなぁお嬢ちゃん!飲め、飲め!!!俺のおごりだ!」


「ひどいよ゛ねぇ゛……私、間違っでな゛いよねぇ~……うっうっ……」


「うおぉぉんん!お前は間違ってねぇ!間違ってねぇぞおぉぉ!!」


 三人は笑うときと同じように、豪快に泣いていた。

 感情豊かなドワーフたちだ。

 一緒に泣いてくれるなんて、なんていい人たちなんだ!

 私はすっかり三人が好きになっていた。

 キビさんはぽんぽんと泣いている私の背中を叩くと、エイヴェリアのほうへと向かった。

 そろそろ帰るようだ。


「う゛うぅぅ……キビさん大丈夫だよ……明日も仕事だもんねぇ゛……頑張ってねぇ~~……」


「仕事だってよ!!!聞いたか?うぉぉん!!仕事行くなんて偉ぇや!!おぉぉぉ~ん……」


 もはや何で泣いているのかさっぱりわからないまま、私たちは酒を飲みながら泣いた。

 泣き続けた。




「はっ……」


 私は酒場の三階の自室で目を覚ました。

 昨日は三人のドワーフと飲んで……泣きまくって……どうやってベッドに入ったんだっけ。


「うっ……久しぶりにやってしまった……頭がっ……うぐぅ……」


 アルコールによる二日酔いに、状態異常回復魔法は無効である。

 役立たずめ。

 今役立たずして、何が状態異常回復魔法か。

 あれ?でももしかして……


 私は少し勿体ないと思いながら、トムからもらった状態異常回復薬の瓶を開けた。

 トムは私に言ったよね、一部の毒とブラインド以外は治せるって。

 今役に立たず、何が状態異常回復薬か。


 藁にも縋る思いで私が一口それを飲むと、みるみるうちに頭痛が頭から消え、吐き気が無くなっていった。


「うぉぉぉ……これは……これはえらいものを手に入れてしまった……」


 トム、早く薬屋を開店してください。

 それまでこれをちまちま使わないといけないじゃない。

 私が一階に降りると、エイヴェリアが開店準備の仕込みをしていた。


「あら、ねぼすけさん。お客さんよ?」


 エイヴェリアにそう言われて見ると、昨日の三兄弟が、酒場で座って待っていた。

 酒場はまだ開店していないはずだが……


「あれ?三人とも、どうしたの?」


「いつまで待たせるんだ、リリー!今日は山賊退治に一緒に行くと言っただろう!」


「え……?私が……」


 言ったか?大泣きし始めてからの記憶がほぼない。


「この村の近くの山賊討伐に行くといったら、村を脅かすなんて許せない、私も行くと涙ながらに言ったのはお前だろう!」


 あー、言ってそう。

 多分言ったわ。記憶にないけど。

 私であれば、きっと言ったわ。


「それなのに昼近くまで待たせおって!ほら、とっとと着替えてこい!」


「あっえっやば!」


 寝巻姿で出てきたことをすっかり忘れていた私は、すぐに自室へと階段を駆けあがった。


「ちょっと!教えてよ!」


 通り過ぎざまにエイヴェリアにそう言うと、エイヴェリアは口を押えてくすくすと笑っていた。

 白いインナーとローブを身に着け、美しい金色の装飾の外側に羽根のような飾りの着いた、白い杖、さらにポーションやナイフなどがついたベルトと、外出用の荷物を持って、私は急いで階段を下り、三人のところへ戻った。


「おま、おまた……おまたせ……」


 息を切らしながらそう言うと、三人は喜んで気合を入れた。


「よっしゃぁぁ!行くぞおおぉ!!」


「だーめ。ほら、鉄斧さんたちも。遅めの朝食よ」


 エイヴェリアはそう言って、みんなにパンとスープを差し出した。


「よっしゃああぁあぁ!飯だぁあぁ!」


 何をするにも賑やかな三人に釣られ、わたしも声を揃えて、ガッツポーズで遅めの朝食を喜んだ。

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